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 明日香は緊張で震える呼吸をゆっくりと整え、疲れた表情を浮かべるヘルヴァインに向き直った。さらに追いこむことになるかもしれない、というためらいを感じとったのか、ヘルヴァインの方から声をかけた。


 「話してくれるか?」

 「はい。まず、京香からの手紙に書かれていたことを話します。」


 明日香は扉の外に立つ兵士の存在を気にして、声を潜ませて話しはじめた。内容を正確に伝えられるよう単語に注意して話を進める。『呪い』から解放する方法の部分を『この世の者ではない者』と言うだけに留め、京香や自分がその鍵となることは伏せた。もし言ってしまえば、さらにヘルヴァインを縛りつけてしまいそうな気がした。


 話し終えたあと、困惑の色を見せるヘルヴァインをじっと見つめる。パチパチと鳴る音を聞きながら、明日香は続けてマール・アス・プミラで聞いたディアンの話を話しはじめた。


 「ヴァインさんにかけられた『呪い』はみっつあるそうです。」

 「みっつ?」

 「はい。ひとつ目は『この世の誰とも結ばれない』。ふたつ目は『子を成すことができない』。そしてみっつ目は『心から愛した者に殺される』、というものです。」

 「なんだそれは。そんな馬鹿げた話を本気で信じているのか?」

 「ディアンさんと京香は信じています。」


 ヘルヴァインは額に手をついて深い溜息を落とした。世の中には、目に見えないものが見えるという者がいることは知っている。しかし戦をする者にとっては、目に見えない存在よりも死に物狂いで武器を振り回して向かってくる人間の方がよほど恐ろしい。

 一気に疲れが噴き出し、頭が痛くなりそうだと言わんばかりに再び椅子に身体を預けた。


 「はぁ、下らない。もう少しマシな話なら聞く気にもなるが、言うに事を欠いて『呪い』だなどと…。そんな、なんの根拠もない空想話をする為に君をあんな場所に連れて行ったとはな。」

 「あの…以前、ヴァインさんには結婚の話がいくつかあったんですよね。そのお相手の女性たちはどうなりましたか?」

 「なぜ知っているんだ。」

 「ヴァインさんとの結婚話が出た女性たちは、皆不幸な目に遭われたのではないですか?」

 「それがこの『呪い』と関係があるとでも言うのか?それこそ杞憂だ。その不幸が起きた令嬢以外とも結婚話はあったが、彼女たちには何も起こっていない。」


 明日香は目を丸くして身を乗り出した。一体どれだけの縁談があったのだ、という驚愕は頭の片隅に追いやり、ヘルヴァインに詰め寄った。


 「そうなんですか!?それ、いつ頃のお話ですか?」

 「そうだな…細かくは覚えていないが、最後は私が領主になる少し前…三十の時だっただろうか。つまり四年ほど前だな。それ以降も何人かいたが、結局こちらから断っただけで何も起こっていない。」

 「そんな、じゃあどうして…。」


 明日香は眉間に皺を寄せて黙りこんだ。先の令嬢には不自然かつ不可解な出来事が次々と起こったのに、なぜ突然何も起こらなくなったのか。実は『呪い』とは関係がなかったのだろうか。

 ふと、明日香はディアンの言葉を思い出し、考えていたことが勝手に口をつくようにポツリと呟いた。


 「ヴァインさんのお母さんが亡くなったのは『呪い』のせいだと…。」

 「何!?まったく、一体何を考えているんだ!もういいアスカ、顔を上げなさい。」


 ヘルヴァインは立ち上がり、明日香の前にひざまずいた。下から見上げるように覗きこめば、予想通りに不安と後悔が入りまじった顔で俯いている。ヘルヴァインは明日香の手を両手で包み、穏やかな口調でゆっくりと話した。


 「いいか。さっきも言ったが、『呪い』なんてものは馬鹿げた空想話だ。仮に私を呪うほど憎んでいるというのなら、どうして私自身には何も起こらない?」

 「それは…。」

 「大体、誰とも結ばれないからなんだというんだ。子が成せないからなんだ?互いに憎も愛もない見知らぬ相手にやられるのではなく、心から愛した者に殺されるのなら本望だ。」

 「ヴァインさん…。」


 明日香は包まれた手に視線を落として眉尻を下げた。突然この世界に飛ばされ、ここへ来る前から聞こえていた京香の声のこともあり、必要以上に神経質になっていたのかもしれない。そもそも別世界に生きる者が首を突っ込んでいいことなどひとつもないのだ。


 「ごめんなさい、何も考えずに余計なことを話してしまいました。」


 これ以上はやめておこう、と自分の中で納得しようとした時、なぜかディアンの真剣な表情と京香からの手紙が脳裏をよぎった。


 ----じゃあ、なんで京香もディアンさんも確信してるように『呪い』があるなんて言うんだろう。なんの根拠もないことを、普通あそこまで堂々と言う?からかってるようにも見えないし…。


 思考と直結している明日香の表情がコロコロと変わっているのを眺めながら、ヘルヴァインはフ、と笑って立ち上がり、腰を屈めて明日香の頭にそっと手を置いた。


 「君が気に病む必要はない。何も知らない君にこんな話を吹きこんだのは兄とキョーカだろう?君はただ私の身を案じてくれただけだ。」

 「でも、深く考えずに勝手なことをしました。」

 「何を言う。君は私に話すべきかどうか相当悩んだはずだ。悩み苦しんだ末に、私の為に話す決心をしてくれたんだろう?私は嬉しかったよ。話してくれてありがとう、アスカ。」


 少し見上げた先にヘルヴァインの笑顔が映り、明日香は思わず息を止めた。


*


 「さぁ、部屋まで送ろう。」


 居間を出て扉の前に立つ兵士に声をかけるヘルヴァインの背を見上げながら、明日香は未だに高鳴る胸の置き場所を探して目を泳がせた。自分が『強面がふと見せる優しい笑顔』というベタなギャップに弱いなど考えたこともなかっただけに、その威力は絶大だった。


 ----ホントにやめてよ。冗談じゃないって。彼氏がほしいなら帰ってから合コンでも何でも参加すればいいんだから!リムラも言ってたじゃない。私には年上がいいんじゃないかって。そうそう、そうよ。すごく年上で、身体が大きくて、寡黙で、顔は怖いけど実は優しくて、ダークブラウンの短髪から覗くこめかみに傷跡とかあって、それがまた見慣れると結構可愛く見えたりする男とかいいんじゃない?っておい!!


 「アスカ。」

 「はいぃ!?」

 「どうした!?」

 「なんでもありませんです!」

 「ありませんです?ハハ、なんだそれは。さぁ行こう。」

 「はい。」


 笑いながら手を差し出すヘルヴァインに、明日香は誤魔化すように微笑みを返した。手を引くヘルヴァインの隣に立ち、前を向いた時に同行する兵士の表情が目に入った。


 ----ちょっと固まりすぎだって!鬼だって笑うことぐらいあるでしょうよ!


 チラと周りを見れば、主の笑顔を目撃した者全員が同じ顔をしている。中には凶兆を見たかのように青ざめて首を振る者まであった。


 ----これ、もし奥さんとか子供とかにデレてるところなんか見ちゃったら、全員その場で息の根が止まるんじゃないの?


 ハハ、と空笑いをしながら手を引かれるままにゆっくりと廊下を歩いていると、ふと疑問が浮かんでヘルヴァインに声をかけた。


 「ヴァインさんは、結婚しないんですか?」

 「は!?」

 「え?あっ、すみません!突然失礼ですよね。その、深い意味はないんです。さっき結婚話はたくさんあったと言っていたので。でも…そうですね、無神経なことを言ってしまいました。」


 明日香は自分の失言に気が付き、すぐに謝った。ヘルヴァインと結婚の約束をしていたのは他でもない実の姉であり、真実はどうあれ裏切りという傷を残したのも京香である。少なくとも妹である自分がしてもいい質問ではなかった、と肩を落とす明日香に、低く落ち着いた声が降ってきた。


 「アスカ。」

 「はい。」

 「この機会に言っておこう。確かに私は過去の出来事に囚われすぎていた。そのせいで君にも辛い思いを強いていたと思う。」


 ヘルヴァインは深く息を吸い、明日香の手を少し引き寄せてその上に手を重ねた。


 「だが、もういいんだ。正直言うと、君と出逢ってから彼女を思い出すことが増えたのは事実だ。最初はそれが辛くて苦しかったが、いつからか思い出しても何も感じなくなった。というか、君を見ても彼女を思い出すことがなくなったんだ。」

 「ヴァインさん…。」

 「君のおかげだ。ありがとう、アスカ。」

 「そんな、私は…。さっきからお礼ばかりですね。少し照れます。」

 「フフ、そうか。あぁそうだ。さっきの質問だが、私が結婚しないのは単に興味がないからだ。フィークス家の後継者には兄の子がいるし、私は独り身の方がいろいろと気楽でな。」

 「気楽?」

 「結婚すると、妻の実家の派閥だのなんだのと何かとしがらみができるだろう?それが面倒でな。それなら独身のまま自由でいたいんだ。」

 「気楽…自由…あっ!」


 咄嗟に声を上げ、同時に頭の奥がスンと冷えていく。三日前にマール・アス・プミラで見かけた美女の姿が脳裏に浮かび、ついでに城内で見かけた数多の美女を思い出した。いずれも若く艶のある肌を惜しげもなく露わにし、豊かな胸と腰を揺らして歩いていたのだ。


 ----そうだった。この人、金と権力にモノを言わせて美女をとっかえひっかえしてるんだった。…そりゃ独身でいた方がいいに決まってるわ。


 先ほどまでの穏やかな空気に寒気が流れこむ。明日香は半目になって目の前の大男を見上げ、包まれた手をスッと離して前を向いた。


 ----うん、やっぱナイわ。ナイナイ。自由と節操なしは違う。


 「アスカ?どうしたんだ。」

 「いえ。そうですね、相手に困らないなら独身の方がいいですよね。」


 ----うん?結婚後の派閥のことを言ってるのか?


 「そうだ。面倒ごとに縛られるのは御免だからな。」

 「ソウデスヨネー。」


 明日香は乾いた声で返事をしながらくるりと身を返した。キョトンとした顔で見下ろす大男に、たった三日間でも胸をときめかせた自分が心底腹立たしい。


 口を開いて何かを言おうとするヘルヴァインよりもひと呼吸早く、明日香はニコリと微笑んで声を上げた。


 「ここまでで大丈夫です!あとは護衛の方に送ってもらいますので、ヴァインさんも部屋に戻って下さい。」

 「え?いや、しかしまだ…」

 「オツカレサマデシター!」


 極上の笑顔を貼りつけたまま勢いよく頭を下げ、明日香は踵を返して大股に歩き去った。

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