第二十五話 ラグ=スカイフォトン
スカイフォトン公爵家当主はすでに死んでいる。その事実は次期当主である男に当主の死体と『身の程を弁えた忠義を期待するであるぞ』という第一王子からの手紙によって知らされていた。
その事実を、『彼』は父親が殺されたから今日まで隠蔽してきた。そう、スカイフォトン公爵家当主という冠を得るべきか、それとも全て放り投げて逃げるべきか見極めるためにだ。
そうしている内に事態は大きく動いた。
件の第一王子が何者かによって殺されたのだ。
「まったく、次から次へと面倒なことだ」
ラグ=スカイフォトン。
実の妹であるアリアにも父親にして公爵家当主の死を隠してきた男はめまぐるしく変わる情勢に頭を悩ませていた。
第一王子はあろうことか国家上層部のほとんどを殺し、王城には自身の護衛である近衛騎士しかいないようなおよそ国家の支配者としてはあり得ないことをやらかしていたらしい(そのことはある近衛騎士の日記や状況証拠から判明している)。それこそその事実が知られない──つまり知った者は徹底して殺す──ほどに第一王子の本質は禍々しいものだったのだろう。
そんな第一王子や近衛騎士が何者かによって殺され、王城は一時期空になっていたらしい。玉座の間の壁や天井が丸々吹き飛ぶほどの戦闘があったようなので第一王子や近衛騎士の死体はすぐに発見されたのだとか。
王国史上屈指の大事件ではあるが、意外と民の混乱は少ない。国家上層部が全滅しようが、そんなものは雲の上の話であるのだろう。多少の不安はあれど、『第一王子を含む国家上層部を殺した反王国勢力は王女に仕えし女騎士によって打倒された』という嘘に納得して、もう終わったならと安心しているくらいだ。
現在、不明な点も多い一連の事件を都合のいいように書き換えた第一王女は唯一生き残った王族として玉座に座っている。……王族としての使命など知ったことじゃない、私はのんびりスローライフを送りたいと辺境の地に引きこもっていたがために第一王子の魔の手から逃れた『王家の恥』が、だ。
「このまま王国が建て直せるならまだしも、下手に現王権に関わった結果、あの不真面目一直線な王女様がヘマして道連れにされる、なーんて展開はごめんだしな。はてさてどう立ち回るのが正解なのやら」
金に光る前髪をくしゃりと握るように掻き、ラグ=スカイフォトンはため息をつく。
悩みのタネはこれだけではない。
例の第一王子殺害事件の日、王都にあるスカイフォトン公爵家の別荘にアリアが出向き、空路に使われている翼獣を持ち出してスカイフォトン公爵領まで帰ってきたのだ。
行きの手段は不明な上に、その時のアリアは意識不明のメイドを引き連れていたのだとか。
何かある、とラグの直感は告げていた。
ゆえに数日前にアリアを呼びつけてこう質問したものだ。
『第一王子が殺されたようだが、何か知っているな?』
問いに、アリアはこう答えた。
『お兄様に迷惑をかけるつもりはありません。万が一の場合は、スカイフォトン公爵家に影響が出ないよう立ち回るつもりですわ』
『……ふん』
その答えである程度は予想できた。
その予想では『足りない』とも直感していたが、そんなものは問題にはならない。
『貴族の得意技には「メイドがやりました」というものもあるが……アリアは使いたがらないだろうなあ』
『当然です』
『何があったか、話す気はないんだな?』
『正直言えばわたくしも完全に理解しているわけではありませんけど、どちらにしてもお兄様を巻き込むつもりはありませんわ』
『わかった。お前がそう決めたのならばこれ以上この件を追及するのはやめにしよう。「何も知らない」、ということにしておいてやろうではないか』
そこまで思い出して、ラグ=スカイフォトンは小さく息を吐く。
「本当、どう立ち回るべきなのやら』
予想通りあのメイドが関わっているようだ。
あの様子では下手に突けば厄介なことになりかねないだろうし、そもそも国家上層部を殲滅した第一王子をどうこうしただろう『何か』など考えなしに敵に回すべきではない。
どう立ち回れば利益を得られるか。
安全圏はどこにあるのか。
ラグ=スカイフォトンは思考を回す。
ーーー☆ーーー
うん。
色々と吐き出しすぎたよう!!
は、あはは。何わんわん泣いちゃっているんだか。らしくない。こんなの私らしくないよね、うんうん!!
頬が熱い。
なるほど、これが羞恥という感情なんだね!!
「お、お嬢様……もうそろそろ、あの、離してくれませんか?」
「言葉遣い」
……!?
どうして私を抱きしめる両腕に力を込めるのお嬢様!?
「メイドという立場もあるでしょうけど、二人きりの時くらい敬語はやめてほしいです。ネネとは対等でいたいですから」
「ええ、と」
「先程のように、曝け出してくれていいのですよ?」
「うおう!! その辺あまり掘り下げるのはやめませんかお嬢様ぁ!?」
敬語云々を抜きにって話なら『うん。……うんっ。私も、お嬢様と一緒がいいっ!!』のことだよね? あんな幼子みたいなアレソレはもう忘れちゃってほしいんだけど!?
「ネネ」
「う、うぐぐ」
お、お嬢様が望まれているんだもの。
断るって選択肢はないし、大体嫌ってわけでもないんだけど──普通にこっぱずかしいんだよね!! 『みんな』相手なら別にどうも気にしないんだけど、こう、お嬢様に自分を曝け出すようで胸の奥がゾワゾワする!!
「お、お嬢様。一ついい、かな?」
「はい、何ですか?」
楽しげな声音だった。
お嬢様が楽しいのならばそれは良いことなんだけど、こう、やられっぱなしってのもシャクだよね。
……メイドとしての立場を弁えず、敬語をやめるよう望んだのは対等でいたいから。そうお望みならば、願望まじりの反撃されたって文句はないよね!?
「私と対等でいたいって話なら、お嬢様も敬語抜きで話すべきでは? そこまでして初めて私たちは対等だと言えるはずだよっ!!」
「……っ!? い、いえ、それは、その」
ふははっ、勝った!!
いや別に勝負しているわけじゃないんだけど、なんかテンションおかしくなっている。思いっきり泣いて、吐き出したことで私の中で何かが変わったのかも。
吹っ切れたとも言えるわね!!
「う、うう」
「わっはっはっ! お嬢様どうしたのよ? 対等でいたいなら互いに敬語など使わずに接するべきってのは的外れな意見じゃないと思うけどー?」
はっちゃけすぎだとも思うけど、なんか、もう止まらない。感情をコントロールできず、好き勝手振る舞うだなんて人間兵器であればあり得ないことで、つまりそれだけ私の中でNo.5という性質が壊れつつあるのかも。
深く根づいた本質は変えられなくとも。
新たな性質を手に入れることはできるかもしれない。
「ね、ね……」
「はいはい、なになに?」
しっかしお嬢様が敬語抜きで話すのなんてほとんど聞いたことないっけ。貴族としての教育が本格的になる前の幼い頃だってそうなかったはず。
あの頃は『ネネっ。大好きです!!』だとか……ふぐう!! そう、そうだよ、敬語ではあったけど好意はむき出しだったよね。
……ん? いや、本当に幼い頃だけだったっけ???
第二世代が顔を出す直前には『わたくしは何があろうともネネのことが大好きなのですからねっ!!』と言っていたし、大男に殴り飛ばされて瀕死だった時も『ネネが自分のことをどう過小評価しようとも、わたくしがネネのことを世界で一番大切に想っている事実は変わらないのでございます!!』などと言っていたし、その他にも色々とダダ漏れだったような? 私が願望まじりの勘違いだと目を逸らしていただけで!!
や、やばい。アレやソレやと思い出したら頭の中ぐちゃぐちゃしてきた。熱い! なんか、こう、とにかく激烈な感情の奔流におかしくなりそう!!
「ネネっ!!」
「ふっぐう!?」
おっおおっお嬢様!? どうして私をベッドに押し倒して、ひうう!!
「……ぁ……」
お嬢様と目が合う。
決意を込めた熱く滾るそれが私を射抜く。
自然と、なぜか、私は目を閉じていた。
そして。
そして。
そして。
「やっぱり駄目ですわっ。敬語抜きで話すなど恥ずかしいです!!」
「今まで散々恥ずかしげもなく好意をぶつけてきたのに、なんで敬語抜きで話すのは駄目なんだよう!!」
お嬢様、本当、お嬢様ってば!
これが普通ってヤツの当たり前だというなら私には刺激が強すぎる!!




