Prolog6
翌日──つまりはヤルンが話をしに来た3日後。
ラウルは、荷造りをしていた。
買ってきた物の内、衣服や鉄の小鍋などを背嚢に入れ、小物と干し肉の包み、さらにポーション類を作製するのに使用する道具と材料などを【夢見の鞄】に収納する。
希少故に人前ではあまり使うな、というリザの助言通りに【夢見の鞄】に入っていても違和感のないものだけを収納しているのだ。もっとも、ポーション類を作製する道具と材料に関しては、人前で出すことはないため収納しているが。
さらに、何種類かのポーションを【夢見の鞄】に入れるが、こちらは普通に仕舞う。
【夢見の鞄】を【夢見の鞄】として意識せず────使用するための手順を行わず────に仕舞えば、ただの鞄として使えると教えられたためだ。なにより、ポーションという使うタイミングが重要となるアイテムは、即座に取り出せるようにしておいたほうが良い。それこそ戦闘中にわざわざ【夢見の鞄】を使うのは難易度が高いのだ。
「ふぅ」
一息吐き、ラウルは部屋を見回す。
一通り、必要な物は仕舞い終えたはずだ。
ふと、愛用の枕に目が止まるが首を振って持っていきたい欲を抑える。
前日に枕を持っていこうかという話をしたら、リザに呆れた顔をされたのを思い出す。
よし、と枕に多少の未練を残しつつも荷造りを完璧に終えたラウルは椅子へ腰掛けた。
机の上の本を少し眺め、それを手に取り本棚へ戻したところで、
コンコン
と、扉を叩く音が聞こえた。
扉を開けると、そこには銀の糸で刺繍の施された黒いローブを着たリザが立っていた。
「準備できた?」
「うん、ばっちり」
「そう。じゃあ、ヤルンのところへ行くよ」
サッとローブの裾を翻し歩き始めたリザを追うように、ラウルは部屋を出た。
◇◆◇◆◇
ヤルンの行商前の夜会、というのは大体日の落ちる頃から始まる。
その為、ラウル達が今から向かうのには少し早いのだが、そうした理由があった。
この前日のことだ。
ラウルがジャンのところから戻り、店を開け、訪れた客にいくつか対応し終えた昼頃にヤルンの使いが
「旦那様が明日お渡ししたいものがあるので少し早めにお越しいただけるように、と」
そう伝えに来たのだ。
そのため、二人は早くにヤルンの家へ向かったのである。
「おお、来たか。さあ、座ってくれ」
執事であるリベット・カランに連れられ部屋に入ってきた二人にそう促すとヤルンも向かいの長椅子へ腰掛けた。
少ししてお茶を出されると、それを飲み、ラウルを見た。
「色々、準備は終わったのかの」
「はい」
「ふむ、それならよし。明日は早いからな、この後はあまり羽目を外しすぎるなよ」
言いつつ、ヤルンはニカっと笑い小さなベルを鳴らした。
少ししてリベットが部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「例のものを」
「かしこまりました」
現れたリベットにヤルンはそう言った。
リベットはその言葉を聞き、腰を折り、一礼してから部屋から出ていった。
例のもの?とラウルは頭に疑問符を浮かべながらカップに口をつける。
フワッと口腔内で開く香りを楽しんでいると、再びリベットが入ってきた。
その手には両端が切られた三日月のような鍔のある剣が握られている。鍔からの長さは拳10個分ほどだろうか、長大というわけではないが、小さくもない。片手でも両手でも扱いやすそうな剣だ。
リベットが膝を付き、その剣を両手でヤルンへ渡す。
それを受け取り、ヤルンは翠色の革で巻かれた柄を握り剣を抜いた。
スラリと伸びた少し細身の銀色の刀身が部屋の明かりを反射する。
その刀身の両側を確認し剣を鞘へ戻すと、ヤルンはそれをラウルに差し出した。
「抜いてみろ」
ラウルは頷くと剣を受け取った。
ズシリと剣の重みが伝わる。単なる重さではない。武器としての重みだ。
ラウルは手の中の剣を見る。
シンプルだが、上質な黒の革で誂えられた鞘には妙な細工がしてある。鞘の片側の側面が鯉口の部分から3分の1ほど無くなっているのだ。だが、それは壊れているようには思えない。無くなっている端の部分が金属で補強されているためだ。
ラウルが疑問に思っているのを察したのか、ヤルンが口を開いた。
「その鞘の細工はな、剣を背負っていても抜けるようにするためのものじゃ」
なるほど、とラウルは納得する。
余程短い剣でない限り、剣を背負っても切っ先部分が鞘に引っかかり抜くことが出来ない。しかし、この細工をしてあればそこで引っかかることがないという訳だ。さらに言えば、剣を腰に帯びていたとしても抜剣するにも納めるにも多少楽なのである。
「それ、抜いてみよ」
再びヤルンに促され、ラウルは剣を握る。
柄を巻いている革も上質なのだろう。手にしっかりと吸い付くようにフィットした。
一度息を吐いてから、少し力を入れスッと剣を抜く。
「よし、振ってみろ」
ヤルンが続けて言った。
頷き、ラウルは立ち上がると剣を両手で上段に構え
た。
剣の切っ先が天井ギリギリのところでピタリと止まる。
刹那
ラウルはスッと剣を振った。
剣は中段の辺りまで僅かに風切り音をさせながら振り下ろされ、そこで止められた。
その一太刀でわかる技量に、思わずヤルンとリベットが感嘆の声を漏らした。
ラウルはそれを聞きながら剣を鞘へ戻し、ヤルンに渡そうとし、それを止められた。
「それはラウル、ヌシにやる」
そう言ったヤルンにラウルは思わず目を剥いた。
見て、一度振っただけでもこの剣が上等だというのは簡単にわかる。剣というのはそもそもがそれなりの高級品だし、この剣に至ってはさらにだろう。それは相場に明るくないラウルでも理解できる。
にもかかわらず、まさかそれをくれると言うのだ。
さすがに貰えない、と断わろうとしたラウルを制すように再びヤルンが口を開いた。
「よいか、それは此度の報酬代わり、そして餞別じゃ。ワシがヌシを孫のように思っているのは知っておろう?」
ヤルンはニヤッといたずらっぽく笑った。
「まさか要らないなんて、言わんよな?」
そう言われてはラウルには剣を貰うしか選択肢は無かった。
◇◆◇◆◇
「あー、諸君!明日からの行商の成功と安全を願って……乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ヤルンの音頭に合わせ、ガン!ガン!と木製のジョッキを合わせる音がヤルンの家と庭に響いた。
ラウルもまた、軽くジョッキを掲げるとなみなみと注がれた麦酒を一息で飲み干した。
もう日も落ち、ヤルンの家では出発前の夜会が開かれていた。
ヤルンの家の1階の広間は大きなガラス戸が開かれ、庭に出れるようになっている。その室内と庭にはいくつものテーブルが置かれ、その上には酒の瓶やコップ、料理が所狭しと並んでいる。
ふと周りを見れば、ヤルンとその息子のガルンを始め、何人かの商人然とした男や琵琶を肩から掛けた派手な帽子の吟遊詩人、さらに冒険者のような男達も居て実に賑やかだ。まあ、リザはいつの間にか居なくなっていたが。
その中で男達は、まるでウワバミの様に酒を飲んでは豪快に料理を食らっているし、商人の妻と思しき女性達は酒を片手に談笑している。
ラウルがそんな様子をぼんやりと見ていると、男達と一緒に居た二人の女と目があった。サッと、目で挨拶するとその二人はラウルの方へ歩いてきた。
「アナタね、今回着いてくるっていうのは」
その内の一人の少女がラウルの前に立ち、その顔を見上げながら言った。
フワリと金木犀の様な匂いが、ラウルの鼻腔をくすぐる。
ラウルもまた、少女を見た。
晴れた空のような澄んだ蒼い瞳をしていて、髪は金糸の様に美しく、肌は白磁器のようだ。
「はい、ラウルです。ラウル・シャーウッド」
自己紹介しつつ、よろしく、とラウルは手を出す。
少女は一瞬、迷いながらもその手を握り返した。
「私はフレア、あっちは」
フレアはチラリと斜め後ろを見る。ラウルもそれに倣うようにフレアの視線の先を見た。
「イリスです。よろしくお願いします」
ペコリと、頭を下げたイリスにラウルも軽く頭を下げて返す。
イリスは背の高い少女だ。手足はスラリと伸びており、髪は亜麻色で、明かりに照らされた顔にはそばかすが見える。
「ねぇ、アナタは冒険者なの?今回の護衛の追加ってことでいいのかしら?」
フレアは握っていた手を離すと、ジョッキに口をつけながら聞いた。
その視線はラウルの腰に注がれている。
その腰には、先程ヤルンに貰ったばかりの剣がこれまたついでとばかりに渡された剣帯に刺さっていた。
「そういうわけではないけど……一応、やれる範囲でやるようにって感じかな」
「なにそれ」
怪訝そうにラウルを見るフレア。
その目は、はっきりしろと言外に言っていた。
「これが終わったら冒険者になろうと思ってるんだ。だから主には着いていきつつになる」
「ああ、そうなの。なら私達の後輩になるわけね」
立派な剣を下げてるからてっきり護衛役かと思ったわ。と、言いながらフレアはイリスに同意を求めた。
頷きながら、今度はイリスが口を開いた。
「ラウルさんは、剣士なんですか?」
「それはそうでしょ、剣持ってるんだから!ちなみに私は魔術師でイリスは弓士、それからあっちで飲んだくれてるのが剣士のマクリーと戦士のジルド」
ラウルが口を開く前にそう言ったフレアに、思わず苦笑いしつつ、ラウルが答えようとする。
その瞬間、ガシッとラウルの肩に腕が回され、
「いーや、コイツは魔術師で剣士だぜ、お嬢ちゃん達」
代わりに答える声があった。
その太い腕にはいくつもの傷が見て取れる。歴戦の猛者の腕だ。
「ゴルムさん」
その腕を払いのけながら、ラウルはその声の主を見た。
亜麻色の髪に鋭い目。比較的大柄なラウルよりもさらに一回り大きい体躯。片手にはジョッキを持ち、今もその中身をゴクゴクと飲み干している男は先日ヤルンと共に【銀猫魔術店】を訪れていた。
────ゴルム・レンジィ。
元冒険者で、ヤルンの護衛をしている壮年の男だ。先日こそ静かにしていたが、実際は多弁な男である。
「魔術師で剣士?」
「そうさ。それもかなりの腕だぜぇ」
疑いの眼差しでラウルを見るフレアにニヤリとしながらゴルムは続ける。
「もしかしたらお嬢ちゃんより上手かも、なぁ?」
「ありえないわ、そんなこと」
「そうか?」
「えぇ、そうよ」
ゴルムの言葉にはっきりと否を突きつけ、フレアはにっこりと笑った。その笑顔からはハッキリとした自信が見て取れた。自身の魔術への自信が。
それを見たゴルムは大きく口を開けて笑うと、
「そりゃ、いいや。期待してるぜ、お嬢ちゃん」
と言い残し、少し歩いてからラウルの方を向き直した。
「ああ、そうだ。ラウル、ちょっと来いよ。酒と……そうだな、肉だ!肉を持ってな!アッチで待ってるぜぇ」
親指で庭の外れを指しながら、大声で伝えるとゴルムはまた歩き出した。
その背中を見送ってから、フレア達と二、三言葉を交わし、ラウルは言われた通りの物を持ってゴルムを追った。
◇◆◇◆◇
「おう!来たな!」
庭の外れの芝生に座ったゴルムはラウルが来たのを見て手を上げた。その仕草や、そもそもこんな所に居るのを見れば護衛とは思えないが、これはこれで彼が問題ないと判断したからここに居るのだろう。
ラウルは酒瓶を渡し、料理を盛った皿を置くと、自分も芝生に腰を下ろした。
「おい」
ゴルムが酒瓶をラウルに向けて上げている。
ラウルも酒瓶を掲げ、ゴルムの酒瓶へぶつけた。
ゴクリと、一口呷れば、カッと喉を酒が通り、鼻から匂いが突き抜ける。
「カーッ!」
一口、二口と呷るゴルム。
ラウルもまた、それを追うように酒瓶に口をつけた。
そうしてしばし飲んでいるうちに、皆の居る方からリュートの音が聞こえてきた。
あの吟遊詩人だろう。続けるように英雄譚を歌う声も聞こえてくる。
「ラウル」
「はい」
ゴルムにしては珍しく真面目な声音に、ラウルは一瞬面食らう。
だが、その様子も殆ど見せずにゴルムを見た。
「冒険者になるんだってな」
「はい」
「そうか」
また、ゴルムは一口、二口と酒を呷る。
少しして、また口を開いた。
「まあ、なんつーか。冒険者ってのは色々あるからな、酷けりゃ死ぬし、いい事ばっかじゃねーけどよ。やるってんなら色々、覚悟決めて本気でやれよ。そうすりゃ、一端にはなれる」
また、酒を呷る。
もう瓶の半分も残っていない。異常な速さだ。
ふと、ゴルムはラウルの腰の剣を見る。
「ラウル、それ見してみろ」
ラウルは剣を剣帯から外し、ゴルムに渡す。
ゴルムは酒瓶を置くと、剣を抜き、検分しはじめた。その眼差しは、酔ってはいても真剣そのものだ。
「ふむ……柄は翡翠牛で手によく馴染む、重心は手元寄り。刀身はサラサ鋼でよく砥がれている。鞘は……ホアの木で巻いてあるのは大角牛か……」
ぶつぶつと言いながら、ひとしきり見終わると鞘に戻し、ラウルへ返す。
「いい剣だ。どうしたんだ、これ」
「ヤルンさんに貰ったんです」
「ほぉ〜」
存外、あの人も過保護なもんだ。とゴルムは内心思う。この剣は、駆け出しの冒険者が持つような代物ではない。少なくとも、一人前になってようやく手が届くかどうか、というレベルのものだ。その価格は決して安いものではない。
ヤルンの顔を思い浮かべ、ゴルムはフッと笑い、再び酒を呷る。
そうして、ラウルの方を向き直った。
「よし、ラウル。冒険者の心得ってやつを教えてやろう」
少しばかりのイタズラ心を滲ませながらニッコリと笑い、ゴルムはそう言った。
ラウルはその顔を見て、これは長くなりそうだと思いながら、酒に口をつけた。
そうして、出発前の夜は更けていった。
途中、金木犀にルビが振ってありますが、正しい読み(例えば英訳など)ではなく作中での名称となります。
作品進行及び世界観の為、現実に存在する物やそれに類似するものに対してある程度オリジナルで名称をつけています。
その名称が作中での正式な物になりますので、例えば【金木犀】であっても、金木犀そのものではなくあくまで便宜上わかりやすいようにしてある、という理解で読んでいただきますようお願いします。
今後も、似たようなことがあると思いますが宜しくお願い致します。