第二十八話 知らない国の玉座
気がつけば、リアナ=クリアネリリィ男爵令嬢は玉座に腰掛けていた。
「なっななっなんでこんなことになってるのお!?」
──やはり全ての元凶はNo.13だとか名乗った謎の美女だろう。
大男や巫女服の女との対決(……と、ぼかすことで何とか赤黒い光景から目を逸らしている)が終わって、自身の全身火傷やネネの普通の人間ならとっくに死んでいるはずの傷を癒した後、リアナはアリアと向き合っていた。
『リアナ』
『はっはい!?』
『ありがとうございました。貴女のお陰でネネを失わずに済みましたわ』
色々と、言うべきことはあったはずだ。
だけど、大切で大好きな人は心からの笑顔でそう言った。それが全てだった。
『……、うん。どういたしましてなのっ』
そこで終わればまだ良かったのだが、その後が問題だった。
王城から逃げるように出て、メイドを担ぐアリアとも別れた後に彼女は現れたのだから。
『リアナ=クリアネリリィ男爵令嬢』
つまりは、No.13を名乗る謎の美女。
彼女は淡々と、表情を変えることなく、それこそ予定調和をなぞるようにこう告げた。
『ネネを使った実験は成功。学園でも研究の進んでいた『元に戻す』治癒方式は『ファクトリー』産人間兵器への切り札となることは確認された』
その言葉の意味を、その時のリアナは理解できていなかっただろう。
『だからこそ、お願いがある』
だけど、一つだけ。
この世の理想を凝縮したような美の塊である彼女の瞳は強く、熱い、光を讃えていた。
『アナタの力、アタシに貸して欲しい』
それでいて、その声音は迷子の幼子のようでもあったからだろうか。思わず頷いてしまったのが運の尽きだった。
「まさか『脅威』蠢く魔境を踏破して隣国に連れて行かれるとは思ってなかったの! 付け加えるなら例の大男や巫女服の女が雑魚に見えるくらい突き抜けた第三世代の相手させられるなんて予想できるわけないのおーっ!!」
第三世代。
『脅威』の力の完全に再現する者もいれば、時空を歪めて対象をねじ切るだなんて訳のわからない新種の力を振るう者もいた。
まさしく最強も最強、災害に等しい猛威であった。……何やらリアナの光属性魔法は第三世代の力を削ぎ落とす効果もあったようだが、だからといってそう容易く相手にできるような者たちではない。というか普通なら光属性魔法を使う暇もなく瞬殺されている。
はっきり言おう。
百を超える第三世代、千を超える魔道具兵器、万を超える兵士を敵に回して勝つことができたのは謎の美女の采配あってのことだろう。
……そもそも謎の美女のせいで隣国の怪物たちを敵に回さないといけなかったのでなんとも言えないところだが。
「リアナ」
と。
あれよあれよという間に国家中枢にまで殴り込みを仕掛け、誰一人殺すことなく無力化し、国そのものを勝ち取った立役者である美女が声をかけてきた。
事前に反乱勢力と手を組んでいたのか、国家中枢に位置する者たちを軒並み牢獄に叩き込み(美女曰く『アタシの目的は復讐ではない』から誰も殺すことはなかったのだとか)、気がつけば国家そのものを勝ち取ったその女性に与えられるはずだった玉座なのだが、『興味ない』と一蹴したがゆえにリアナに回ってきた経緯がある。
つまり全部彼女が原因なのだ!!
「よくもいけしゃあしゃあと顔を出したのっ。貴女のせいで一国の女王になっちゃったんだけどどうしてくれるの!?」
此度の反乱はほとんど『賢者』の遺産やリアナの光属性魔法を巧みに利用した美女によるものだ。そのため反乱勢力としても『象徴』となった者に玉座を与えたほうが後の国家運営も楽になる、と考えるのは自然な流れだろう。
巻き込まれたリアナは元より、美女にも玉座なんてものに興味はないのだが。
「それは仕方ない。アタシが自由になるためには『本国』の抜本的改革が必要だった。つまり人間兵器というものに価値を見出さない者たちによる国家運営が必要となる。だから、必要なものを必要なだけ用意して人間兵器肯定派の者たちには退場してもらった。こうして革命は成し遂げられ、『ファクトリー』のようなものを人道に反すると忌避する者たちが支配者となった時点でアタシの目的は果たされた。ならば、これ以上『本国』に関わる必要はない」
「長々と話してくれたけど、つまり面倒ごとは全部わたしに押しつけるってことなの!?」
「そうなる」
「普通、もう少し悪気あるそぶりくらい見せるのーっ!! こんにゃろう、アリアさんを助けられたのは貴女のお陰でもあるからちょーっと協力してあげようかなと思ったらこれなのっ。めちゃんこ物騒な戦いに巻き込んで、全部終わったらお礼もなしに良くわかんない国の玉座押しつけてくるとか何なのそれ!? 薄情っ。人の心がないにも程があるのおーっ!!」
「っ」
ぴくり、と美女の眉が動く。
何事か考えるそぶりを見せたかと思えば、こう言ってきたのだ。
「もしかして、普通の人はこんなことはしない?」
「当たり前なのっ」
「なるほど。……これまではともかく、これからは違う。国家の支配者なんてものは普通ではなく、アタシの目的から逸れると思ったけど、だからといって遠ざかればいいというものでもない、と」
何言ってるのこいつ、と呆れた目で美女を見やるリアナ。正直理解はできないが、今がたたみ込むチャンスだとも思った。
「そうなのっ。普通は自分でやったことは自分で片付けるものなのっ。だから女王とか貴女がやってろなの!!」
「それに関してはいくつか問題がある。中でも問題なのは──」
淡々と。
そう言えば王城でやり合った大男や巫女服の女が霞んでみえるほどに規格外だった第三世代たちを前にしてもこんな調子だったとリアナが思い返している間に致命的な一言が放たれた。
「今からリアナによる新たな女王としての演説が予定されているということ」
「うっぐ」
喉をひくつかせたリアナは改めて己の姿を見る。
仮にも貴族といえどありふれた男爵家に生まれた彼女では一生着ることはないだろう、それこそそのドレス一着で豪邸を買えるだけのものを着込んだ己の姿を。
もうギラギラして仕方ない宝石が散りばめられた装飾品などを身につけたことで姿だけはそれっぽくなっていた。
「国民に向けた、革命の完了と新たな王による支配を示す演説が行われることは国中に通達されている。合わせてリアナという女王の名も。ここでアナタがやっぱりやめたと放り投げれば新たな支配者たちの信頼に揺らぎが生じる。せっかく勝ち取ったこの国の統治権をどこかの勢力が奪おうと考えるきっかけになりかねない。となれば最悪『ファクトリー』のようなものに手を出す愚か者も出てくるだろう。それは、アタシの望みではないし、この国の民をいたずらに殺すことにも繋がる」
「う、うぐぐっ」
……ここで『そんなのわたしには関係ないの!!』と言えないのがリアナであった。そんな彼女だからこそアリアと友人になれたし、そんな彼女だからこそ人質を取られる形で第一王子に利用されたのだろう。
「だったらせめて貴女も付き合うの!! それなら知らない土地で知らない国のために知らない人たちと尽力するよりはまだマシなのっ!!」
「……? アタシとアナタもそんなに長い付き合いではないはず。精々一ヶ月ほど闘争を共にしただけ」
「あれだけ密度と殺意が濃かった一ヶ月を精々扱いなの? ほんっとう、おかしな人なの」
とにかく!! とリアナは鼻と鼻が触れ合うくらいぐいっと美女との距離を詰める。
「貴女のせいでわたしは女王なんてやる羽目になったの! だったら貴女も責任をもって力を貸すべきなのっ。もちろん最後までな!!」
「……ふむ」
小さく。
どこか眩しそうに目を細めたように見えたのはリアナの気のせいだったか。
「悪い気はしない、か。ならば貴女に付き合うのも一興かも。それに、貴女のような人間からならばアタシが欲するものだって手に入るかもしれない」
「な、なんなのそれ? 欲しいものってまた変なことに巻き込む気なの!?」
びくびく怯えまくっているリアナに対して美女は当たり前のようにこう言った。
「アタシが欲しいのは幸せ。普通の人間なら一部を除いて当然のように得ているものが欲しい」
だから、彼女は『本国』に攻め込んだ。
だから、彼女は誰も殺さなかった。
だから、彼女は女王になんて興味を示さなかった。
彼女は昔から幸せだけを望んでいた。『ファクトリー』にいた頃も周囲の人間兵器と違って(『教育』の効きが弱かったのか)あの日々を辛いものと感じていたから。
幸せ。
外に出て、普通に生きている者たちが当然のように得ているそれが欲しかった。
ゆえに彼女の瞳は強い羨望に満ちていた。
己を虐げてきた者たちへ憎悪を抱き、復讐に走ることがなかったのはそれ以上に欲しいものがあったからだ。
「よくわからないけど……」
辛いことだって経験してきただろうが、それと同じくらい幸せなことだって経験してきた普通の少女は辛いことしかなかった人生を送ってきた者の気持ちは理解できなかった。
だから、感じるがままにこう返したのだろう。
「幸せになりたいならなればいいの。それだけの力があれば大抵のことはできるはずなの」
「そういうもの?」
「そういうものなのっ。わたしのような凡人と違って誰に脅されようとも我を通せる力があるんだから、やりたい放題すればいいのっ。あ、もちろん物事には限度があるけど。例えばわたしのようなか弱い乙女を百人以上の第三世代の真ん中に放り込むとかな!! あれは流石に死んだと思ったの!!」
「限度……限度?」
「なんで首を傾げやがるのっ。いやまあ本気でどこまでやっていいのかわかってないんだろうなーっとは思うけど!! やだやだ、なんでこうサラッとわかっちゃうくらいこんな人に付き合ってきたんだか、なのー!!」
一通り喚いたリアナは大きく息を吐く。
どこか諦めた様子で表情を緩める。
「しっかたないの。これも何かの縁、貴女に普通とは何かを教えてやるの!! だからわたしのことも助けやがるのこんにゃろーっ!!」
「仕方がない。アタシの幸せのために繋がるのならば付き合ってやろう」
「……どうして貴女が譲歩してやったって空気出してやがるの」
吐き捨て、リアナは玉座から勢いよく立ち上がる。もう見るからにやけっぱちに美女の手を掴み、引っ張っていく。
「ほら早くいくのっ。こうなれば女王だろうがなんだろうがやってやるの!! は、はっはっ、そうなの。めちゃんこチートな美人さんがついていれば何とかなるのおー!!」
なすがままに引きずられながらも、No.13からの脱却を望む美女は悪い気はしなかった。
今、この関係に、不快感は感じていない。
そう、辛いとは思っていないことに気づいたのだ。
それがどうしてかはわからなかった。ならば、やはりリアナについていくのも一興だろう。この背中についていけば、抱く疑問の答えも得られるだろうから。




