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1)父の背中


サイモンは、自分が父に捨てられにいくことは分かっていた。父と二人で、何日も一緒に歩いた。口をきけないサイモンを捨てるために、父は何日も歩いて遠くに来たのだ。

 父は、年老いた司祭にサイモンを預けた。小さくなっていく父の背中をずっとサイモンは見ていた。父は、一度も振り返らず去っていった。

「今日からお前は私の息子だよ」

 年老いた司祭は、皺だらけの手で、そっとサイモンの頭を撫でてくれた。その日から、同じ境遇の子供達と一緒に、老司祭の元で暮らすようになった。

「お前もみんなの名前が分かった方がいいね」

 老司祭は枝で、地面をひっかいた。それが、サイモンが文字を初めて知った時だった。サイモンという名前は、老司祭がつけてくれた。


 子供の頃は、枝で地面に文字を書き、木の札に炭で文字を書いたものを持ち歩いたりしていた。大概のことは、それでなんとかなった。

 どうにもならないのは、人の心だった。サイモンの肌は浅黒い。ミハダルの民の血が流れている証拠だ。ライティーザの民のような白い肌をしていない。それ故に、村では余所者だった。一緒に育った子供達は、新しい親に引き取られたり、職人の弟子になったり、それぞれ生きていく道を見つけていった。サイモンだけが、ますます年老いた老司祭と暮らすようになって数年が経った。


 その年、歩くのに杖に縋り、日々の生活に人の手を借りるようになっていた老司祭と、大きな屋敷に一緒に行った。立派な服を着て椅子に座った少年と、その隣に立つ鋭い目をした少年に引き合わされた。

「この子、サイモンは口がきけません。耳は聞こえます。読み書きと計算ができます。司祭として、私が知ることを全て教えました。私も年老いました。この子の行く末だけが心残りです。どうか、よろしくお願いいたします」

 老司祭は深く頭を下げようとした。

「よい」

「お体にご無理をなさいませんように。お気持ちだけで十分です」

座った少年と、立った少年が、それぞれに口を開いた。


「私はロバートといいます。以降お見知りおきを、サイモンさん」

立っていた少年が歩み寄ってきた。背が高く、不思議な色の瞳をしていた。

「いくつかあなたにお伺いしたいことがあります」

鋭い刃のような瞳だった。

「今もミハダルとつながりはありますか」

ロバートの質問に老司祭は首を振った。サイモンも首を振った。

「この子を連れてきた父親らしい男の名前も聞いておりません。この子を置いて行って以来、一度も村には来ておりません」

 司祭の言う通りだ。悲しいことだが、サイモンが覚えているのは、歩き続けたひもじかった日々と、あの小さくなっていく父の背中だけだ。

「この子は見ての通り、肌の色はミハダルの民と同じです。ですが、真にミハダルの民かどうかもわからないのです。ミハダルの風習が噂どおりであれば、ミハダルから村まで歩いてくることができるような年齢まで、育つことがあるとは思えません。この子はミハダルの血は引いていても、ミハダルで生まれてはいないでしょう」

 サイモンには司祭の話はよくわからなかった。だが、少年達にはわかったらしく、二人は頷いていた。


「サイモンさん、こちらに居られるのが、ライティーザ王国のアレキサンダー王太子様です。あなたは、私と共に、アレキサンダー様にお仕えする気はおありでしょうか」

 サイモンは逡巡した。いきなり王太子様とか、仕えるとかいわれて戸惑うしかなかった。

「別の言い方をすれば、サイモンさん、あなたは縁があるかもしれないミハダルを捨て、ライティーザに忠誠を誓う覚悟はありますか」

 不思議な色の瞳に、射抜かれるようだった。

「王太子様の御側に仕える以上、裏切っていただくわけにはまいりません」

 ミハダルを捨てるとか、忠誠とか、裏切りとか、サイモンには考えたこともない言葉だった。わからないと言いたいが、手元には炭も木片もない。

 相手の掌に文字を書くため、ロバートと名乗った少年の方に手を伸ばしたら、一瞬で距離を広げられてしまった。先ほどよりもさらに、ものすごい目で睨んでくる。

 怖い。困った。どうしたらいいかわからない。


 サイモンを余所者という村の人達よりもずっと怖い。隣にいるのが、恩のある老司祭でなければ、部屋から逃げていただろう。

 サイモンは老司祭の手をとった。

ーかえりましょうー

 サイモンの言葉に、老司祭はゆっくりと首を振った。

 

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