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Prolog4


ヤルンと共に街を出る。


ラウルは昼頃に起きてきたリザにそう告げた。


「そう」


リザの返事はまるでその決断を知っていたかのように淡白だったが、ラウルはリザの眦の跡に気付いていた。


「準備、しなくちゃね」


そう言い、リザは紙にサラサラと何かを書き、店の窓へと張り出した。


【本日休業】


街を出るのにはそれなりの準備が必要だ。

ある程度のものは日頃から使っているもので代用が効くが、そうでないものも多々ある。

そうしたものの買い出しに、リザは行くつもりなのだろう。


「まずはヤルンのところに行くよ」


準備が出来たら降りておいで。

リザの言葉にラウルは頷くと、2階の自室へ向かった。




◇◆◇◆◇


ヤルンの家はフウロの中心から東へ少し行った場所にある。元々はそこがヤルンの生家────ガットー商会が店を構えていた場所である。

しかし、早くに家を出たヤルンが帰参し、商人としてその頭角を表すと店を中心区へと移動させた為、その土地に住居を建設したのだ。


本来であれば、商店の主に会うのであればその店へ向かうのが正しい。

だが、現在ヤルンは引退した身であり商会の一切を取り仕切るのはその息子である。その為、ヤルンは大抵の場合において店舗ではなく、住まいに居る。数日後に行商へ出るのならば、なおさらだ。

故に、リザとラウルはそちらへ向かったのである。


周りに比べると大きな家の前で二人は立ち止まった。

その大きさは他の家の二軒から三軒分ほどある。とても大きくは無いが、手入れのされた品のいい庭が鉄格子で出来た門扉から見える。この門扉も草花をかたどった装飾がなされており、家主のセンスが見え隠れしている。


「ヤルンに会いたいんだけれど。銀猫のリザが来たと伝えて」


リザは、門扉のところに立っていた二人の男に声をかけた。

腰に剣を帯びた男達で、この家の警備をしているのだろう。立ち止まった二人を最初は胡乱げに見ていた一人がリザの言葉を聞き、もう一人に促され門扉の中へ入っていった。






少し待っていると中に入った男と品のいい紳士が出てきた。


「シャーウッド様」


腰を折りながらそう声を掛けてきた男はガットー家の執事であるリベット・カランだ。歳の頃はヤルンと大差ないが、スラリと伸びた手足や背中に棒でも入っているかのような姿勢と深い声から、落ち着いた印象を受ける。ヤルンが動であればリベットは静と喩えられるだろう。


「リベット、ヤルンは?」

「はい。いらっしゃいます。ご案内いたします」


そう言ったリベットの後に続き、リザ、そしてラウルの順番で門をくぐる。

庭を通り抜け、大きな庇の下の扉の前へ着いた。暗い茶色の扉には、門扉同様に彫刻が施されている。


リベットが扉を開け、二人に中へ入るように促した。

中に入るとフワリと、花の匂いが香っている。見れば扉の脇に花が生けられている。大きく咲いた花弁は色鮮やかに、来客を歓迎していた。


「こちらへ」


再びリベットが先頭に立ち、正面の階段を登った。

2階へ上がり、右の廊下へ進む。

扉を二つ過ぎ、三つ目の扉の前で立ち止まると、リベットは静かに扉を叩いた。


「旦那様、シャーウッド様をお連れしました」





◇◆◇◆◇


「ヤルンさん」


部屋に通され、長椅子に腰掛け、お茶を出されたタイミングでラウルが口を開いた。


「昨日の話ですが……」


ほんの少し、一瞬だけ言葉が詰まる。

だが、それは決意が揺らいだとかそんなことではない。その逆で、さらに決意を固めるためだ。


「俺を連れて行ってください」


ラウルはヤルンを見つめる。

ヤルンもまた、ラウルの瞳をジッと見つめていた。

ラウルの言葉を、決意をはかるかのように。

そうして少し。

ヤルンはカップの茶を一口飲むと、


「うむ」


と答えた。

彼は、ラウルの決意をたしかに感じたのだろう。自分から声を掛けたこととはいえ、旅立ちを決断するのは簡単なことではない。それを流されるようにして決めていたのなら、ヤルンは自分から誘っていたが断わることを決めていた。

だが、ラウルは確かな自分の意志で旅立ちを決めたのだ。ヤルンが考えていたよりも短い時間での決断だったが、ラウルがその瞳に湛えた決意はなによりも確かであることを彼は感じ取ったのだ。


ヤルンにとって、ラウルは血のつながりこそないが孫のようなものである。

幼い頃から────リザがラウルを育て始めた頃から気に掛けていた。そんな存在だ。

その成長も見ていたし、海綿スポンジのように様々なことを吸収していく様子を楽しみにしていた。ヤルンの土産話を目を輝かせて聴いていたラウルに、気を良くして色々なことを話した。


冒険者になって世界を周りたい。


幼いラウルがそんな風に言ったことを、彼自身は覚えているだろうか。それはわからないが、ヤルンはラウルがそう言ったのをついこの前のことのように思い出せる。

だからこそだ。ヤルンが、ラウルを行商へと────街の外へと誘ったのは。

もし、少しでもあの頃の思いが残っているのなら。

世界を見る為に、背中を押してあげられたら。

そんな思いで声を掛けたのだ。リザに相談をした上で。

リザもまた、ラウルが幼い頃に言っていたことを覚えていた。そして、ここ数年はそれを言っていないことも気付いていた。

故に、リザもヤルンに同意した。

この話をすることを。



ヤルンはリザを見る。


「リザも、よいのじゃな」

「もちろん。私はラウルの選択を────決意を尊重する」


ヤルンの問いに、リザは強い頷きで返す。

その答えは、本来聞かずともわかっているものだった。しかし、それをあえてラウルに聞かせる為に問うたのだ。

師匠が、母が、その選択を肯定し、そして応援する。

それがどれだけ尊いことなのか。それを感じさせるために。たとえ、それを今でなく、数年後に感じるとしても、この経験がラウルの糧となるように。

これは言葉で理解するものではないのだ。心で、理解するものだ。ラウルはきっと理解できると、ヤルンは確信をもっていた。


「わかった」


リザにそう返し、ヤルンは一つ息を吐き、再びラウルに向き直った。


「────ラウル、行商の後はどうするつもりじゃ」


行商ということは、いくつかの村や街を周り最終的にこの街へ戻ってくる。それは大体三月みつきほどの期間だが、その後はどうするのか。

この街へ戻るのか、それともその途中でどこかの街で別れるのか。


そんなヤルンの問いに、ラウルははっきりと答えた。


「冒険者をやってみようと思います」

「…………厳しい世界じゃぞ」

「わかってます」


その答えにヤルンは頷いた。

その決意を、しっかりと汲み取ったのだ。


「ならばよし。ちゃんと準備をしておくのじゃぞ、ラウル」


それから出発前の夜会には顔を出せ、とヤルンは告げた。その夜会には、ヤルンを始め、護衛も含めた行商に同行するメンバーが参加する。そこで共に酒を飲み、飯を食うことで結束を高めようという趣旨だ。

ラウルは勿論と、強く頷いた。


「ヤルン」

「なんじゃ」

「ラウルを頼むよ」


その様子を見てから、リザは頭を下げた。

ああ、とヤルンは答えた。


そんな二人を見たラウルは、自分への二人の思いやりとそして愛情を噛み締め、さらに決意を固めた。





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