柴犬と混乱作戦
柴犬たる俺はその小さい身体を活かした偵察をしていた。
魔物が居る場所、熊と狼が覇権を争う場所、草食の魔物や動物がいる場所、そして人間が使う道路。
人間が使う道を除くそういった場所を調べるのは非常に危険だが、俺は先程も述べたように身体が小さい。
藪の中ではほとんど足跡が残らないし、途中、他の動物が嫌がる香草に自ら突っ込む事で追跡も逃れられるのだ。
周囲を警戒しながら目標地点を探した。
「ここで良いかな?」
作戦開始だ!
「アォォォォォン!!!」
遠吠えは魔物のすぐ近くで行った。
狼は単独で吠える事は無い。
居場所がバレる時は数が優勢な時だけ。
つまり群れで動く時だ。
宣戦布告か狩りの追い込みか。
「※*•※ヂュァッ※*・」
聞き付けた大型の魔物、森に擬態する為の鮮やかな新緑の色をした、カミキリムシの頭とクワガタムシの鋭い鉤爪のついた腕が4本、馬の胴体が特徴の『シュレッダー』が現れた。
顎の力は強く、噛み付きの威力は熊を上回り、岩だろうが鋼だろうが一瞬でバラバラにシュレッダーされてしまうだろう。
俺はポイントにシュレッダーを誘い込み、奴が来るのを待つ。
「ゴァァァァッッッ!!カミツキ!チビスケ!ドッチモクッテヤル!!」
次に化け熊が現れた。
威勢の良い事を言いながらも、俺は眼中に無い様だ。
明らかにシュレッダーの方が脅威度が高い。
シュレッダーも俺を追うのを止め、化け熊を警戒して間合いを取っている。
「*※ッヂュアァァァアア!!*※」
「グォオオォッッッ!!!」
化け熊とシュレッダーが闘い始めた。
抑え込みはほぼ互角。
この隙に俺は再び遠吠えを始めた。
風上から灰色狼の臭いが微かだが漂ってくる。
「良し!臭いを消して離脱だ!」
俺は身体を香草に擦り付けると、走り出した。
〜〜〜〜〜〜
「次の依頼はいつだろうな?」
「さぁな。それまでは適当に猟で凌ぐ。」
「はぁ。。。冒険者らしい仕事がしたいぜまったく。」
ここは柴犬が偵察していた人間が通るポイントの一つ。
冒険者が通りがかる時間帯、人員編成、装備、戦闘傾向、勝率などを調べていた場所だ。
そして毎回同じ冒険者がこの時間帯に通る事も、信頼がある事も知っていた。
男性3人組のパーティで剣士の人間、弓と短剣使いのエルフ、盾とハンマーを使いこなすドワーフだ。
「こないだの護衛依頼は派手に決まったな!最高だった!」
「はぁ。護衛依頼なんて何も無ければ良いに決まってるし、派手さも要らない。あんな事が無ければお前の出しゃばり癖も治るかと思ったのに。」
「同感だな。エルフとドワーフは仲が悪いはずなのに、こいつに関しては直ぐに英雄譚とか勇者伝説を語り出しおって、良い歳なんじゃから騒ぐのをやめろ恥ずかしい。」
以前、綺麗な貴族令嬢の送り迎えに雇われたが、魔物が襲いかかって来た。
危険な手負いの魔物だが倒す事が出来た。
「俺はまだ夢溢れる20代だっ!大剣豪になるのを諦めちゃいねぇぜ!」
そんな彼を無視するエルフとドワーフ。
「俺たち3人は確かに街での評価も高いし友人も多いが。」
「・・・あのボンボンお嬢さんも『面白そうな3人に任せましょう。』だなんてな。実入りは良いが、考えもんだ。あと2倍の人数は欲しかった。」
実力はあるが3人は酒好きで金離れも良く、ギルドの討伐報奨をすぐにギルド内で使い切るので有名。
目に余った受付嬢が予め彼らの武器の手入れ料金をキープして、翌日2日酔いの3人に激しく説教しながら渡すのが恒例となっていた。
大量の酒飲み冒険者が友人となって依頼に渡りをつけてくれたり、つまみ代やら気付け代稼ぎと言う名の閑散期に上がる雑用仕事も優先的に回ってくる。
昔に比べるとドブ攫いや死体運びは減った気がするが、無いわけでは無い。
「おい、無視すんなよ。」
「うるさいな!ん?なんか聴こえる。」
「野犬じゃな。数が多いとちとめんどいが。」
するりとハンマーを取り出したドワーフだがふと手を止める。
「野犬に武具はもったいないわな。」
「然り。」
それぞれ硬そうな木の枝を拾い上げると藪の中から現れたのは、、、
「なんじゃこいつ?」
「ちんちくりんだなぁ。」
「仔犬か?」
柴犬だ。
柴犬と言ってくれ。
「犬の亜種か魔物か??」
「エルフの里にこんな犬いなかったけどな。」
「おい!怪我してるじゃないか!」
それ嘘です。
血液に近い色味の果汁をいい感じに付けて、元気無い演出してるだけ。
「クゥーン・・・ワンワン!!」
「お?ついてこいってか。」
そして冒険者3人は思わぬ臨時収入を得る事になる。
〜〜〜〜〜
「ヂュ、、ヂュア、、」
「ゴフゥ、、ゴフゥ、、」
シュレッダーと化け熊の闘いは激しく、シュレッダーは片方の腕2本を奪われ、今し方喉笛を噛みちぎられていた。
ゆっくりと訪れる絶命を待つのみだ。
対する化け熊も度重なるシュレッダーの噛み切りで失血し、右腕を噛み切られて失っていた。
衰弱し、こちらも死ぬのは時間の問題だ。
灰色狼達にも多数の犠牲が出ていた。
縄張りを荒らす群れが現れた事を示す遠吠えを聞き付け、急いでやってきたら化け熊とシュレッダーが闘っていた。
しかも風の流れで臭いで気付かれてしまった。
だが、今なら化け熊もシュレッダーも満身創痍で倒せるかもしれない。
そう考えた狼達は飛びかかったが化け熊の暴れる力は凄まじく次々とやられていった。
シュレッダーの鉤爪は容易に狼達を吊るし上げて噛み切りで真っ二つだ。
それでも化け熊は隙が生まれて腕を噛み切られたし、シュレッダーは狼の後ろ脚への噛み付きと踏み外しで転倒して片方の腕を2本失った。
実はこの地域は柴犬によって直径15cm程の穴が大量に掘削され、戦闘が荒れるように仕組まれていたのだ。
もつれにもつれた闘いはシュレッダーの死、化け熊も失血死を待つばかりだ。
(我々、灰色狼の勝利だ。。。)
躙り寄る狼達に化け熊もシュレッダーも動かない。
その時、狼達の背後から彼らは現れた。
「ほほう!!これはチャーンス!!」
「チビ犬のおかげだな!」
「おい、剣士、あのリーダーをやれ!ワシらで周りを潰すわい!」
「ワン!ワン!」
森の死神、柴犬参上!
灰色狼は憎々しげに俺に突っ込んできた。
「このニンゲンびいきのクソ犬がぁぁあ!!!」
「おっと、お前の相手はチビじゃなくて俺だぜ?」
剣士の一撃にバックステップを踏む灰色狼。
しかし数の暴力が無くなればどうという事はない。
俺は手負いの狼達が狩られるのを尻目に、シュレッダーの胴体をこないだ魔物を食べてからちょっぴり進化した爪で切り裂いて硬い石を取り出した。
「良し、齧ろう。」
ガジガジやるとピシッとヒビが入り俺の身体に力が流れ込んだ。
「やっぱり魔物を喰うと強くなるんだな。お次はお前だな。」
「ゴッ、、グォ、、チビスケ、、コロス、、」
「いや、死ぬのはお前さんだよ。」
俺はまるでシュレッダーの様な噛み切りで化け熊の喉を食い千切った。
「あむっあむっ。結構臭みがあるけど美味いな。これからは熊もご飯リストに入れよう。なんか殺した瞬間も身体に何かが流れ込んだな?しかし、メインはこっち。」
熊の胸部を食い千切るとあった、巨大な石。
さっきと違って全身の力が著しく増した様だ。
相変わらず見た目は柴犬のまま。
「食事は済んだか?」
「ワン!!」
冒険者3人組は戦闘を終えていた。
手には狼リーダーの首がぶら下がっている。
生き残りの灰色狼達は既に逃げ去っていた。
「こんな小さな犬が『魔石喰い』なんてするとはネームドモンスターか?」
「それか神獣の類か?危険には見えん。」
「こっちも魔石無いぞ〜?」
3人はやれやれといった感じだが、俺はリーダー狼の魔石も食いたかった。
「チビ犬、悪い事は言わん。そのへんにしておけ。『魔石喰い』は身体にどんな影響を及ぼすか分からん。」
「クゥーン・・・」
美味しいのになぁ。
「お嬢から貰ったマジックバッグをこんなに早く使う事になるとは。」
「貰ってない、借りてるだけだ。」
「お前が勇者好きと聞いて気を良くしたお嬢が勇者が作ったと言われてるのを借りたんだ。本物の保証も無いぞ?」
だがそのマジックバッグには化け熊もシュレッダーも灰色狼も全部入ったから驚きだ。
何それズルい!
俺は『穴に隠す』しか出来ない!
「へへへ!あの魔物の顎は高く売れるぞ!」
「肉もな!熊の方も毛皮はズタズタだが使える部分はあるし、肉は売れそうだ。」
「灰色狼も革と肉と魔石じゃな。あと熊とカミキリ馬の『空魔石』か。『魔石喰い』は具合が悪い。討伐隊が組まれぬ様に説明しなきゃならん。チビ犬、一緒に次の街へ来るんだ。」
次の街には行きたかったし、ちょうどいい。
「ワン!!」
「賢いな。エルフの俺にはこのチビ犬が神獣に見えて来たんだが。」
神獣シヴァイヌ、なんつって。
「そうか?犬なんてどこもこんなもんだろ?実家の犬もそうだけど、オヤツ貰えると勘違いしてんじゃねぇのか?」
そして俺こと柴犬は冒険者達と新しい街へと向かう事にした。