第四話 パジャマパーティー
パジャマパーティー。
一緒の部屋で寝泊まりすることでお嬢様を監視する建前でしかなかったけど、パジャマパーティーを語るのならばそれ相応の格好をしなければならない。
パジャマでパーティーなのだから、『役目』からなる装備を脱ぎ捨て、ひらひらした防御力皆無なパジャマに着替えるしかないのよ。
パジャマともなれば寝やすいようにと薄く、動きやすい形状が基本。服の下に何か仕込んでもバレないほどにキッチリとしたメイド服と違ってね。
最強さんにでも見つかれば『役目』を何だと思っているのだと冷ややかに切り捨てられそうだけど、いやでもこれは仕方ないよねっ。他ならぬお嬢様のためだもの!!
ゆえに、そう! だから!! スケスケひらひらな純白のネグリジェ姿のお嬢様と向かい合ってベッドの上に座っているのも仕方ないことなのよッッッ!!!!
「ネネ」
服の上からでも隠しようのないほどに天使を突きつけて女神もかくやと言わんばかりなお嬢様の至高にして神秘的なお身体が、そんな、スケスケでひらひらで、つまりは透けて見えそうで見えないとかもう、もうだよう!!
「どうかしましたか? 何やら汗が止まらないようですけど。この部屋、そんなに暑いのですか?」
「いっ、いえいえっ。これは、その、仕方ないことなので!!」
「?」
心臓がバクバクうるさい。
感動からか視界が滲んでいて、それでも周囲の景色と違ってお嬢様だけがくっきりと目に焼きついている。
ああ、私はこんなにも……。
は、はは。この様じゃ『役目』も何もあったものじゃないわよね。
それでも、と私は即座に繋げていた。
『役目』が何であれ、私はお嬢様に尽くすと決めたのよ。
だから。
だから。
だから。
「そんなことよりも、お嬢様! パジャマパーティーと言えば枕投げですっ。というわけで早速いきまっしょう!!」
ばぁぁぁんっ!! と私はお嬢様のお顔に勢いよく(それでいて万が一にでも痛みを感じず、勢いだけは感じられるよう『教育』で培った技術を結集させて)枕を投げつけた。
何やら可愛らしい悲鳴と共にぽすんと後ろに倒れるお嬢様。やられ方一つとっても私の魂を揺さぶるかわいさの権化だった。
それはそれとして、と萌え盛る心臓を押さえつけ、搾り出すように何とか言葉を紡ぐ。
「うっぐ。た、楽しい夜に、ひう、しようぜ、ベイベー……がふう!!」
「ど、どうして枕を投げたネネのほうが苦しそうなのですか!?」
そんなのパジャマパーティーだからといってお嬢様に枕を投げつけた罪悪感や可愛いとはこれこの通りと示してみせたそのお姿を目撃することができた幸福感に胸中ごちゃごちゃで死にそうだからに決まっているじゃん!! こんなの常識だから!!
は、はぁう。
もう今すぐにでも命を差し出して詫びたいけど、同じくらいお嬢様の貴重なやられ姿を見たい気持ちが溢れているよう!!
「ですけど、枕投げですか……」
どこか迷うように手を彷徨わせるお嬢様。
その視線の先には枕があり、そして、
「どうせなら公爵令嬢として我慢してきたことをやってもいいでしょう。今更我慢してもしなくても結果は変わらないのですし」
その声は小さく、おそらく私に聞かせるつもりはなかったんだろう。普通の人間なら聞き逃していたそれは、しかし『役目』を果たすために『教育』を受けてきた私であれば簡単に聞き取ることができた。
だけど、その言葉は。
ああそうよね、『時間稼ぎ』ばかりで一歩も前に進めていないんじゃ当たり前なんだろうけど、本当私ってば情けないわね。
「ネネ」
私の胸中など知るよしもないお嬢様は吹っ切れたように笑っていた。公爵令嬢にとってはしたないと評されるような行為に手を出すくらいに明るく、壊れそうなほどに。
「そっちがその気ならわたくしだって容赦しませんからね!」
元気よく、はしゃいで枕を投げる。
そうやって公爵令嬢としての顔など捨てて、一人の女の子として何も気にせず楽しむこと自体は私としては大歓迎よ。
だけど、こんなのは。
自暴自棄になった末にってのは違う。
早く何とかしないと。
見た目は平穏でも、致命的な終焉は今か今かと迫っているんだから。
ーーー☆ーーー
夢を見た。
公爵令嬢としてふさわしい女であれと叱責するだけで、彼女個人のことなど見てもいなかった父親にして公爵家当主のことを。
夢を見た。
そんな公爵家当主が用意した婚約者は開口一番『お前の人格には興味ない』などと言い放つほどの男だった。
夢を見た。
第一王子にして次期国王である婚約者にふさわしい女であれと教育を受けてきた。礼儀作法や教養などの分野はどうとでもなったが、あれだけは今でも彼女の奥底にまで傷となって刻まれている。
夢を見た。
生まれながらに保有魔力の多い貴族の中でも飛び抜けて膨大な魔力を宿す彼女に婚約者は言った。『喜怒哀楽、どれでもいいからとにかく強い感情を誘発すればするだけ魔力の根幹たる魂は強大に成長するものだ』と。ゆえに負の感情のほうが簡単に誘発できるからとあの王妃教育は始まった。
夢を見た。
言葉や暴力、生活環境、とにかく何でもいい。彼女を苦しめるために使えるなら何だって使う。もちろん王妃教育という名の下に周囲にはバレないよう秘密裏に、だ。
夢を見た。
ネネがそばにいてくれる時だけは目を逸らすことができる。だけど、ダメだ。夢の中、ネネがいなくなると途端に王妃教育の記憶が蘇る。直接的にも間接的にも彼女を傷つけるためだけに(見た目さえ後で塞げば周囲に騒がられることはないからと)肉体を傷つけるのは当然で、学園の片隅に迷い込んだ小鳥に彼女が癒されていると知れば彼女自身の手で握り潰すよう強要することだってあった。
夢を見た。
心が蝕まれる。学園に通うためにと王都で暮らすようになってから始まった王妃教育という名の蹂躙はこうして第一王子からの婚約を破棄され、実家に帰っても忘れることなどできない。ネネと再会できた嬉しさよりも、もう死んで忘れたいと望んでしまうほどに。
夢を見た。
第一王子の婚約者になどならず、王都になど行くことなく、ネネと一緒に何気ない日常を過ごすという本当にどうしようもない夢を。
そんなの、文字通り夢でしかない。
全ては、もう、手遅れなのだから。