男三人クリスマス
十二月。
クリスマスイヴ、この日に一人では寂しくて死んでしまうと、誰からともなく、気づけば三人集まっていた。毎年こういうことがあり、昨年と一昨年は俺は泉さんと過ごしており、芝田と金沢の二人で開催し、その前は芝田が彼女と過ごしており不参加で金沢と俺の二人。思えば三人がこの日集ったのは四年ぶりのこととなった。高校時代から毎年自然と開催されるこのクソクリスマス会であるが、無論、金沢は皆勤賞である。
バイト先でまた長谷川さんの「今日彼女と過ごすんだよ良いだろ」なぞいうクソのろけ話を聞かされつつもなんとか今日のバイトを終えた。
そうして夕方、参るほどの寒さの中、綺麗な電飾やらでカラフルに彩られた輝く街を汚い男三人が睨みをきかせながら歩く。
そうしてスーパーで食材を購入し、しっかりデザートのケーキも、周りのカップルたちに混じってなんとか購入。そうして我が六畳間へと向かった。
サンタなど入ってこないようにしっかりと鍵を閉め、狭い六畳間に汚い男三人が入る。そうしてじゃんけんで負けた芝田が鍋の準備を進める。その間俺と金沢は対戦テレビゲームを二人でやり、金沢にボコボコにされ、キレてコントローラーを投げた。
じきに鍋が始まり、こたつに入ってその激辛キムチ鍋を三人で囲む。
金沢が一口食べて火を吹いた。続いて芝田が火を吹き、勿論俺も吹いた。吹いた火で家が火事になる危険に冒されながらも俺たちは汗をだらだらかき、すぐにこたつのスイッチを切り、その激辛キムチ鍋を食らい続けた。そうして「うんめ、かっれ」なぞとほざきながら、早くも具の無くなったその鍋に麺をぶち込む。そうしてそれもまた汗をだらだらかき「うんめ、かっれ」なぞほざきながらも食べ終えた。たらふく食えど別腹である甘いケーキを男三人で食べる。これが辛さで燃える口内を優しい甘さで撫でてくれる。甘さに癒され金沢が「ふぁーーー」なぞと声を上げる。そうして鍋が終わった。
匂いがこもるからと換気のため窓を開けるが言わずもがな究極の寒さですぐに閉めた。そうしてまた三人で対戦ゲームを始める。「殺すぞ!」なぞという罵詈雑言が飛び交いながらも、結局ゲームの上手い金沢に俺も芝田もボコボコにされ、二人ともコントローラーを投げて終わった。金沢はまた気持ち悪く煽るように笑っており、小便をぶちまけてやろうかと思ったが汚いからやめて素直にトイレに行った。
次に人生ゲームに手を出す。序盤は俺と芝田が良い感じで、芝田は「いやっふぃーーー!!」なぞほざいていたが、結局中盤から金沢がどんどん追い上げてきて、しまいには現実と同じく(現実は親の金であるが)大金持ちになり勝利を掻っ攫っていきやがった。そうしてまた気持ち悪く笑う金沢に腹が立って俺と芝田が言う。
「これはゲームだからな!ただのゲームだからな!こんなもんで人生とは名ばかりのしょうもないゲームで勝ったとておめえの人生がこんな良い方向に向かうと思うなよブタが!」
「そうだそうだあ!なにを笑ってんだてめえ!きもちわりいんだよ!こんなもんただのゲームだからな!」
すると金沢がまた煽るように笑いながら言う。
「デュハハ、なにをそんなにマジになっているんですかいお二人い?これはただのゲームですよお?」
そんなことをして騒いでいると突然、壁が「ドンッ」となった。途端、三人共小さくなって静かになる。
どうやら隣室から壁を叩かれたようだ。これが俗に言う壁ドンである。たしか隣には俺より少し上くらいの男が一人で住んでいるからそいつが叩いたのであろう。そうして三人共虚しくなり、黙って俯いた。俺はまた素直にトイレに入り、小便をしながら小さく「クソが」と喚いた。
それからまたいつものように、しかしいつもよりも声を小さくしてエロ談義を繰り広げていると、先程壁を叩かれた隣室の方からなにかおなごの声が聞こえるのだ。他の二人は気づいていないらしく、俺が「しっ」と黙らす。すると二人も気づいたらしく、男三人、壁に顔がめり込むのではなかろうかと思うほどに思いっきり壁に耳を当て、耳を澄ます。
そう、そのおなごの声は喘ぎ声である。壁の向こうで先程壁を叩いた男が女を連れ込んでおっぱじめやがったのであろう。時計を見るといつの間にか日付は変わりクリスマス、深夜、そう、性なる夜である。
俺たちはだるんだるんに鼻の下を伸ばし耳を澄ませ続ける。じきにおなごの声が次第に大きくなってくる。もうすぐ終わるぞ!と察したところで、男三人、一斉に壁を叩いた。
これが俗に言う壁ドンである。
朝、いつの間にか眠っており、周りにはウザそうな顔をした男と、豚と見間違うのは豚に失礼なほど汚く太った男が転がっている。俺はカーテンを開け、二人の顔面に光を当てる。二人が眩しさに目を覚まし、ごちゃごちゃ文句を言っているのを聞き流しながらトイレに入り、また小便をする。しながら携帯をいじり、いつものように泉さんのSNSを覗き見る。昨日の夜に更新があり、「美味しかった」という呟きと共にケーキの写真が上げられている。そうして今更になって、彼女はこの夜、誰と過ごしていたのだろうか、なぞといつも通り思うのであった。
一月。
年が明けた。そうしてまた金沢の奢りで男三人、風俗に行った。出てきたのはあまり可愛いくも綺麗でもない三十代くらいのお姉さんであったが、テクニックは見事であり、俺は終わった後、彼女の後ろ姿に感謝と、顔だけでどうこう思ってしまった謝罪を込めて深々と頭を下げた。
風俗後、金沢の住む、中々にデカいマンションへ行き、またお菓子を食らったりゲームをしたり、いつも通りをして帰った。
次の日の朝、長谷川さんに初詣に誘われて近くの神社へと行った。
長谷川さんは「さみいな」なぞと白い息を吐いた。俺はマフラーに顔を埋めながら「彼女と来ればいいでしょ」と言ったが彼女は実家に帰っているから無理とのことであった。そうして「俺は都合の良い女か!」と喚いた。
鳥居をくぐり、神社の境内を歩きながら俺は一年前は彼女とここに来たなと、また泉さんのマフラーに埋める可愛らしい顔を思い出す。しかし今隣にいるのは俺よりも背の高い長谷川さんである。そうしてまた少し肩を落とした。
賽銭箱にお互い僅かな金を放り込み、鈴を鳴らして手を合わせる。俺は特になにも願うことはなく早々に顔をあげたが、隣を見やると長谷川さんはえらく長く何かを願っている。そうして長谷川さんはようやく顔を上げ、「飯食ったか?」と言って少し笑った。
長谷川の行きつけだというレトロな定食屋に入り、対面で座り、その安くて旨い飯を食べる。長谷川さんは自分で作ったわけでもないのに「旨いだろ」と言ってきたので素直に頷く。そうしてその後は二人、黙ってそれをかきこんでいく。中々に旨く、家から少し距離があるがまた来よう、と思った。
お互いに食べ終わった頃、長谷川さんが「俺さ」と喋り始めたので耳を傾けていたが「やっぱいいわ」と言って黙った。俺は特に興味も持たず、「ごちそうさまでした」と頭を下げた。長谷川さんは「いいのだよいいのだよ可愛らしき後輩よ」と胸を張った。俺が「こんなもんで胸を張るな!」と罵声を浴びせると「失礼だなあ!」と怒った。
家に帰って、泉さんのSNSに更新がないのを確認し、窓際の机に向かってまた泉さんへの手紙を書き始めた。
「あけましておめでとうございます。そして二十二歳のお誕生日おめでとうございます。今だけ同い年ですね」
なんて文から始め、勿論風俗に行ったなぞと書けるわけもなく、また嘘だらけの近況報告を書き連ねた。別に送るわけでもないのだから、送る勇気もないのだから、嘘などつく必要もないのだろうが。
そうして、前に誕生日にあげた、猫の置物やくまのぬいぐるみを彼女は今も持っているのだろうかなぞとまた思いを巡らすのであった。色々なことが、少しずつ不安になってきてしまっている。
二月。
いつものようにバイトへ行き、昼頃休憩していると帰るらしい長谷川さんにまた声をかけられる。
「吉野、今日夜暇か?」
「バイト終わりなんにもないですから夕方から暇ですけど」
「夕方は俺寝てるからパス、夜また飲みに行こうや、奢るから」
夜、飲み屋に行くと先に長谷川さんがおり、また「先輩を待たせるなよお」なぞほざいておった。既に少し飲んでいるらしい。
そうしていつものように飲んでいく。するといつものように「女はできたか?あ?」と絡んできたので無視してビールを喉に流し込む。そうしてまたいつものようにギャルの彼女とのクソのろけ話を始める。聞き流しながら雑に相槌を打っていく。
そうして聞き流していたのだが急に長谷川さんは黙り込む。少し真面目な顔になり俺を睨むように見ている。そうして「俺さ」と喋り始める。
「俺バイト辞めて就職すんのよ」
俺は少し驚き、長谷川さんの顔を改めて見やる。
「結婚すんのよ、彼女と」
「え、おめでとうございます」
「うん、それでまあお金も必要になるからさ、だから就職って感じで、知り合いの会社で働かせてもらえることになってよ」
「へー、寂しくなりますねえ」
「思ってねえだろ!」
俺は冗談っぽく言ったが、実際少し寂しかった。そして気になっていたことを訊く。
「バンドはどうするんですか?」
長谷川さんはそこで少し黙る。そして「うーん」と少し唸った。
「それがなあ、どうするかなんだよな」
長谷川さんは少し寂しそうな顔で笑った。
「もう結構長いことやってるしさ、最近ちょくちょくお客さんも増えてきて、MVとかも結構再生されてきててよ、でもメンバーの中にも結婚してる奴いてそんで俺も結婚するしなあ、でも音楽やりたいしなあ、どうしよかね」
「いやちょっと、俺に聞かれても」
「まあそうだよな、うーん、そうだよなあ。」
そうして長谷川さんはまた黙ってしまった。
「今度ライブ来いよ」
「はい、行きますよ」
「え?来んの?」
「じゃあ行きません」
「いや来て来てごめん、来月あるから来て」
そうして来月の長谷川さんのバンドが出るライブに行く約束をした。いつもは金払えと言ってくるが行くとなれば知り合いということでタダでチケットをくれるだろうと思っていたがしっかりと金を取ってきて、なんだか少し腹が立った。
帰り道、白い息を吐きながら、やっぱり人はどこかで変わって歩いていくんだな、とそんな当たり前のことを思っていた。
朝、カーテンを開けると雪が降っていた。
子供みたいになんだか興奮して上着を着込んで外に出た。雪の降る空を見上げた。空は真っ白で、この寒さを色として表しているように思えた。
思えば俺が東京に来てから雪が降ったのはこれで二回目であろうか。前に降った時、やはり俺の隣には彼女がいた。
あの時は降っただけでなく少しばかりではあるが積もってもいた。泉さんは今の俺以上に興奮して、普段はあまり見れない子供っぽい姿がそれはそれは可愛かった記憶がある。二人で白い息を吐きながら小さな雪だるまを作った。
俺はまたその白い空を睨むように見た。隣に彼女がいないことでまた寒さが増したように思えて、若干俯きながら部屋に戻った。
部屋に戻ってすぐ、お腹が痛くなりトイレに入った。上着の前を開けていたからお腹に冷たい風が直撃していたがもしやそれが原因やもしれない。「クソが」とまた小さく呟き、寒さと腹の痛さに体を震わせた。そうしながらまた泉さんのSNSを覗き見た。
長めにトイレにこもり、なんとか出てから部屋の窓際の机に向かう。また泉さんへの手紙を書く。
「雪が降りましたね」なんて言葉を書き、そこからはまた嘘ばかりを書いていく。ふと、俺は毎日同じようなことばかりしてるな、なんて思ってしまいつつも嘘を書き続けた。そうして書き終えた手紙を、今までの手紙全てを入れている箱に入れる。もうその箱もパンパンである。
ノートパソコンを机の上に置き、久しぶりにまたなにか書いてみようかと起動する。でもやっぱりなにも浮かばず、手は動かずにまた一文字も書くことはできなかった。俺は果たして小説家を目指していると言っていい人間なのだろうか、なんて思ってしまった。
そしてパソコンでネットの動画を少し見て間抜けに笑い、次はエロ動画を見て、冷たい手で、「冷たいよう」なぞ言っているであろうチン三郎を「すまんのう」と言いつつ慰めた。
じきに猫背になったチン三郎を綺麗に拭きながら撫でてやり、小便に行ってからまたカーテンを閉めて布団に潜った。そうしてまた、毎日吐きすぎてもはや無くなってしまうのではないか、むしろ無くなってくれ、と思う溜め息を吐いた。
そうして俺は二十三歳になった。