第十九話 寿命
一つ、第一世代や第二世代といった人間兵器は『ファクトリー』という遺産でもって魂の底に他の生物の性質を埋め込み、魂に引きずられる形で肉体へとその性質を出力する。ただし無理矢理に歪めた結果なので、大小様々な負荷がかかる。
一つ、第一世代の寿命は程度の差こそあれ短い。他の生物の性質を無理矢理出力することによる反動によって肉体が崩れることもあれば、魂の歪みが精神にまで影響を及ぼし廃人と化すこともある。
一つ、魂と肉体は密接に関わっている。だからこそ『ファクトリー』によって魂に埋め込まれた性質が肉体に出力される。それと同じように、無理に多種多様な生物の性質を埋め込まれた魂はバランスを崩して壊れ、それに引きずられる形で身体も壊れることが確認されている。『自壊』と呼ばれる『ファクトリー』産人間兵器特有の崩壊現象である。
つまり。
だから。
大男との間合いを詰めようと力を加えた瞬間、ネネの左足が溶けた。
ずるり、と肉が剥がれ落ちる。
瞬く間に膝から下の骨がむき出しとなり、崩れるように跪く。
「こ、んな時に……ッ!!」
不思議と痛みはなかった。
ネネはそういうものだと、知っていた。
過去、こうなった第一世代を処分したことも一度や二度ではない。
『自壊』。
『ファクトリー』によって弄り回された魂がよりにもよって今限界を迎えて崩れたのだろう。それに引きずられる形で肉体が崩壊しているのだ。
……『本国』は『ファクトリー』の原理すら理解していない。そんな有り様では安定供給には程遠いからとデータを取り、『次』に繋げるための実験台として使われたのが第一世代なのだ。安全性など初めから確保されておらず、いつかは限界を迎えるとは思っていた。
だけど。
(な、んで……今なのよ? 生きてお嬢様のおそばに帰ると約束したのに!!)
嘆きながらも、第一世代として『教育』されてきた人間兵器はすでに現状を計算に組み込んだ上で思考を回していた。
考える。
残り短い時間、妥協に妥協を重ねて目の前の敵だけでも排除して、アリアが逃げられる猶予くらいは作る方法を。生きてお嬢様のおそばに帰る、などという出来もしないことは冷徹に選択肢から外した上で。
メイド服の内側の隠し武器、『暗器百般』、その他にも玉座の間にある全てを利用して第二世代を倒す術を導き出そうとするが……。
(足り、ない。『脅威』に手を伸ばした大男だけでも厄介なのに、未だどんな能力持ちかも不明なもう一人も倒すことなんてできるわけない!!)
大男だけなら細い細い可能性を手繰り寄せて無理矢理にでも何とかできるかもしれないが、敵は二人なのだ。離れた位置で控える巫女服の女が実は何の力もない弱敵であればまだしも、そんな都合のいい展開はあり得ない。彼女もまた第二世代であり、相応の力があることくらいは見抜ける。
だからこそ、なのだ。
一人ならまだしも、二人の第二世代を殺すことは不可能だ。
(せめて、後一手。第二世代を殺せるだけの力があれば!!)
大男が、迫る。
左足が『自壊』し、跪くネネを羽をもがれて路上で悶える羽虫でも眺めるように見やりながら拳を握る。
リヴァイアサンの無属性魔法だけでも厄介なのだが、その拳にはまた異なる無属性魔法が宿っているのだろう。再生にしては禍々しい『力』が集まっていくのが感じられた。
「すぐには殺さない。アリア=スカイフォトン公爵令嬢の魂が条件を満たすまで嬲らせてもらうぞォ」
大男がそう言った直後、ネネの後方でも動きがあった。
我慢できなかったのか、アリアが駆け寄ろうとしているのが感じられた。
(お嬢様っ!? 敵が複数である以上私の目が届くところにいてもらったほうが守りやすいと思ったけど、完全に裏目に出ている!!)
第二世代は一切の容赦無く『役目』を果たす。負の感情を誘発するためならネネをいたぶることはもちろん、駆け寄ってきたアリアを痛めつけることだろう。
(く、そ。ちくしょう! なんで私は約束一つ守れないほど無力なのよ!!)
何か。
後一手、状況を打破する何かがあれば!!
そして。
そして。
そして。
ゴッッッバァ!!!! と。
『彼女』は大男とネネの間に立ち塞がるように降ってきた。
落着すると同時、『彼女』を覆っていた空気の膜が弾け、大男のみに襲いかかる。指向性をもった暴風の槍が大男の腹部にぶち当たり、吹き飛ばしたのだ。
『彼女』は『いたた……。あの美人さん、いきなり何をやってくれるのっ』と着地しきれずに尻餅をうっていた。かなりの勢いで落下しておきながら、空気の膜で守られていたのかそう呻く程度で済んでいた。
『彼女』は『って、そんなことより!!』と勢いよく立ち上がる。薄赤の長髪を乱すようにこう叫んだ。
「アリアさん! 助けにきたの!!」
『彼女』の名前はリアナ=クリアネリリィ男爵令嬢。特異な光属性魔法の使い手にして例の婚約破棄騒動に(本人の思いはどうであれ)加担した少女である。
ーーー☆ーーー
暗い部屋で額を床に叩きつけ、呻き、頭皮が破れて血が流れるまで髪をかきむしり、そんな自分に『罪の意識から目を逸らしたいだけの自慰でしかない』と心の中で吐き捨てて。
そうしてどうしようもなくなっていたリアナ=クリアネリリィ男爵令嬢はぐいっと首根っこを掴まれ、持ち上げられてようやく気付いた。
いつのまにか、暗い部屋の中に誰かが入り込んでいることに。
腰まで伸びた銀髪に赤目の美女だった。不自然なほど整った顔立ちの、理想をそのまま現実にしたような美の持ち主である。
普段であれば見惚れていたことだろう。今は、そんなことに意識を割く余裕はなかった。
「普通の人間というものも大変。憧れが消えることはないけど、何事にも正なる面があれば負なる面もあるのは当然か」
「だ、れ……なの?」
「今はまだNo.13と名乗るしかない。もちろんいつまでもこのままでいるつもりはないけど」
意味は理解できず、疑問は疑問のまま残った。
それもまた、謎の美女の次の言葉でどうでも良くなったのだが。
「このままではアリア=スカイフォトン公爵令嬢は死んだも当然の状態で『本国』に回収される」
「……は? どういうことなの!?」
「言葉の通り。No.5……いいえ、ネネだけでは足りない。逆境を覆すには後一手が必要。その一手こそアナタになる」
やはり、謎の美女は説明不足にもほどがあった。そもそもいきなり現れたよくわからない女の言うことなど無視したって構わないはずだ。それこそ信じるほうがどうかしている。
だが、アリアの名前が出された以上は無視することなどできるわけがなかった。もしも、彼女の言う通りアリアに危機が迫っているのならば今すぐにでも駆けつけて助けたい。
──裏切ったくせに?
心の底で誰かが囁いた。
──アリア=スカイフォトン公爵令嬢の尊厳を地の底にまで突き落とした大罪人が今更何をするって?
囁きは、紛うことなきリアナのものだった。
──第一王子に脅されて婚約破棄に加担した時もそうだった。お前は、何もできない。無力なガキには誰も助けられない。わかったら余計なことせずに暗い部屋の中で誰にも迷惑をかけることなく朽ち果ててしまえ。
だけど、今この瞬間にもアリアが傷ついているというのならば。
「だったら、早く!今すぐに!! アリアさんのもとまで案内するのお!!!!」
リアナは身分に関係なく友人であろうと手を差し伸べてくれた大切で大好きな人を裏切った大罪人だ。
許されようとは考えていない。どんな理由があろうとも裏切った事実は消えやしない。こんな汚れに汚れたリアナはもうアリアの近くには立てないだろう。
だからといって、胸の奥に抱く感情は変わらない。もしもアリアが困っていて、リアナのような大罪人にも力になれるのならば、全力を尽くすのは当然だ。
その果てに拒絶されたって構わない。罵倒されて、殴られて、二度と顔も見たくないと決定的な別離を突きつけられることになろうとも、アリアを助けることができるのならばそれでいい。
リアナにとってアリアは大切で大好きな人だから。どれだけ罪に塗れようとも、その想いだけは切り捨てられなかったから。
「では、アリア=スカイフォトン公爵令嬢のもとに放り込む前に一つ助言を。ネネの言う通りにするといい。それがアリア=スカイフォトン公爵令嬢を助けることに繋がるから」
その言葉と共に、謎の美女は窓際へと歩み寄ったかと思えば、
「ん?」
そのまま片手でつまみ上げたリアナを振りかぶり、思いきりぶん投げたのだ。
「なっ、ななっ、何するのぉおおおおお!?」
ガッシャン!! と窓ガラスが割れる音がしたが、不思議と痛みはなかった。




