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2)決意


 サイモンと老司祭の会話を見ていたのだろう。

「あぁ、失礼、あなたは声が出ないのでしたね」

ロバートは睨むのを止めてくれた。


 うっかり忘れていたという風情のロバートにサイモンは唖然とした。今まではみな、サイモンが口がきけないと知ると、憐れむか蔑むか、そんな反応だった。きれいさっぱり忘れる人などいなかった。

「ロバート、お前の変人ぶりに、サイモンが驚いているぞ」

椅子に座っていた少年が笑った。

「アレキサンダー様、あなたや私に必要なのは、忠誠を誓ってくれるものであって、口がきけるかきけないかは、二の次です」

「まぁ、そうだがな。お前は本当に極端だ」

不思議な色の瞳をした鋭い目つきのロバートと、アレキサンダーとは、気の置けない仲なのだろう。ロバートは変人と言われたのに、気にしている様子すらなかった。

「サイモン、ロバートに下手に近づくな。普段刺客を相手にしているから、切り殺されるぞ」

 アレキサンダーの言葉に、サイモンは背筋が凍った。恐ろしいほど睨みつけられたことを、思い出し足がすくんだ。

「隣の部屋を使いましょう。そこでなら、司祭様、あなたも座ることができます」

 帰りたい。サイモンは老司祭の服の袖を引っ張った。だが、杖に縋らなければ歩けないはずの老司祭は、サイモンを引きずるようにして、少年達の後に続いた。


 通された隣室には、大きな机と向かい合う長椅子があった。サイモンは老司祭と並んで座った。ロバートが手際よく、茶と菓子を給仕してくれた。紙と羽ペンも用意してくれた。

 二人は老司祭とサイモンが茶や菓子を口にし、落ち着くまで待ってくれた。怖い人ではないのかもしれない。食べたことのない美味しい菓子の味は、サイモンの気持ちを解きほぐしてくれた。


「先ほどの質問です。ミハダルを捨てて、アレキサンダー様に忠誠を誓う覚悟はありますか」

ロバートの不思議な色の瞳と、アレキサンダーの空色の瞳に見つめられた。

ーわかりません。ミハダルのことは知りません。忠誠を誓うとは何ですかー

それがサイモンの正直な気持ちだった。

「忠誠を誓うとは何か、ですか。当たり前すぎて考えたこともありませんでしたね」

 考え始めたロバートを、アレキサンダーが面白そうに見ていた。

「仮にあなたが、アレキサンダー様の元で働くようになったとします。その場合に、アレキサンダー様を決して裏切らないと言うことです」

 それならば、サイモンにもわかる。雇ってくれている人を裏切ってはいけない。

「あなたがアレキサンダー様の元で働くようになったとしましょう。ミハダルから人があなたを訪ねてくる。アレキサンダー様を一週間以内に殺さないと、お前の父親を殺すと言われたら、あなたはどうしますか」

 淡々と続けたロバートの言葉に、サイモンは驚いた。悩んだ。考えたこともないことだった。小さくなっていったあの男の背中と、目の前の少年の命を比べろと言うのか。

ーわかりません。父のことはほとんど覚えていません。あなた方のことは知りませんー

 サイモンは正直に答えた。部屋が静まり返った。


「正直な奴だな」

最初に口を開いたのはアレキサンダーだった。

「申し訳ありません」

老司祭が頭を下げた。

「ミハダルに帰りたいですか」

ロバートがサイモンを見ていた。その質問ならば、答えは決まっている。

ーいいえ。私が育ったのはこの国ですー

ロバートがようやく微笑んだ。


 そのあとも、いくつか質問をされた。文字を書いたり、計算もさせられた。ロバートは老司祭にもいろいろと尋ねた。

「サイモンさん、よろしければ一度王都にいらっしゃいませんか。そこで、王太子様にお仕えしてみて、あなたが実際にどうするか、決めるというのはいかがでしょうか」

サイモンは驚いた。王都に行くということは、この村を離れ、親代わりとなって育ててくれた年老いた司祭と別れると言うことだ。

「儂のことは良い。次の司祭が来ることが決まったんだ。年寄り一人くらい何とかなる。サイモン、お前の行く末が心配だ。儂を安心させてくれ」

 サイモンがためらう理由など、老司祭は見越していたのだろう。最初に会った時よりも、皺が増え、年老いた司祭の目に涙が光っていた。


 サイモンも悩んだ。老司祭は何度もサイモンに、王都に行けと言った。王都で居場所を見つけて、儂を安心させくれと繰り返した。

 サイモンは、親代わりになって育ててくれた老司祭の言葉に従い、少年達と一緒に行くことにした。老いた司祭の死が近いことも、老司祭が亡くなれば、村に自分の居場所がないこともサイモンは分かっていた。

 老司祭の願いは、サイモンに看取られることではない。親代わりとなった老司祭亡き後、サイモンが生きていくことなのだ。

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