柴犬と恋の予感
「はいよー!安いよー!」
「冬支度にぴったり!鹿肉の吊るしだ!」
「野菜、野菜、野菜はどうだーい?もうすぐ冬だよ〜!ほら買った買った!」
市場の露店では間も無くやってくる冬に備えて様々な食材が売られていた。
「賑やかね」
「ワン!!」
オレンジベレンでは太陽教会主催の「祈りの集い」がある。
3日間行われる、ちょっとしたお祭りの様なものだ。
ヴァイパーと柴犬たる俺は敵情視察に来ているのだ。
「あら、ロベルタじゃない。」
あ、近所のおばさん、スーさんだ。
「どうも、スーさん。今日は参加するんですか?」
「祈りの集いだろう?旦那が信心深くてね。でも、あたしゃ家事が忙しいから遠慮しといたわよ。あんたもお祈りはほどほどにして買い物しとかないと、冬に凍死するわよ?っても魔道具があるから、平気よね?」
「まぁ、そうですね、、、」
ヴァイパーは曖昧に返事をしておいた。
魔法が使える彼女は魔力の多寡を隠蔽するアリバイとして魔道具屋を隠れ蓑にした。
暖房の魔道具が使用出来るので、彼女はバルチスタ領の寒さを凌ぐ事が出来る。
「モコちゃんもいるから暖かそうね!それじゃあね!」
スーさんは山盛りのバスケットを手に去っていった。
「あたしも帰りに買い物しなきゃね、、、」
「ワフッ」
スパイ活動と冬支度の両立は大変だ。
「予定では、最終日にデンゼー神父は現れるはず。殺す為なら、なんだってやるわ。」
「クゥーン・・・」
ヴァイパーのような美女は最後に救われるべきだと柴犬は確信している。
太陽教会の噂は俺もマスティフから色々聞いた。
ヴァイパーの狙っているデンゼー神父とやらは特定の魔力を持った人々を不当に虐げて財産を没収、その集めた金を使ってチンピラを雇い脅迫、誘拐、殺人を繰り返す、とんでもない悪人だったのだ。
他の教会にも声高にその思想をばら撒いて洗脳し、更に搾取を繰り返す。
その手の思想は弱者を潰すのみならず、貴族の権力争いにも絡んでいるという。
次期教皇の座を狙って穏健派のライバルを失脚させているとか。
つまり、この男を倒すには通りすがりの柴犬が噛み付くのが1番なのかもしれない。
「蛇楼教はね、『黒』持ちを保護する為に活動しているの。」
「ワフ?」
『黒』持ちとは黒魔法を扱える才覚を持つ者達だ。
自分が魔法を使えると知らないまま生涯を終える者もいるが、最近、教会はなりふり構わず『黒』持ちを炙り出そうとしているのだ。
「何故かしらね?でもそんなの関係ないわ。魔力の属性如きで、、、太陽教会に人生を狂わされる筋合いは無いわ」
俺は教会に近付くにつれ機嫌が悪くなるヴァイパーを宥めた。
〜〜〜〜
太陽教会の建物内に入ると、太陽を模した壁画や、太陽を掲げる女神像が設置してあった。
自○の女神だろ、どう見ても。
太陽教会の開祖は転生者っぽいな。
混み合ってはいるが、皆祈りを捧げると席を後にして空きが出る。
老夫婦が席を外した後、空いた席にヴァイパーが腰掛けると同時に、その隣に背の高いイケメンが座り、偶然、置いた手と手が重なってしまった。
「「あっ、、、」」
引き込まれるように見つめ合う2人。完全に時間止まってるやん。
ベタだなぁ。ベタ過ぎるよその出会い!
不満げに俺がヴァイパーの足をペシペシするとハッとして現実に戻ってきた。
「し、失礼しました。」
「い、いえ、こちらも不注意で、、」
ヴァイパーは落ち着きなく髪を梳り、男は視線が泳いでいて、気まずい、というより桃色の甘酸っぱい空気醸し出しやがって。。。
チョコレートより甘々だぜ。
ケッ!犬はな、チョコが食えんのよ!
というか、この臭い、例のアルトルってネイルの知り合いで潜入捜査官じゃないか!!
「アントン、って言います。ここには、お祈りで、、、、貴女は?」
「ロベルタ。あたしもお祈りで・・・」
お互いに偽名で自己紹介して、ヴァイパーもアルトルも使命をすっかり忘れてイチャついている。。。
何気に明日もここで会う約束してるし。
恋は盲目っていうけど柴犬は皆の恋人だからさ。
このあんよが歩き出すだけで、もうそこらじゅうメロメロだぜ。多分な。
「この子はモコ、っていう、変わった仔犬?です。抱っこします?」
「おぉ、モコモコしてる。。。」
はいはい、どうせ俺はカップルを賑やかす為のマスコットですよ。
柴犬だからしょうがない。
こうして祈りの集い1日目が終わったのだった。
帰り際のヴァイパーは買い物中に鼻唄なんか歌って、復讐に燃える女幹部はどこに行ってしまったのかと、ため息が出た。




