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第二話 デート

 

「あ、お嬢様っ。約束通り来てくれたんですねっ」


「……よく言いますわ。人の話を聞かずに無理矢理約束を結んだくせに」


 どこか拗ねたように言うお嬢様に私は目を逸らして口笛からの愛想笑いで誤魔化すしかなかった。


 お嬢様首吊り未遂の翌日。

 もう強引も強引に決めた約束を破ることなくこうして付き合ってくれるんだからお嬢様ってば優しすぎるよね。


 そう、昔から根っこからの善人で、だからこそニコニコ笑顔で悪意を振り撒くのが大半なクソッタレの貴族どもに傷つけられてきたのよね。


 こんなことなら無理矢理にでも王都に同行するべきだった……なんて後悔してももう遅い。


 今、できることをやるしかない。

 終わったことを悔いていたって何の意味もないんだから。


「ようし、お嬢様っ。今日は思いっきり散財しましょうねっ!!」


 そんなわけで私たちは見るからに乗り気じゃないお嬢様の手を引っ張って街に繰り出した。


 お嬢様のレベルに合わせていては『根回し』できないということで、貴族専門店が集まるような場所は避けて、庶民感満載の出店が集まる区画に足を運ぶ。


「よおネネっ。イキのいい魚が手に入ったんだ! 今夜の夕食にどうだ!?」


「残念だけど、見ての通り麗しのお嬢様とデート中なのよねっ。流石に生臭い匂いを撒き散らしてデートってのは勘弁したいかな」


「ん? もしかしてそのお方が噂の公爵令嬢様か?」


 びくりっとお嬢様の肩が跳ね上がる。

『噂の』っていう言葉に嫌なことを連想したのかもしれない。


 だけど、魚屋のおっさんの口から続いたのはお嬢様の予想とは異なるものだったはずよ。



「聡明で、美しく、慈悲深い自慢のお嬢様だって散々自慢していたが、なるほど。確かにネネの言ってた通り美しいお方だな!!」



 え……? とお嬢様が呆然と呟いた。

 これは『根回し』云々じゃなくて単純に長年の積み重ねの結果よ。


 お嬢様が王都の学園に出向いてから、抑えようとも抑えられない昂りを発散するためにこの辺りを渡り歩いたからねえ。それこそ従者長のせいでお嬢様と離れ離れになってからの一年は寂しさを誤魔化すように散々やらかしたものよ。


「ふふんっ。お嬢様がお美しいのは当然よ、おっさん! お嬢様こそ世界にただ一人の真なる美貌の持ち主、つまりは最強無敵の絶対的頂点に君臨する美の極地なんだから!!」


「ねっネネさん!?」


 お嬢様が驚いたように目を見開いていたけど、私は無視してなんだなんだと集まり始めた顔馴染みたちに向かって声高らかにこう叫んだ。


「さあみなさんご一緒にいっ。お嬢様はあ!! かっわあいいいいいいーっっっ!!!!」


『可愛いーっ!!』と悪ノリ全開で乗っかる顔馴染みたち。武具屋の跡取りの少女やら『脅威』が国の内部にまで侵食していた太古の時代の品々さえ扱う古物商の青年やら誰もが気軽に着飾れる世の中を目指している女店長やら、とにかく数十人ほどが唱和したからか、それはもう響きまくっていた。


 うーむ。恥ずかしそうに顔を赤くして俯くお嬢様もそれはそれでアリなんだけど、ちょっと悪ノリが過ぎたかも。別に誇張したつもりはなくて、全部本音で、何なら控えめなくらいだけどさ。


「ネネさん……。やり過ぎです」


「はいすみませんっ。気をつけますっ!!」


 うおう。涙目で睨まれるとは。

 最強さんからもよく『ネネは色々と重い。「役目」のためにも自己を抑える努力をしないと』なーんて言われているしね。反省反省。


「それはそれとして、お嬢様っ。()()()()今回の目的に好都合な奴らが集まったことだし、散財のお手伝いしてもらいましょうよ!」


「ええ、と?」


「あっ、お嬢様は知りませんでしたよね。例えばこの年齢不詳の美人さんなんかはあのシルフィーネ衣服店で店長を勤めているんですよっ。彼女にご助力いただければ、より良いもののために散財出来ること間違いなしでっす!!」


「そんな、わたくしなんかのために──」


「というわけで! 我こそは散財するにふさわしい商品を取り揃えていると豪語できる方は名乗りをあげてください!! スカイフォトン公爵家がご令嬢、可憐にして優雅なるお嬢様がしこたま散財してあげますから!!!!」


 途端に数十人の顔馴染みたちは我こそはと手を挙げ、名乗りをあげていた。


 顔馴染みに『根回し』して、今日この時に集まってもらったのでもちろんこの流れも事前に打ち合わせした通りではある。


 あるけど、うん。やっぱり強引だよねえ。


 それでいてこれくらいしないと響かないんだって予感もしているのよ。


 だからこそ私は何事か言おうとしているお嬢様をあえて無視して(もちろん全部無事に解決したらいかなる罰も受ける覚悟はある)、顔馴染みたちについていく形で街の散策に乗り出していった。


 お嬢様のためなら私は何だってやる。

 それがお嬢様の今のお望みとは異なることだとしても、結果としてお嬢様のために繋がるのだと信じて。


 だから、まあ、うん。

 最後の最後、お嬢様が首を吊りたくなるような原因を取り除くことができた後ならいくらでも叱責されていいし、メイドを辞めさせられたって構わない。


 お嬢様と致命的に離れ離れになるような結末は嫌だけど、それ以上に優先すべきものがあるんだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] もはや信念ですね……。敬服です!
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