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「組手、やめい!」
訓練所に指導官の声が響く。アイダは一息つき、汗を拭った。
アイダは20歳になった。
故郷の襲撃で帝国兵に捕まって以来、帝国兵――厳密にはロッド子爵お抱えの軍団の一兵卒となっている。あの日アイダを捕らえた帝国兵は軍団長だったらしい。彼が何を思ってアイダを生かしたのか、どうして軍に入れたのかは、まだ怖くて聞いていない。アイダはそれよりも厳しい訓練に食らいつくので精一杯だったのだ。
本日の訓練は、模擬戦で終わり。模擬戦始めの声を合図に、アイダは同年代の兵士と剣を打ち合った。模擬戦の戦績は21戦20勝1敗。20戦連続で勝った者は軍団長と模擬戦をする権利を得られるため、1敗の相手は軍団長である。5歳から軍団長に戦い方を仕込まれ、10歳の当時最年少で軍団に入ったため、アイダはそこらの兵士には負けない自信があったが、軍団長相手にはまだまだ勝てなかった。
訓練が終わり帰路に着こうとしたところで、軍団長に声をかけられる。
「おい、アイダ。飯を食いに行かないか」
「はッ、承知しました」
「今は訓練中じゃねぇよ」
「……わかりました」
軍団長に負の感情がないと言えば嘘になるが、アイダにとって軍団長は第二の親も同然の存在で、13の年になるまではアイダは軍団長の家に住んでいた。独り立ちしてからもこうして時々、飯に誘って気にかけてくれるのだ。
軍団長について行けば、いつもの食堂に入り、空いた席に着くかと思えばそのまま素通りし、いつの間にか先導していた店員に個室に案内される。
「軍団長、この食堂にこんな個室ありましたか?」
「アイダが知らんだけでずっとあったぞ?お忍びなんかに使われるらしい。まあ座れよ」
こんな個室に案内して、何の話をするのだ、と釈然としないアイダをよそに、軍団長は慣れた様子でどっかり座り、店員に注文する。注文内容もなんてことはなく、いつも頼む酒とツマミと肉だ。やがて、注文の品が運ばれ、最近どうだとか、そんな会話とともに肉とツマミが減っていく。
今日は酒の進みが遅い、とアイダが気づいた時、軍団長は改まった様子で口を開いた。
「どこから話せばいいか…… ロッド子爵家が近々取り潰しになるかもしれねえ」
「ロッド子爵家が、ですか」
「帝国への謀反の疑いだってよ」
「あの子爵様が、ですか?」
「ああ、元々生真面目な上に、奥方が亡くなってからほとんど外に出ねぇからな、十中八九罠に嵌められたかされたんだろう」
「そんな」
「謀反だからな、むしろ取り潰しになる方が優しいか。順当にいけば処刑だろうな」
「……リリー様も?」
「子爵もその娘もだ。親戚連中も処刑かもしれん。まァ、この俺もまず無罪放免にはならんだろうな」
「軍団長も、ですか?」
「言ってなかったか?俺は子爵と兄弟だ。あっちが長男、俺が次男」
「知りませんでした。もしかしてどこかで失礼を、」
「あっちが爵位を継いだ時に平民になったからその心配は無用だ」
軍団長は酒をひと息に飲む。空になったジョッキを眺めながら口を開いた。
「話は戻るが、俺はただ子爵家の取り潰しをお前に話に来たんじゃねえ。お前の身の振り方を考えてほしいんだよ」
「身の振り方」
「考えてもみろ、縁組していないとはいえ、俺はお前の面倒を見ていたんだ。軍団の他の連中は降伏でもなんでもすりゃ生きられるだろうが、お前は変な疑いがかかるかもしれん。生きてたとて、お前は元小国の出身だ。子爵領じゃあ無下には扱われなかったが、他のところではどうかわからねえだろ」
「ならば、子爵家と、軍団長と共に」
「ダメだダメだ。命あっての物種だ。肩に背負うもんもねぇのに勝手に心中するんじゃねえ」
「ならば、どうすれば……」
「俺がお前にやれる選択肢は2つだ。
ひとつ、他のところの軍団に入って匿ってもらうこと。俺も腐っても元貴族だし、軍団同士の繋がりもある。まあまあ信頼できるところに送ることはできる。
ふたつ、軍団を抜けて国境を越えること。そうだな、王国あたりがいいんじゃないか?ただこれはかなりリスクがある。密入国ってことだからな、念には念を入れるなら今までの名を捨てることになる」
「……」
「軍団やめてその辺に身を隠すのも手っちゃ手だが、俺としちゃ、ふたつめのがおすすめだ。王国行ったあとは自由だからな」
「……」
「ま、考えといてくれや」
考え込んだアイダに、軍団長はニヤッと笑う。そして、ほら帰るぞ、と席を立ちながら口を開いた。
「ま、当たり前だがこの話は口外すんなよ。軍団には時期をみて話すからよ」