変わらぬ思いと、秘めた思い。
――――いつか。
いつか『好きだ』と言おうと思っていた。
いつか『愛している』と伝えたかった。
「華、元気で」
「…………うん」
◆◆◆◆◆
ある日、彼女が頬をほのかに染め、長い黒髪を揺らしながら、俺の住む部屋に飛び込んできた。「陽介! 私、大きなプロジェクトの一員に選ばれたの!」と。
嬉しそうに話す彼女の言葉をちゃんと聞きたいのに、雑踏の中にいるかのように、聞き取れない。
なんとなく分かったこと、それは……彼女が五年近くもイギリスに行くということ。
彼女は海外で働くことに憧れていた。
大学四年から付き合い始め、既に六年が経ち、お互いがそこそこにキャリアを積んでいたから、いつかこうなることは予測していたし、話し合ってもいた。
『海外転勤になったら、別れる』
俺たちはそう決めていた。友達に戻るのだ、と。
だが、それが現実になってやっと分かった。
――――そんなの無理だ。
今まであまり言葉にしていなかった『好き』や『愛してる』。
いつかちゃんと伝えようと思っていた。そういった言葉になると、急に口下手になってしまう。
彼女は、そこが可愛いの!なんて言いながら、少し色素の薄い俺の髪を撫でてくれていた。
ついそれに甘えていた。
いつか、と思っていたら手遅れになっていた。
いまさら本心なんて言えるわけもない。
彼女の話を笑顔を貼り付けて聞くしか出来なかった。
時々、彼女はジッと俺の目を見つめてくる。顔色を窺っているようだった。だから、俺は必死に笑みを深めた。心から喜んでいるんだと、思ってもらえるように。
◇◇◇◇◇
明後日、彼女はイギリスに飛び立つ。
最後のデートをした。少しだけ豪華なフレンチディナー。
お互い仕事を頑張ろうと励まし合ったりした。
いつか本当に伝えたかった言葉は胸に秘め。
彼女をマンションの部屋の入口まで送った。
「あ、すまん……車に忘れ物した。すぐ戻る」
「え? うん?」
小走りで車に戻り、トランクに隠していたものを抱えた。
合鍵でオートロックを解除して、エレベーターのボタンを押す。指が震えているのは気のせいだと思いたい。
「え?」
「……あ」
エレベーターの扉が開いた瞬間、目の前に彼女がいた。
慌てて抱えていた小さな花束を彼女に押し付けた。
「あ、これ……」
ピンクと白のローダンセの花束。
彼女の誕生花。
菊のように尖った花びらの中央に、黄色の小さい花が更に咲いているような見た目だが、花びらのように見えるものは花を保護する葉っぱで総苞片というらしい。
とても不思議な花であり、彼女が大好きな花でもある。
ピンク色の花言葉は、『変わらぬ思い』や『終わりのない友情』。
白の花言葉は、『飛翔』。
花束に思いを秘めて。
唇に思いを乗せて、軽く触れる。
「華、元気で」
「…………うん」
エレベーターの扉が閉まる瞬間、彼女の寂しそうな声が聞こえた。
「ばかっ」
◇◆◇◆◇
人の思いは移ろいやすい。
だがこの思いは、色褪せることなく俺の心に居続けるだろう。
―― fin ――
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