Prolog2
リザ・シャーウッド。
【蒼銀】あるいは【銀雨】と呼ばれる魔女──女性魔術師のこと──であり、ラウルの師、そして育ての親だ。
その通称通りの銀の髪からエルフ特有の尖った耳を覗かせ、見た者の殆どが美女と表するであろう顔の造形には些か焦りが見える。
「何事?」
テーブルに荷物を置きながら、ラウルはそんな師に質問した。
こんな風に焦っている時は大抵良くないことが起こっているのは、これまでの経験上確実だ。
「昼までに!ポーション!」
細かい説明すらもどかしいとばかりに片言で答えながらリザは部屋の中央にある作業台に置かれた紙を指差し、また慌ただしく薬草を刻み始めた。
その様子を見ながら、ラウルもその紙を手に取りザッと目を通す。
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・ヒールポーション 30本
・ハイヒールポーション 15本
・魔力ポーション 15本
・アンチドートポーション 10本
・魔物よけの香 10個
1週間後の昼まで
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そう書かれた紙の字体は紛れもなくリザのものだ。
そして、これだけの注文を一度にしてくる客はこの街でもそう多くはない。市場でのジャンとの会話を思い出しながら、ラウルはこの注文の主を推察する。
「これヤルンさんの?」
「そう!魔力ポーションとアンチドート作って!」
「りょーかい」
とりあえず、手伝わない訳にはいかないようだ。
どうやら朝食はお預けだな、などと考えながらラウルは袖を捲り、各種の薬草がしまわれている戸棚へ向かう。
整然と収納された薬草と材料を取り出し、もう一つの作業台へ並べ、調合用の鍋へ水を張り火にかける。
魔力ポーション──魔術を行使する際に消費した魔力を回復、またその促進をする魔法薬だ。
大抵の場合において、魔術師の冒険者が用いるその薬は作り方自体はそう難しいものではないが、作る人物によって品質が変わる。
だが、幼少の時分より一流の魔術師であり一流の錬金術師でもあるリザに製法を教えこまれたラウルの実力は既に熟練の域に達していた。
その証拠に、淀みない手付きで薬草を刻む。
まずはヌーボ草の根を刻み、鍋に入れる。
ヌーボ草は、空気中の魔力を根に蓄える性質を持つ薬草だ。その根を刻み、水へ入れて火にかけることで蓄えた魔力を溶出させる。
その間に、残った葉と茎をすり潰しペースト状にする。
この葉と茎は、魔力を蓄えることはないが代わりに毒素を分解させる効果を少し持っており、酒精も分解する。その為、二日酔いの薬にもなるが、今回これはアンチドートポーションの素材になる。
ヌーボペーストに少し水を加え延ばし、ミクダ草の乾燥粉末、ポポの花の乾燥粉末を加え混ぜ合わせる。
ミクダ草とポポの花、この二つは解毒作用を持つ薬草であり一般的なアンチドートポーションの材料だ。だが、多量に摂取すると逆に毒となってしまう。しかし、毒になる一歩手前が最も効果が高くなる為、正確な計量、そして調合が求められるのだ。その為、大抵の場合は確実な分量でそこそこの性能の物が作られるのだが、この二つにヌーボペーストを加えるリザの製法は最後の火入れこそ難易度が高いが安定して最高の効果を得られる。
アンチドートポーションの材料を混合し終えた頃合いで、ヌーボの根を入れた鍋が沸々とし始めた。今度はそこにトレントの根を加え更に加熱する。
モンスターであるトレントの根は、これもまた魔力を蓄えているが加熱して成分を溶出させすぎると身体に毒となるため、使用するタイミングが非常に重要で扱う難度の高い素材だ。しかし、使用するか否かでそのポーションの品質は大きく変わり、一般的には使用できてようやく一端の錬金術師とされている。
魔力ポーションの鍋から離れ、ラウルは再びアンチドートポーションの作成へ取り掛かる。
最後の難関、火入れだ。
均一に火を入れる為、ポーション瓶へ同量ずつ封入してから火をかける。
台へセットし、瓶の底へ火があたり横へ火がはみ出るか出ないか程度の火力へ調整する。
そして、瓶内のポーションの様子を見ながらそのタイミングをはかる。
・・・・・・
ここ、というタイミングで火を止める。
そしてそのまま動かさず静置し、冷めるまで待つ。その間に魔力ポーションの鍋へ、魔力の粉と呼ばれる材料を適量入れる。これもまた、入れ過ぎれば失敗となるため慎重に加えていく。
そんな作業をしているためか、それとも火の熱気の為か、ラウルの額には汗が滲んでいた。
ふと、横目に見れば師匠のリザもまた汗を滲ませながらこちらを伺っていた。
「終わりそう?」
「なんとか」
そう答えたラウルは、朝食を取っていなかったことを思い出し空腹を感じるのだった。
◇◆◇◆◇
あれから魔力ポーションにマンドラゴラの蒸留酒を加え仕上げを行い瓶詰めをし、なんとか注文分を作り終えたラウルは店の裏手の厨へ来ていた。
「さて、と」
水を1杯飲み、一息つくと市場で買ってきた物の整理を始める。
表面がカリッと焼けたパンに、瑞々しい新鮮な野菜と果物にジャンのところのベーコンやソーセージに何種類かの肉にチーズ。それらを保管庫に仕舞い、昼食用の幾ばくかを調理台に置く。
ラウルもリザも朝から何も食べておらず腹ぺこだ。
だが、あと少しもすれば注文の品を取りにヤルンの使いが来るだろう。
適当に摘めるものにするか。
そう考え、平鍋を取り出し火を着け買ってきたベーコンを焼き始める。
ジューッという小気味いい音をさせながら、ベーコンの薫香が鼻腔をくすぐり空腹を刺激する。
辛抱たまらなくならながら、ラウルはパンに葉野菜を乗せ、赤く瑞々しいマトゥ──トマトの様な野菜──をスライスし、その上に重ねる。
いい塩梅に焼けたベーコンを取り出して、さらにその上に重ねパンで挟めば昼食の完成だ。
二つ作ったそれを3等分ずつに切り分け、皿に盛る。
丁度、そのタイミングで店側と繋がる扉が開いた。
そこからひょこっと顔を出したのはリザだ。
「お昼できたよ、師匠」
「うむ、わかった」
ラウルの言葉に、少しふざけながら答えたリザはササッと椅子へ座り、できたての昼食を頬張り始めた。
その様子を見てクスリと笑いながら、ラウルも椅子へ腰掛け、パンに手を伸ばした。
◇◆◇◆◇
昼食を取り、食後のお茶を淹れた頃。
ヤルンの使い────いや、ヤルンが現れたのはそんな頃合いだった。
カランカランと、店の扉に付けられた鐘がなった。
「はーい」
おそらく、ヤルンの使いが荷物を取りに来たのだろう。
そう思いながら、ラウルはお茶のカップを置き、店への扉を開けた。
そうして、店の入り口へ視線をやれば二つの人影があった。
一人は腰に剣を帯びた大柄な亜麻色の髪の男。
鋭い眼つきに、鍛え上げられた身体が服の下からこれでもかと主張している。
もう一人はその男より頭一個分小さい白髪と白髭を蓄えた恰幅の良い老人だ。だが、その眼光は亜麻色の髪の男とは別のベクトルで鋭い。
「久しぶりじゃな、ラウル」
「久しぶり、ヤルンさん」
老人が口を開く。凪の海のような落ち着いた、だが深い声だ。
ラウルはその声を聞き、にこやかに返した。昔からの顔馴染みであり、祖父のような老人に。
この老人こそがこの街有数の商人であるヤルン────ヤルン・ガットーだった。