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 ナルキスに連れられ街へ出かけてから七日後、オリヴァー夫人は仕上がった服を持ってアーゾン城へやってきた。


 「失礼致します、アスカ様。本日はご注文のお品をお持ち致しました。」

 「オリヴァーさんこんにちは。ありがとうございます。」

 「さっそくですが、ご確認下さいませ。」


 オリヴァー夫人の供をしてきた女たちが仕上がった服を衣装台に掛けていく。作業が終わる頃を見計らって、明日香は陽が差し込む窓から身を離した。


 「わぁ、素敵ですね!」

 「アスカ様のご要望通り光沢のない生地を使用し、スカート部は全て膝丈にしてあります。それから、こちらは乗馬用の下履きを細身に仕立てたものと、その上から履くブーツです。」


 それから、とオリヴァー夫人は箱の蓋を外し、中から白い服を取り出した。


 「こちらは少し硬めの生地を使用した、肘までのお袖に仕立てたチュニックと膝下までの下履き、そして帯です。」

 「ありがとうございます!」

 「アスカさん、それは何ですか?」


 チュニックを身体にあてて喜ぶ明日香を不思議そうに眺めながらリムラが聞いた。


 「これは、稽古着といいます。」

 「稽古着?」

 「はい。私の国では、武芸の稽古をする時に着ます。」

 「あ!だから稽古着っていうのですね。へぇ、こういうのを着るんですか。」


 横からユーグが口を挟む。ユーグは村に戻っている間のできなかった分を取り戻そうと、城に帰ってくるなり明日香のもとで熱心に稽古を重ねていた。


 「そうです。少し形は違いますが、三人分作ってもらいました。ユーグ、着てみますか?」

 「いいのですか!?はい、ぜひお願いします!」


 大きな青い瞳を輝かせるユーグにクスリと笑い、明日香は一番大きいサイズの下履きを取り出した。服の上から下履きを履かせてひもを結び、チュニックを被せて帯で巻き留めた。


 「はい、できました。こうやって着ます。」

 「おぉー、袖や裾が短いから確かに動きやすいですね。」


 ユーグは軽く膝を曲げて屈伸し、腕を回した。


 「今は服の上から着ています。稽古の時は下着と稽古着だけを着ます。」

 「え!そんな薄着でするのですか!?」


 明日香の言葉にリムラは目を見開いて声を上げた。これ一枚だと服の中が透けて見えてしまうのでは、と言いたいのだろう。明日香はニコリと笑い、リムラの方に向いた。


 「はい。でも女性は中に服を着ます。大丈夫です。見えません。」

 「なるほど、それなら安心ですね!」


 三人のやり取りを見ていたオリヴァー夫人はクスクスと笑いながら口を開いた。


 「私は長年このお仕事をさせて頂いておりますが、このようなものを作ったのは初めてでした。」

 「ありがとうございます、オリヴァーさん。とても嬉しいです。」

 「喜んで頂けて私も嬉しいですわ。あとはこちらのお洋服ですね。このような組み合わせは初めてですので一度ご試着して頂いてもよろしいでしょうか。」

 「はい、分かりました。」


 明日香が並べられた二つの組み合わせから選んでいる間に、ユーグは手早く稽古着を脱いでリムラに手渡し、足早に部屋から出ていった。明日香は薄い桃色の服を指さしてオリヴァー夫人に声をかけた。


 「これにします。」

 「畏まりました。では、今お召しになっているものを脱いで下さい。」


 明日香はリムラに手伝ってもらいながら服を脱ぎ、先に下履きとブーツを履いた。上の服は頭を通して胸の下に縫い目を隠すリボンがくるように調節し、ウエスト部をひも帯でしばる。袖は肘下、裾は膝が半分隠れるくらいの長さで、レースは使わない分、袖とスカートはフワリと舞うようにゆったりとしたデザインになっていた。


 胸元に柔らかい感触がして視線を落とせば、胸下の縫い目から切り替わるように胸元の生地がふんわりと膨らませてあった。明日香は店で身体を採寸していた時にバスト回りを測った時だけ小さく溜息をつかれたことを思い出し、ハッとした。


 ----気を使われてしまった…!


 内心ガックリと項垂れながらも用意された鏡の前に立ってみると、違和感のない美しいシルエットに思わず頬が緩んだ。着心地も緩すぎず、締め付け過ぎずでちょうどいい。

 オリヴァー夫人は明日香の隣に立ち、腕や腰回りを確認した後ニッコリと微笑んだ。


 「サイズはピッタリですね。これでしたら手直しする必要はないと思いますが、いかがでしょうか。」

 「アスカさん可愛い!とってもお似合いです!」

 「ありがとうございます。とても素敵です。それからよく動けます。」

 「アスカさん、動きやすい、です。」

 「あ…動きやすい、です。」


 明日香が慌てて言い直す様子にオリヴァー夫人は目を細め、『そうですわ』と明日香に向き直った。


 「もしよろしければ、寒い時期用のものもお作りしましょうか?」

 「寒い時期ですか?」

 「はい。今は暑い時期ですので薄手の生地でお作りしました。もし同じ様なお洋服をご所望でしたら…」

 「あ、いえ、それは…。」


 明日香はオリヴァー夫人の言葉を遮り、身振り手振りを加えて続けた。


 「あの、私は勝手に決められません。それに他にも服はあります。大丈夫です。」

 「あら…フフ、そうですわね。ではもし必要になられましたら、いつでもお声がけ下さいね。」

 「はい、ありがとうございます。」


 明日香がほっと胸をなでおろしている横で、リムラは部屋の外で待っているユーグに声をかけた。警備に立つ兵士と話し中だったのか、互いに軽く手を振ってから部屋の中へと入ってきた。


 「わぁ、可愛いですね!とてもよくお似合いですよ。」

 「ありがとうございます。なんだか照れますね。」

 「そうだ、せっかくですからヘルヴァイン様とナルキス様にも見てもらいませんか?」

 「え!?でもお仕事中です。お邪魔してしまいます。」

 「それでは先にお二人の様子を見てきますから、少し待っていて下さい。」


*


 ユーグが様子を見に行っている間にリムラは明日香を椅子に座らせ、赤いリボンで髪をまとめていた。艶のある黒髪に指を通しながら片方に流れるよう器用に編みこんでいく。しばらくして扉をノックする音と共にユーグが部屋に入ってきた。


 「お待たせしました。アスカさん、今お二人は中庭におられます。ちょうど休憩中のようですので行きましょう!」

 「は、はい、分かりました!」


 上擦る声で返事をして、明日香はサッと立ち上がった。ヘルヴァインとは七日前にお礼を伝えに執務室へ行ったきり会っていない。自分に向けられる厄介者を見るような視線と睨まれた時の悲しさを思い出し、それだけで妙な罪悪感と緊張感に足がすくんだ。


 ----行っても大丈夫かな。また嫌がられたりとか…。でもナルキスさんには早いうちにお礼を言いたいし…。


 ナルキスとは城内ですれ違う度に軽く挨拶を交わしている。とはいえこの広い城の中ではそれも数えるほどしかないが、自分を見かけた時はいつも笑顔で声をかけてくれるナルキスにはいつも感謝していた。


 ----ナルキスさんにお礼を伝えるだけだし、終わったらすぐに離れればいいよね。


 よし、と意を決して、明日香は部屋を後にした。


*


 中庭に集めた各兵士団長からの報告を受けたあと、ヘルヴァインとナルキスは日影へと移動し、壁にもたれて行き交う人の流れを眺めていた。


 「ナルキス、何か分かったか?」

 「いいや、まだこれといった情報は得られていない。領内にある古い文献を片端から調べさせているが、あまり期待はできそうにないな。そもそも異界の者が突然現れるなんてお伽話かよって話だ。」

 「そうか。キョーカの時は彼女自身が自分の国に帰ることを拒んでいたから調べることもなかったからな。」

 「今回もそうであってほしかったか?」


 ナルキスはニヤリと笑い、睨みつけるヘルヴァインの肩越しに『あっ』と声を上げた。


 「アスカちゃんだ!」

 「え!?」


 咄嗟にヘルヴァインが振り返る。視線の先に誰もいないことに気が付き、同時に無性に腹が立った。まさかこんな公の場で子供のイタズラのような真似をされようとは。


 「フハハ、引っかかった!」

 「お前いい加減にしろ。この前から何なんだ一体。何がしたい。」

 「別にー。お前が相変わらずアスカちゃんのこと極端に避けてるから、そろそろ理由ぐらい聞かせてくれてもいいんじゃないかなと思ってな。」

 「理由などない。」

 「ないわけないだろ。お前こそいい加減にしろよ。ガキじゃないんだからアスカちゃんに八つ当たりすんのやめろよ。」


 ナルキスは再び『あっ』という顔をしてヘルヴァインの後ろに向かって声をかけた。


 「やぁ、アスカちゃん!」


 ヘルヴァインは苛立ちを含めた溜息をつき、再びジロリとナルキスを睨みつけた。ガキじゃないんだから、という言葉をそっくりそのまま返してやりたい。


 「俺が何を言ってもお前はそうやって絡んでくるのか?俺がアスカに何か別の感情を持っている、と。」

 「え?いや、ちょっと待てヴァイン。」

 「だったらハッキリ言っておく。その通りだ。俺はアスカの顔を見る度にあの女を思い出すのが我慢ならない。あの(したた)かで欲に目がくらんだ尻の軽い女をな!」

 「バカ!やめろ!」

 「だから彼女を避けているんだ。キョーカと同じ顔を見ないで済むように!あの女を思い出さないようにな!」

 「後ろ!!」


 なんだ、と舌打ちをして振り返り、ヘルヴァインは目を見開いて息を止めた。強張った表情で立ち尽くす三人の姿が視界の先でかすみ始める。ナルキスは固まったまま身動きが取れないヘルヴァインの横をすり抜け、急いで明日香のもとへ駆け寄った。


 「アスカちゃん!どうしたの、すごく可愛いじゃないか!」

 「あ…その…さっきオリヴァーさんが…届けてくれました…。」

 「え?あ、あぁー!そうか、そうだったか!あの時買った服だね!うん、すごく似合ってるよ!」

 「あの…あ、ありがとうございます!とても素敵で、可愛いです!いつも、ありがとうございます!」


 精一杯浮かべた笑顔に頬が耐えきれず重くなる。瞳の奥に涙が溢れるのを感じて、明日香は深く頭を下げたまま身体を返して走り出した。

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