第二十六話 女王
『第一王子を含む国家上層部を殺した反王国勢力は王女に仕えし女騎士によって打倒された』……ということになっている。
そういう建前でもって新たなる女王の『価値』を高めたということだ。
「うーむ。まさか引きこもりに玉座が転がり込んでくるとは。他の王族はクソ兄ぃに全員殺されたからってこんなのあんまりだよねぇ。……全部投げ捨ててぐーたらしたい。ベッドでのんびりだらだらしたいよぉ!!」
「はいはい、わかりましたから口より手を動かして王族としての責務を果たしましょう」
「わらわの騎士ならわらわの望みを叶えるために尽力するべきかもぉ!!」
「騎士としては主様が怠けている場合は尻をぶっ叩いて喝を入れることも必要かと」
「ぷんすかっ。幼児体型極まるわらわよりもペチャパイのくせに生意気なんだぞぉ!!」
「……物理的にぶっ叩かれたいようですね」
「え、えぇと、仮にも女王のお尻をぺんぺんするとかあんまりな絵面じゃない?」
「はいはい」
「え、まじ? まじでやっちゃう? っていうかこれ喝を入れるとか何とか関係なく単にぺたんこなお胸いじられたから怒っているだけじゃ……ふっにゃあ!?」
王城の執務室に小気味よい音が響いた。
──この『一ヶ月』は激動だっただろう。
玉座の間が壁や天井ごと吹き飛び、そこで第一王子の死体が発見されたことを皮切りに第一王子の手によって国家上層部が皆殺しにされていたことが判明したり、他にも第一王子による悪事の数々が見つかりと全てが世間に知られては王権そのものが危うくなるような有様であった。
『一ヶ月』。
激動の『一ヶ月』を乗り切り、『なんか色々大変そうだけど、まあ雲の上の話だもんな』みたいな平和ボケした感覚を国民に抱かせることができたのは間違いなく新たなる女王の手腕であろう。
……本人は面倒ごとは嫌いだから適当に対処しただけだと誇るでもなく答えるだろうが。
「ふ、ふぉぉぉー……。お尻、赤くなってない? ないよね???」
「なっていませんので、さっさと働いてください」
「こんなの不敬罪だぞこんにゃろぉーっ!! そもそもどうして女王が書類仕事に忙殺されなきゃならないんだよぉ!! こういうのは文官の仕事じゃないかなぁ!?」
「そういう人たちは根こそぎ殺されていますので」
「クソ兄ぃ!! あんたのせいでご覧の有様だよぉーっ!! ヤバげなことはわかっていたから辺境に引きこもって距離をとっていたのに、なんだってクソ兄ぃの尻拭いを押し付けられなきゃなんだよぉーっ!!」
十五歳にしては小柄な元第一王女、現女王が書類の山に顔を突っ伏すように嘆いていた。そんな彼女の後ろで生まれた頃からそうしていたように静かに控える真紅の鎧姿のスレンダーな女騎士は表情を変えることなく、
「嘆いていても書類は減りはしませんよ」
「ちょっとは手伝おうとかって気はないのぉ……?」
「騎士にできるのは剣を振るい、主様の敵を撃滅することのみですので」
「ぶぅーぶぅー!」
一通り両手や両足をばたつかせた女王はなんともなしにこう呟いた。
「あ、そうそう。この国は滅亡の瀬戸際かもなんだよねぇ。万が一の場合は忙しくなると思うからよろしくぅ」
「……主様? いきなりどうしたのですか?」
「いきなりって言うかさぁ、ほら、あのクソ兄ぃはクソもクソ、独裁政治上等の暴君の素質極まっていたけど、それ相応の『力』はあったのよねぇ。っていうか、そうじゃなかったら国家上層部皆殺しにした上でそのことがバレないよう国を動かす、とか普通に無理だから。いやまぁ国王やら何やらが顔を出さないといけない場合ってのは必ずあるから、そう長く騙すつもりはなかったにしてもねぇ」
「つまり?」
「そんなクソ兄ぃが殺された。しかもクソ兄ぃお付きの近衛騎士まで全滅していたとかぁ。じゃあそこまでやってのけた誰かさんはどれだけ強いってぇの? はっきり言って国家上層部、その中でも軍部の中枢を失った今の王国が敵に回してどうこうできる敵だとは思えないよねぇ」
「ですが、この『一ヶ月』、目立った動きはありませんでした。第一王子や近衛騎士以外にも確認された大男や巫女服の死体、その二人が第一王子を打倒した勢力であり、激闘の末に相討ちとなった……とも考えられるかと」
「そうだといいけど、そう都合よくいくかなぁ? わらわは面倒ごとは嫌い。だからこそ楽観視して、放置した結果はちゃめちゃな展開になるのは嫌なのよねぇ。何事も早めに片付けたほうが楽に済むしぃ」
「では、これからどう動きますか?」
「どうって言われても、今はクソ兄ぃを殺した『勢力』の正体もわからないからねぇ。向こうの出方待ちっしょー。もちろんできることはしておくけどぉ」
というわけでぇ、と。
女王はこう言った。
「『脅威』から国境を守るために展開されている『壁』の力を奪い、絶対的な防御力を発揮する鎧を貴女にあげるからぁ」
「……なんですって?」
「だからぁ、『脅威』の攻撃にもある程度耐えられる『壁』の力を奪う鎧だってぇ。起動したらもれなく『壁』のほうが弱体化して、最悪『脅威』が『壁』をぶち壊して国境線突破からの王国滅亡も普通にあり得るから、使い時は考えてよねぇ」
「何ですかその物騒な鎧は!? どうしてそんなリスクのあるものを私などに……っ!?」
そこで。
女王は振り返り、唖然としている女騎士へと当然のようにこう告げた。
「一番頼りになる人に持ちうる力の全てを託すのは当たり前じゃん。近いうちに『剣』も用意できると思うから、万が一の場合はわらわの敵をちゃちゃっと叩き斬っちゃってよぉ」
「……、まったく。主様はいつもそうやって……」
「嫌だったぁ? 逃げたいなら逃げてもいいけどぉ」
「まさか。逃げるなどあり得ません。騎士として主様の敵は必ずや撃滅してみせますとも」
「そっかぁ」
と、そこで終わらないのが女王であった。
「貴女は騎士だからわらわの敵を撃滅してくれるんだぁ。つまり騎士じゃなかったら守ってくれないんだねぇ。うう、わらわたちは所詮主従の関係でしかないんだぁ」
「ッ!? いえ、その、そのですねっ、もしも私が騎士でなくともお守りしますとも!! なぜなら私は主様のことが……ハッ!? 今のは、その、お忘れください!!」
「ちぇ。もうちょっとだったのにぃ。まぁー今はいっかぁ。頭を悩ませる面倒ごとがなくなってからのほうが心置きなく楽しめそうだしぃ」
「あ、あまりからかわないでください……」
「いやぁ、ごめんごめん。貴女が可愛くてついねぇ」
「主様っ!!」
「わっはっはぁっ!!」
腹を抱えて笑いながらも、女王の瞳は冷徹な光を宿していた。
(王国なんてどうでもいいけど、最愛の人とのんびりだらだらするためにはどうでもいいとも言ってられない立場に追い込まれたからねぇ。玉座なんてほしくないから辺境に引きこもっていたのにぃ、本当どこかの誰かは余計なことしてくれたよねぇ)
この報いはきちんと受けさせないとぉ、と女王は口の中で小さく吐き捨てた。




