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FATHER

作者: 最中

故人に思うこと、つらつら。

 いきなりだけれど、多分長くなるだろうけれど父のことを話させてほしい。だって、彼が死んで悲しむ友人知人はほぼいないのだから。私が言うのもなんだけど。

 素人が自己判断で決めるものじゃないけれど、父はちょっと発達障害(多動)ぽいとこがある。とにかくじっとしていることが苦手で常に動きまわる。家族にとって有益なことを多動でしてくれればいいのに大概その逆のことをする。だから家族は父に辟易してしまう。挙げたらキリがないけど例えば乱暴に家具を扱ってすぐに壊す、家の修理を自分で無理矢理やって不自然(見た目がおかしい)にしてしまう、美的感覚の狂った庭木の伐採、理解しがたいマイルール。ラジオは常に爆音、話し声も爆音。昼が近くなるにつれ酒を欲して苛立ち始める。これが三百六十五日続くのだから家族はたまったもんじゃない。あ、正月は朝から飲んでたわ。とにかく、「なぜそこにそれを置く?」「なぜわざわざあえてそれをする?」父の行動に対して、こういう疑問が子どもの頃からあった。まあ、父には父のやり方があるのはわかるけれどもねえ。理解し難いことの方が断然多かった。まるで首をはねられた武者のようにも見える庭木たちは哀れとしか言いようがなく、来訪者に「随分思い切って切ったんですねえアハハ」とか言われ赤面する母がかわいそうだった。先祖たちが多少なりとも金をかけて守ってきた庭が一代でこの有様。ご主人は心の病気なのかしら、と噂されるのも当たり前。心配した家族のうちの誰が何を意見しようとも、父はつっぱねて全く聞こうとしなかったし逆ギレして怒鳴りたてて余計に厄介なことになった。私たちも馬鹿じゃないので経験から学び、最終的には

「父には関わらない方が吉」

 と言う結論に至る。あれで自営業やってる、やっていけているというのが信じられない。

 

 祖父の家業を継いでしまった父は社会を知らないまま六十代まで生きてしまった。会社に勤めていない、社会人経験のない人と言うのはなんかもう色々やばいのだと私に教えてくれたのは父である。ごくたまに仕事関係で付き合いがあっても、家族の誰が助け舟を出すわけでもなく父を放っておいた。この辺がもう末期すぎて笑ってしまう。むしろ父の相手をしなければならない向こうの人達が不憫だなとさえ感じた。父はヘビースモーカーな上に昼間から酒を飲む人だったので、年柄年中体から変な匂いを発していたし、大切な話をしている時にいつも手が震えていた。そう、見る人が見ればすぐわかる立派なアル中でございます。「更生させよう」なんて声は誰からも出なかった。時間と労力の無駄、というかもういわゆる「ピンコロ」路線決定である。いつ死んでも父は大往生のはず。だって文字通り好き放題やりたい放題やって来たんだから。

 さっきも述べた通り、父はタバコと酒をこよなく愛し、愛しすぎた故に逆にそれらに取り込まれた。特に酒。振り回されているのは目に見えてわかり、物陰でコソコソ飲んでいるその姿は映画とかに出てくる中毒者そのもので哀れだった。たまに何かの用で父の部屋に入ると、ストロング系のチューハイの缶が床を埋め尽くしながら私をお出迎え。これはもう助けるの無理だなあと思いながら換気扇を回した。ここに長居はできないぞ、と神経が黄色信号を発している。父の服、かばん、ノート、ベッド、全てが不快な匂いを発していて無理だった。いくら強力な柔軟剤や洗剤を使ってもそれすら取り込んでニオってくるからやはり笑ってしまう。特に、一日履き倒した父の靴下は洗濯釜に入っているだけでも悪臭を放って、もうね、なんというか人を殺せそうな感じだった。体の中で化学反応でも起こしてるんじゃないの、と。フランケンシュタインだってここまで腐った匂いはしないんじゃないの。ああ、書きながら気持ち悪くなってきた。ここまできたらもっと気持ち悪くなるまで。そうそう、父は摂食障害ぽいところもあった。普通は女の人が陥りやすい病気のはずが、我が家では父なのである。グラム単位で体重の増減を気にしている父は、母や私の体型をイジっては満足そうにしていた。蓋を開ければ結構いると思う、こういう、相手の体重を見て悦びに浸る人。父の場合はそこからさらに歪んで、ハイカロリーな揚げ物やケーキを買ってきては一切自分で食べず、家族に食え食え言いながら押し付ける習慣があった。いつだったかそれにキレた年頃の姉が全てをゴミ箱にぶち込んで叫んだのを見て、それがトリガーとなっているのわからないけれど私もイライラすると何かを捨てまくる癖がついた。「周りの人を太らせること」で父は満足し快感を得ていたわけだから、立派な病気だと思う。あれ以降も回数は減ったけれども甘いモノを買って来続けた父にうんざりした私たちは心を消してそれらを捨てまくった。大人になってからも後遺症みたいなものは残り、相手が親戚だろうが知人だろうが「物」を贈ったり貰ったりするやりとりが嫌でたまらない。虐待にもいろんな種類があるもんだ。

  

 長時間サウナに入った後の一杯のために父は若い頃から毎日銭湯へ行っていて、筋肉ゼロの鶏ガラ体型を維持し、「自分はスタイルがいい」と豪語していた。なんと言うんだっけ、こういうの。瘦せ姫ならぬ痩せ殿ってやつだ。バカ殿もびっくりのね。送られてきた自撮りの写真の顔のこけ具合は死んだ祖父の最後とほぼ同じでそれだけは少し笑えたけれど、父のダイエット方法は本当に病気の人のそれなので笑えない。

「痩せるのなんて簡単なんだよ!全部飲み込まないで吐けばいいんだから!」

 これは親戚の結婚式の席で上機嫌になった父の発言である。…想像してほしい。定年も過ぎた見た目老人の男性が「吐けばいい」と言っているところを。ほらほら、周りの席の女性たちもなんて答えたらいいかわからなくて苦笑いしてんじゃん。そう言うとこなんだよ。周りが見えてない、状況の把握とか配慮ができない、ていうか考えられない父。やっぱ、障害持ちにしか見えないんだよね。

 

 伝えたいことが主観的すぎて周りに理解されない、声と態度がでかい、体と口が臭い、血走った目と震える手が特徴的で、よく動き回るガリガリのジジイ。父が死んだとき、悪いけど私は心底ホッとした。…ごめん、嘘を書いた。本当は嬉しさみたいな気持ちもかなりあった。故人について悪態というか嫌な思い出をつらつら書き連ねているぐらいなんだからしかたない。本題はここからで、父が死んでからというもの、私の住んでいるアパート部屋で奇妙なことが頻発するようになった。初めは気にも止めず、というか気付けずに生活していたところもあるけれど。深夜に机か椅子か、何か家具を引き摺るような音が聞こえてきたり、パチパチ、トントン、と何かが弾ける音。昼間は全く聞こえないのに、夜になるとひどくなる。丑三つ時ともなると、窓を開けて周りを確認したくなるくらい。隣人は普通に寝れてるのか、とか。五年近く住んでいるけれど今までこんなにうるさくなったことはなかった。怖いとは思わないけどとにかくうるさい。「多動の」父が歩きまわってると思うと妙に納得なのだが、死んでなお絡んでくるのはイタすぎる。何かやり残したことがあるのか、伝えたいことがあるのか知らないけどいい加減成仏してほしい。ある夜はあまりにもパチパチうるさいので

「うるせーぞこら!」

 と怒鳴ってしまった。


 それからはだいぶ静かになってきたので、なんとなく父について書き起こしてみた次第。これは予想だけど、多分父はまた私の周りでパチパチし始める気がする。その時は墓参りにでも行ってやろうと思う。

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