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Prolog7 旅立ち

翌朝。

いつも同じ時間に鳴くニワトリの声に起こされ、彼──ラウルは欠伸を漏らしながら、窓に手を掛けた。

かけていた鍵を外し、窓を開け、よろい戸を開けると柔らかな陽光と爽やかな風が流れ込み、ラウルの髪を揺らす。


昨夜の酔いは、すっかり覚めている。

清々しい朝に、ラウルは少しばかりの感傷に浸りながら、窓からの景色を眺める。

いつもとなんら変わらないその景色も、今になっては忘れがたい大切な景色だ。

その景色を目に、そして記憶に焼き付けるようにラウルはしばし眺め、窓を閉めた。


ラウル・シャーウッド、17歳。

彼の冒険と出会いに溢れた旅路は、こうして始まった。



◇◆◇◆◇


ラウルは顔を洗い、部屋へ戻り、旅装に着替える。

白いシャツを着て、厚手のズボン、旅用の革靴へ履き替える。剣帯は【夢見の鞄】を着けてから、腰に巻く。最後に外套を羽織れば、完璧だ。

端から見れば、完全に旅人────あとは剣を帯びていれば冒険者そのものだ。……まあ、冒険者であるとすれば鎧の一つも身につけたいところではあるが。


ともあれ、着替えを終えたラウルは、左手で剣を手に取り、背嚢を紐を右肩に掛けると部屋の扉を開け廊下へ出た。

その扉を閉める前に、ジッと中を眺める。

物心ついた頃から過ごした部屋だ。たくさんの思い出がこの部屋には詰まっている。

それらを脳裏に思い浮かべ、少し懐かしい気持ちになりながら、扉を閉める。

そうして、ラウルは1階へと歩を進めた。



1階の厨と繋がる食堂ダイニングに降りると、既にそこにはリザが居た。

椅子に座り、静かにお茶を飲む姿はまるで絵画のように様になっている。


「おはよう、師匠」

「ああ、おはようラウル」


ラウルはリザに挨拶し、背嚢を置き、壁に剣を立て掛けた。


「今日は随分早いね」


椅子に腰掛けながら、ラウルはリザを見た。

いつもはラウルよりも大分遅く起き出してくるリザが、こんなに早く起き、なおかつお茶を飲んでいるなんて実に珍しい。

リザは、前に座ったラウルをチラリと見てからお茶を飲み、カップを置いた。


「旅立ちを見送らない訳にはいかないでしょ」


リザはそう言いながら微笑んだ。

優しく、包み込むような微笑みだ。

それはまさしく、ラウルの師としての、そして母としての表情だった。


それを見たラウルの心は静かに揺さぶられ、これまでのことを思い出した。

リザはいつもそうだった。

言葉数こそ多いわけではないが、いつもラウルを導き、背中を押し、時には在り方を説いた。

時折、少し抜けているところを見せたが、偉大な魔女としてその背中を見せ、愛をもってラウルを育てた。

それはまさしく、師として、なにより母としての姿だった。


ラウルの頬を1筋の雫が流れる。

ここで過ごした数多の思い出が蘇り、そして同時にリザから受けた愛を改めて感じ取り、知らず知らずの内に涙が流れた。

ポタリと、顎を伝って落ちたそれにラウルは気付き、少し驚いてから目元を拭う。

涙を流していては、悲しい別れのようになってしまいそうに感じ、努めて表情を作る。

リザはそれを見ながらも、なにも言わなかった。

なにも言わず、ただラウルを見守っていた。そして、棚からカップを一つ取り寄せるとそこにお茶を注ぎ、ラウルへ渡した。


ラウルはカップを受け取ると、少しの間それを見ていた。

そして、口をつけ、カップを置いた。


「ありがとう、師匠……いや、母さん」


ここ何年も口にしなかった呼び方を、口にしたラウルにリザは少し驚くがそれをおくびにも出さずに口を開いた。


「いいんだよ、ラウル。……そろそろ時間でしょ」


少し不器用にそう言ったリザに、ラウルは頷き、カップの残りのお茶を飲み干すと席を立った。

剣帯に剣を挿し、背嚢を背負う。

その様子を見てから、リザも席を立ち、二人で店の中へ向かった。


【銀猫魔術店】の店内へ入り、リザは扉の前でラウルの前に立った。

それを不思議に思うラウルの前でリザは右手の人差し指を立て魔力を集め、その指をラウルの胸の前で右から左、上から下へ、最後に円を描くように動かした。その軌道には魔力の軌跡がキラキラと残り、少しして消えた。

その不思議な行動に、きょとんとしているラウルの肩を叩き、リザはジッとラウルを見つめた。


「気を付けていってらっしゃい。風邪ひかないようにね」


その言葉にハッとしたようにラウルは姿勢を正した。

そして、リザを見た。

その表情に幾ばくかの心配を感じ取りながら、なるべくその心配を取り除けるように、努めて笑顔を作る。


「行ってきます!」


そう言うと、ラウルは扉を開け外へと出た。

その足取りには迷いは無い。その前途への不安も無い。その足取りには希望と期待が満ち溢れていた。


その背中をリザはラウルが居なくなるまで、ずっと見守っていた。



◇◆◇◆◇


「おう!来たな!」


ラウルが集合場所である【フウロ】の東門に着くや否や、ゴルムが近づいて来て肩を叩いてくる。

それをいなしながら、ラウルは集まっている行商隊を見た。

2頭立て荷馬車が5台、商人が4人とヤルンに、冒険者────フレア、イリス、マクリー、ジルドの4人。

それにラウルとゴルムを含めた計11人。行商としては平均的な人数だ。


ラウルは、商人達と話していたヤルンに挨拶し、二、三話すと今度はフレア達の方へ向かう。

なにやら話し込んでいた4人のうち、腰に剣を帯びたマクリーがラウルが近づいてきたのに気付いた。それに釣られるように、背を向けていた他の3人も振り返りラウルを見る。


「よう!お前が最後の1人ってやつか?」


4人のうちの1人、大盾を背負った赤髪の大男────ジルドが言う。

いくら門前とは言え、早朝に出すにしては大きすぎる声に隣に居たフレアが顔を顰めた。だが、そんなことを気にせず────いや、そもそも気付かずにズカズカとジルドはラウルに歩みより、その前に止まった。

ラウルよりも頭一個半は大きい。

けして小柄では無いはずのラウルが見上げてしまうほどだ。


「どうだ?お前がラウルって奴でいいんだろ」

「はい。ラウルです、よろしく」

「おいおい、そう固くなんなよ!もっと気楽に行こうぜ!」


答えたラウルに、ハハハと大口を開けて笑いながらジルドはラウルの背をバンバンと叩く。常人であれば前へ吹き飛ばされてしまうのではないかというような勢いだが、幸いにしてラウルがそうなることはなかった。

そんなラウルを促し、ジルドは自らの仲間の所へ戻る。ラウルもそれに着いていった。


「おはよう、いやはじめましてかな」


残る3人の所に着くなり、青髪の剣士────マクリーが口を開いた。


「俺はマクリー。剣士をやってる。よろしくラウルくん」


マクリーが手を差し出す。

綺麗な顔立ちからは想像できない、ゴツゴツとした剣士の手だ。その手は、マクリーが長い間剣を振り続けていたことを証明している。

ラウルはその手を握り返した。


「はじめまして、ラウルです。よろしくお願いします」

「ああ。他の2人は昨日会ってるんだよね」


手を離し、マクリーはフレアとイリスを見る。

釣られるようにしてラウルも2人を見た。どちらも昨夜とは違い、しっかりとした旅装だ。フレアはいかにも魔術師というようなローブととんがり帽子を身に着け、右手には長い杖を持っているし、イリスは腰には矢筒と短剣を下げ、弓を背負っている。


「はい。よろしくお願いします、フレアさん、イリスさん」


ラウルは軽く頭を下げながら言う。

それに答えるようにフレアは右手の長杖を軽く上げ、イリスも頭を下げた。


「よろしく」

「よろしくお願いします」


イリスは昨夜と変わらず丁寧な口調だが、フレアの口調が少しぶっきらぼうになっている気がするのは、ゴルムに言われたことを気にしているからだろうか。

ラウルはそんなことを少し考えるが、すぐに思考の外に追いやる。


「なあ、ラウルは冒険者になるんだろ?」

「はい、そのつもりです」

「ならそのかてぇのをどうにかしねぇとな」


またジルドが大口を開けて笑う。

それに割り込むように今度はマクリーが口を開いた。


「確かに少し固いかな。まあ、とにかくラウルくんの事は多少フレア達から聞いたよ。参考になるかはわからないけど、冒険者の事について気になることが有ったら遠慮なく聞いてくれよ」

「ありがとうございます」

「はは、それと問題が起きたときは基本は俺達で対処するけど、もしもの時は手を貸してくれよ」

「勿論です。ヤルンさんからもそう言われてますし」

「そうか。ならよかった。ああ、でも折角だから一緒に戦ってくれてもいいんだよ」


茶目っ気たっぷりにマクリーは言った。

その言葉には、これから後輩になるであろうラウルへの思いやりが詰まっていた。

基本的に冒険者において、駆け出しの死亡率はかなり高い。それは戦闘経験や武術経験、そして知識などの欠如が原因といえる。これらは経験のある冒険者と共に行動をすれば比較的早い段階で身に着けられるが、そもそも等級で受注できる依頼が区分される冒険者においてそれは難しい。

故に、マクリーはラウルに冒険者の事について聞いてくれと言い、一緒に戦ってもいいと伝えたのだ。

本来であれば、そんなことを言う冒険者は殆ど存在しないし、マクリーもまた普通はそんなことを言ったりしない。

だが、ヤルンという馴染みの商人が声を掛けて連れて行くと言ったラウルに興味が湧いていた。

そして、そのラウルが冒険者になると言っていたから、こんなことを提案したのだ。



そうこうして、話しているとゴルムが近づいてくる。

荷馬車の方を見れば商人達とヤルンが御者台に乗ろうとしているところだ。


「よし、お前ら。出発だぞ」


そう言い、ゴルムはヤルンの荷馬車へ歩き始めた。

ラウル達も、それを追うように荷馬車へ向かった。





◇◆◇◆◇

ガットー商会の行商隊は、すんなりと東門の前の検問を抜けた。

本来であれば、その検問で人数に応じた通行料などを支払う必要があるが、予めヤルンが支払いを済ませ鑑札を受け取っていたため、それを渡すだけで通れたのだ。


ガタガタと揺れる荷馬車の後をラウルは歩き、門を潜り、そして街を出た。

その眼前には街道が伸び、蒼穹が広がっている。

空は、本来どこで見ても同じ空のはずだ。

しかし、街を出て見る空は、なにか違うようにラウルは感じた。


そんなラウルを見て、なにか思ったのだろう。

マクリーがソッと横に並んでくる。


「俺も初めて村を出た時は、同じ空でも違く見えたよ。なんか、今までの自分と逸れてしまったような、そんな気がして」


マクリーがラウルだけに聞こえるように呟いた。


「でも同時に、心も踊った。これから何が起こるんだろうってね。……ラウルくんはどう?」


そう聞いてきたマクリーをラウルは見る。

そして、その心に浮かんだ言葉を口にした。


「正直、ワクワクが止まらないです」


知らず知らずの内に、ラウルの口角は上がっていた。

その胸の高鳴りに呼応するように。これからの旅路に期待するように。

その様子を見て、マクリーもまたわらった。



そうして少し街道を行った頃、後ろからパンパンという音が聞こえ、皆が振り向いた。


その先には、上空高くいくつもの大輪の花が咲いていた。

────それは本物の花ではなかった。魔術を使って作られた花、いや花火だった。

色とりどりの花火が、蒼穹を埋め尽くすように咲き誇る。


それはまるで花束のように。


新たな門出を祝福するように。


気付けば、皆足を止めそれを見ていた。

ヤルンもゴルムも商人達も、マクリー、ジルド、フレア、イリス────そして、ラウルも。


「きれい……」

「ホント……キレイな魔術ね」


うっとりとしたようにイリスが呟き、あの花が魔術で作られたことに気付いたフレアがその緻密で美しい魔術に感嘆を漏らす。

マクリーとジルドもまた、花に見惚れていた。


そんな中、ラウルもまたジッと花を見つめていた。

その花の魔術に、その魔力に、ある人物を思い浮かべながら。


「綺麗じゃな」


いつの間にか、ラウルの隣にヤルンが来て呟いた。

ラウルは、花から目をそらさずに頷いた。


「リザか……小粋なことをするもんじゃ」

「はは、そうですね」


街の反対側で花の魔術を打ち上げているであろうリザを思い浮かべながら、ラウルは笑った。その瞳を少し潤ませながら。


「ラウル、気張れよ。そして今日を忘れるな」

「はい」


ラウルは強く返事をする。

忘れる訳がない。この光景は死ぬまでずっと覚えている。ラウルには、その確信があった。


そんなラウルの返事を聞き、ヤルンはそこを離れた。

最後ではない、一時の別れ。されど別れだ。再会がいつになるのかはわからない。だが、母と子の別れに自分の様な老耄が居ては無粋だとそう思った。


しばらく。

ラウル達は青空の花束を眺めていた。

そして、それが無くなると再び前を向いた。


ラウルの心は晴れやかだ。

自分の思いと向き合い、迷いながら決めた巣立ちと旅立ち。

リザはその背中を押してくれた。

いつからか、仕舞い込んでいた思いに向き合えたのは紛れもなくリザのお陰だ。そのきっかけは唐突で、少し強引ではあったけれども、ラウルにとってそれは最も適したきっかけだった。

そもそも、ラウルが冒険者に────外の世界に憧れたのはリザの話を聞いていたからだ。だから、リザが背中を押してくれたから、ラウルは旅立ちを決意できたとも言える。


そうして、今実際に旅立つにあたって、リザは最高の送り出しをしてくれた。

魔術で天空に花束を作るという行為をもって。


もう何を迷うことがあろうか。

敬愛する師が、母が、その背を押したのだ。

思うがままに生きろと。

それを裏切るような真似はできない。


ラウルはあの天空の花束に、自分に正直に生きると、そう誓った。

それこそが、自分を育ててくれたリザへの一番の恩返しになる、そう思って。


そしてもう一つ。

いつか帰ってきたら、旅の話をしよう。

リザが自分にしてくれたように。今度は自分がリザに話すのだと、そう決めた。


こうして、ラウルは自分への誓いと新たな決意を胸に1歩を踏み出した。




これからの旅路に、思いを馳せながら。





━━━━━━━━━━━

放浪の魔術師〜Wandering Wizard〜

プロローグ 完

お!ここまで読んじゃったね!

なら、ついでにブクマとかもしてっちゃっても罰は当たらないぜ!!よろしくな!!

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