第三話 時間稼ぎ
デートはどちらかと言えばお買い物が中心になった。
例えば、安く、それでいて流行に左右されることのない『美しさ』を追求しているシルフィーネ衣服店では高位貴族の専属として働いていたこともある年齢不詳の女店長直々に手にかけたドレスの数々を試着したり。
「どう、ですか?」
「最高にお美しいです!!」
「では、こちらは?」
「メチャクチャお美しいです!!」
「それでは、これはどうですか?」
「究極にお美しいです!!」
「ネネ。どれを着ても褒められては決められませんわよ」
「お嬢様自身が世界中の美をかき集めたって敵わないほどにお美しいですから、どれを着たってお美しいのは当然ですよ!!」
「……、もう」
「いっそ全部買っちゃうのはどうですか? 今日は散財日和なんですから!!」
「どうせそう長く衣服を纏うこともないのですから、無駄に多く買う必要はありませんわ」
「あ、あっはっはっ。でしたらオーダーメイドはどうでしょうか!? オーダーメイドがいいですよねはい決定いーっ!! お嬢様の美しさを最大限に引き出す至高のドレスをつくってもらいましょう!! というわけで、店長さんよろしくう!!」
「はい、承りましたわ。ふふっ。このような美人さんのためにドレスを手掛けられるなど腕がなりますわねえ。では、とりあえず採寸を始めましょうか」
「あの、ネネに店長さん。わたくしの話を聞い──」
「はいはいお嬢様早く採寸しましょうよ!!」
例えば、大規模魔法さえも『払う』魔剣を鍛錬可能な数少ない鍛冶屋である少女が技術の幅を広げるために打った農具や料理器具が並ぶ武具屋では(公爵令嬢らしくないと言われるがために外部には漏らしていないが)料理が趣味のお嬢様のために調理器具を見繕ってみたり。
「お嬢様っ。この包丁、岩石巨龍の鱗だろうが切り剥がせるんですって!」
「流石に岩石巨龍のようなゲテモノを調理する機会はないので、そのような物騒な包丁は必要ありませんわね。あまり切れ味が良すぎるのも危ないですしね」
「確かに専用のまな板使わないとまな板どころか台や床まで切ってしまいますからね。魔剣なんてものを打つことができるカナリアにとってはこれでも抑えているほうらしいけど、最近じゃ冒険者がカナリアお手製の包丁やまな板を装備代わりにしているくらいですし」
「……包丁やまな板は料理するためのものなのに……困ったもの。お陰で魔剣が……売れないの」
「いやいや。魔剣なんてお高いの公爵家でも手が届くかどうかってくらいじゃん。そんなのそこらの冒険者には到底買えないから、お手頃に手に入る調理器具で妥協しているんだよ。いやまあ包丁として打ったのがそこらの武具よりも切れ味いいってのがまずおかしいんだけどさ」
「むう。……それじゃあ魔剣を包丁と同じ値段で売ろうかな……」
「カナリア、色々と勢力図がぶっ壊れるからやめて」
「あ、魔力由来である魔獣の毒素を『払う』道具も取り扱っているんですね。大規模魔法さえも『払う』魔剣の応用でしょうか。しかし、流石にヒュドラの毒に対応した道具はないんですね。残念です」
「むっ……」
「おっ嬢様っ。最高ランク魔獣の毒素を『払う』道具をご所望なんですね!?」
「いえ。ないのならば別に……待ってください、嫌な予感が──」
「さてさて、カナリアっ。うちのお嬢様はヒュドラ用の調理器具をご所望だけど、はてさてちょろっと無茶振りかなー?」
「やろうと思えば、できるもん……。打ったことはないけど、時間さえあればわたしに打てないものはないんだから……!!」
「あの、時間がかかるのならば──」
「よく言ったっ。それでこそカナリアだよねっ。それじゃヒュドラ用調理器具をお嬢様名義で予約するからバーンっと打っちゃってよ!!」
「任せて……!!」
「やはりわたくしの話を聞く気ありませんよね!?」
例えば、現代のように各国の国境を覆う壁やら連中が本能的に忌避する波長を発生させる魔道具やらで『脅威』を遠ざける方法論が構築される前の、いわゆる古代文明由来の品々を扱う古物商店では『古代土器をつくってみよう☆』という体験コーナーに足を運んでみたり。
「ぜんっぜん形にならないんだけど!? ねえクラウス、本当に土をこねこねするだけで器の形にできるわけ? 専用の型とか魔法とか使わずに!?」
「当たり前だろ。昔は今ほど魔法で大量生産が可能なほど技術が発展していなかった。代わりに個々人の技ってヤツが如実に現れる時代でもあったってわけだな。つまりてめーが不器用なだけだ」
「…………、」
「くそう!!」
「その証拠に、ほら。公爵令嬢様のは立派なものじゃねーか。いやはや権力も財力もあって、なおかつ人間としての能力にも優れているだなんて羨ましいこった」
「…………、」
「そんなのお嬢様だもん、当然だよねっ!!」
「わかっちゃいたが、てめー公爵令嬢様のこと好きすぎるだろ」
「…………、」
「当たり前じゃん!!」
「へいへい。しっかし、なんだ。随分と熱中してるな、公爵令嬢様。こりゃ俺らの話し声すら聞こえてねーぞ」
「…………、」
「お嬢様はこういう没頭できるものが好きだからね。そうじゃなかったらデートの最中に泥遊びじみた体験コーナーなんて誰が足を運ぶものかっての」
「ひでー言いようだな、おい」
「…………、」
「それに、何でも魔法や魔道具で短縮できる今と違って、古代土器は乾燥やら何やら無駄に時間がかかるからね。『時間稼ぎ』にはちょうどいいってものよ!!」
「まあこっちとしちゃ金を落としてくれるなら何でもいいんだが、てめーが言ったようにこんなのは単なる『時間稼ぎ』だ。どんな問題があるのか詳しいことは聞いてねーし知ったこっちゃねーが、『時間稼ぎ』に集中しすぎて本命放置するようなポカすんじゃねーぞ?」
「ふんっ。言われなくてもわかっているわよ!!」
そんなこんなでドレスや調理器具のオーダーメイドなどわざと日数がかかる選択を続けることで『時間稼ぎ』はできた。
だけど、こんなのは古物商の青年の言った通り単なる『時間稼ぎ』でしかない。
しかも私のような単なるメイドが強引に結んだ約束すら跳ね除けることができないほどにお人好しなお嬢様なら用事さえ用意すれば無視はできないだろうという希望的観測に基づいたものでしかない。
『時間稼ぎ』としても心許なく、しかも根本的な解決には何の役にも立たない。
一日かけて、私はお嬢様が死を選んだ理由すら聞き出せていないのよ。
もしかしたらすぐにでもお嬢様は限界を迎え、私の見ていないところで首を吊るかもしれない。そう考えただけで心臓に嫌な震えが走る。
スマートで、完璧な手段などわからない。
どうすれば事態が好転するかなんてわかるわけがない。
『役目』のため場に溶け込み、可もなく不可もない距離感を保つことならできる。人の輪の中に入る方法ならいくらでも教えてもらった。
だけど、そこまでなのよ。
より深く、大きく、誰かの心に踏み込むような手段には心当たりがない。そんなの、教えてもらっていない。
それは私の『役目』ではないから。
メイドとしてはこれ以上踏み込む必要はないのだろう。身の回りのお世話さえしていればそれでいいんだろう。
仕事を果たすだけなら、それだけで何の問題もない。
だけど、他ならぬ私がそれ以上を望んでいる。
だったら不恰好でも不謹慎でも最適解じゃなくても、できることをやるしかない。
だから。
だから。
だから。
「おっ嬢様あっ!! パジャマパーティーしっましょう!!!!」
「ひゃうわ!? な、なにっ、パジャマパーティーですって!?」
デートが終わり、部屋に閉じこもったお嬢様を追いかけるように私は扉を蹴り破ってそう叫んでいた。
これもまた根本的な解決にはならずとも、少なくとも私の見ていないところで首を吊っていたなんて結末は回避できる。
できることは何だってやる。
『役目』のための能力しかない私じゃ力不足かもしれないけど、それでも何もしないよりは絶対にマシだから。