夜のサービスエリア
九月。
読書の秋である。と言えどまだ夏の暑さはまだまだ空気中に居座っているのだが。
そうして今日も家にこもり、小説を読み耽り、あまり面白くないその小説を読み終えて机の上に置いた。やることもないし珍しく久しぶりに部屋の整頓でもやる気になり体を起こした。そうして雑に物を詰め込んでいる押し入れを久しぶりに開けた。そこには壊れた大量のイヤホンやらもう何年も開いてすらいない、小学生の頃かに使っていた国語辞典やら、よくわからん小さなフィギュアが大量に入った箱やらなにが入っているか全く覚えていない数箱の段ボールやら、実に様々なわけのわからん物たちまでもが入っていた。
まずいらない物をまた雑にビニール袋に入れていく。そうしているとあっという間に数十分が経過していた。時間も潰せるしこれはいいぞと次はなにが入っているか覚えていない段ボールに手をかける。段ボールの中にはまた赤い箱が入っている、確かこれはインスタントカメラで撮った写真が入っている箱である。いつかアルバムでも買ってそこに入れようと思ってとりあえずここに入れておいたのだ。そうしてその赤い箱を開ける。するとまず目に飛び込んできたのは猫の写真であった。いやあ猫は良い。犬は怖い、でも猫は良い。そうして心中で「めんこいのお」なぞとほざきながらその下の写真に目をやる。そこにはルックスが少々整っている男とえらくボヨンボヨンに太ったデブ男が写っていた。言うまでもなく芝田と金沢である。この家でなにか二人でテレビゲームで対戦しているようであり、金沢はまた気持ちの悪い顔で笑い、こちらにピースしている。芝田はこちらには目もくれずゲームに集中し、金沢がピースしている間に金沢のキャラを殴っているようである。一年以上前の写真だが一年後の今もなにも変わっていない。まるで成長がない。
そうして窓からの景色の写真やら、川辺の夕日の写真、花の写真などもある。そうやって次々に写真を見て行く。そこまで前のものではないのにこうして見るとえらく懐かしく思えてしまう。
写真を漁っていると綺麗な景色の写真が出てきた。京都は鴨川の写真である。そうしてその下にある写真に目をやる。それは同じく鴨川の写真である。しかしそこにはまたあの綺麗なミディアムヘアの女性、無論泉さんの後ろ姿があった。
彼女は俺がカメラのシャッターを切る音を聞いて振り向いた。そして「今撮りましたね」なんて言って少し笑った。普段は物静かな彼女だが、京都に旅行に来ていることもありテンションが上がっているのだろう。鴨川沿いを歩く彼女はなんだか少し飛び跳ねているようである。そのまま飛び跳ねて鴨川にドボンと落ちられても困る。だから僕らは手を繋いだ。
その写真の下には旅館での写真がある。風呂上りであろう髪の濡れた泉さんが座椅子に座り、机の上に広げられた豪華な料理を前に、こちらを見て可愛らしく笑っている。
「早く食べましょ」
そう彼女が言うのを聞いて俺もカメラを置き、座椅子に座る。そうして二人、手を合わせ「いただきます」と言った。彼女は言うなりすぐに食べ始め、たちまち可愛らしい笑顔になるのであった。そうして無論、俺も笑顔になった。
俺はそれらの写真を再びその赤い箱にしまい、押し入れの中に戻した。すっかり整頓する気力はなくなり、押し入れを閉じて畳の上の布団に寝転ぶ。彼女の、俺にしか見せないようなあの可愛らしい笑顔がまた目の前に映るように感じて、天井を睨みつけた。
長谷川さんには彼女がいるらしく、いつも彼女とのクソのろけ話ばかりほざいてきやがる。彼女のためにも早く今のバンドで売れなきゃなんねえんだよ、なぞと聞いてもないのにほざいてきやがる。こう言う聞いてもないのにベラベラ喋るところは芝田にも似ているような気もする。
ある日、朝、店内に入ると長谷川さんがギャルっぽい綺麗な人と楽しそうに喋っていた。そのギャルは胸元が若干開いた服を着ており、一瞬チラと見えた谷間に、俺は隠れてガッツポーズをした。
後でまた聞いてもないのにしてきた長谷川さんの話によると、どうやらそのギャルっぽい彼女こそが長谷川さんの彼女だということであった。
「お前、彼女の胸見てただろ」と強めの口調で言われたので正直に「見ましたけどなんすか?え?なんすか?は?」と逆ギレしてやった。ライブに来たら許してやると言われたが、「別に許してなどいりませんわい」と言って断った。長谷川さんは「クソが」と喚きながら帰っていった。
十月。
金木犀の香り漂う日々の途中、金沢の行っている大学で文化祭があるということで芝田と男二人で行ってみることにした。
以前にも一度来たがその時よりも少し規模が大きくなったように思える。えらく人の声がやかましい。
お前どこにおるのだ、と金沢に聞いたが何故か頑に教えてくれなかった。だから金沢を探しつつとりあえず大学内をぶらぶらする。
入口からそこらで屋台がたくさん並んでおり、とりあえずとフライドポテトや唐揚げやら、男二人には似合わぬあま〜いミルクティーやらを購入。そうして中庭に入るとステージがあり、その前に並んだ椅子がある。そうしてその空いている椅子に座りそれらを男二人で「まあまあ旨いな」なぞとほざきながら食う。すると突然、ステージで爆音の音楽が鳴り出した。なんぞ?なぞとステージに目をやるとなんということか、露出度の高い同じ服を着たスレンダーなたくさんのおなごがステージ上に出てくる。芝田が思わず横で「エロお」なぞとほざいていやがる。勿論俺もほざいた。そうしておなごたちはえらく激しいダンスを始める。会場にいるたくさんの人からは歓声や拍手が起こる中、俺たちはナニカがチラリと見えるのではないかと期待しじっと見続けていたがそのようなことはなく、肩を落として拍手した。
おなごたちがステージからはけていくと、次は楽器のセッティングが行われ、じきにバンドの演奏が始まる。流行りのバンドの曲が演奏され、どうやら芝田はそのバンドが結構好きらしく、なにか体を揺らしていやがる。なんだこいつと思いながらも知らぬ間に俺の体も揺れていた。そうして何曲か演奏され、会場は中々に盛り上がっていたが、そこで俺はなにか腹が痛くなってきたので芝田に言ってトイレへと向かう。
広い大学内で少しばかり迷いながらもなんとかトイレに辿り着き、あのミルクティーがダメだったんじゃないか?なぞと明らかないちゃもんを心中で呟きながら便器に座り安堵の息を吐いた。
トイレから出て角を曲がったところで俺は「ぬわわああ!?」なぞと間抜けな声を出して尻餅をつく。目の前に立っていたそれも同じような声を出して驚いた。
俺の目の前にはでかいホットドッグが立っていた。厳密に言えばでかいホットドッグのきぐるみが立っていた。きぐるみを着たその男はくりぬきの穴ところから顔を出しており、ホットドッグのソーセージとマスタードの色と柄に合わせ、顔を赤と黄色に塗っているようであった。しかし俺は顔を合わせることもせず、何処かに目を逸らしながら、ヘラヘラしながら謝罪をして足早にそこを去る。ぐぬぬ、恥をかいてしまった。しかしなんだか今の色の塗られた顔、何処かで見たことがあるような気がするが気のせいであろうか。それに今の間抜けな驚いた声も聞いたことがある気がする。しかし結局まあいいかとまた中庭に戻っていった。
中庭に戻るとステージにはセンターマイクが一本立っており、丁度俺が入ってきたタイミングで元気な声を出しながら二人の男が出てきた。そうして漫才が始まる。俺は芝田の隣に座り、特別面白いわけでもないその漫才を黙って見ていたが、隣の芝田はケラケラ笑っている。会場は所謂ややウケくらいだが芝田だけがえらく笑っている。やはりこいつとは笑いのセンスもエロのセンスも合わんなあ、なぞと思っていると漫才が終わり拍手が鳴り響いた。
そうして一通りステージを見た後、そろそろ金沢を探すかと中庭から出る。金沢に電話をかけたが奴は出ず、どうしたものかと二人彷徨い歩く。じきに芝田が「まあ別にあいつはもういっか、あれ食べようぜ」
と言い出したので俺も賛同し芝田の指差す屋台の方へ目をやる。するとそこにはホットドッグの屋台があり、もしや先程のきぐるみがいるのではと焦ったがその姿はなかった。そうして列に並びそれを購入しようとしたときであった。奥に先程のホットドッグのきぐるみが見え、再び顔を合わせる前に逃げてやろうかと思いながらそれを見ていると、そいつはついにこちらを見た。俺はやばいと目を逸らしたのだが、芝田がそのホットドッグの方をえらく目を細めて見ている。そしてふいに芝田はニヤリと笑う。なんだと俺もそのホットドッグのきぐるみの方を再び見やる。ホットドッグから出た色の塗られた顔は、えらくぱんぱんでくりぬきの穴にぎゅうぎゅうになって窮屈そうである。目を細めたのち、俺もニヤリと笑った。
そのホットドッグのきぐるみの正体こそが我らが探し人、金沢であったのだ。
俺たちは、その赤く塗られた顔でまさに顔を赤らめながら驚く金沢を見ながら、購入したホットドッグを齧った。
勿論後日死ぬほど笑い者にした。
ある日の夜、長谷川さんに飲みに誘われ、タダ飯が食えるのならとそれを了承し居酒屋に向かう。
居酒屋には先に長谷川さんが来ており、俺の顔を見るなり「おい先輩を待たせるなよお」なぞと言ってきたがそれには特に答えず「お疲れ様です」と挨拶した。
席に座った途端から長谷川さんはまた彼女とのクソのろけ話を始めやがった。そうして聞き流しながら注文したビールを喉に流し込み、枝豆を食う。
じきに俺が話を聞いていないのに気づいたのか長谷川さんは「お前そういや彼女できたか?」と訊いてきた。
「いやまあ別にそんな感じじゃないというか」
「なんだよそれ、好きな子とかいねえの」
そこで俺は少し黙ってしまった。それを見て長谷川さんが「お!いるのか」と言ってきたので「なんのことすか?は?」とまた逆ギレしてやった。
それでも長谷川さんは「当たって砕けろ!」なぞほざくのであった。
それからも長谷川さんの話を聞き流していたが、のちにされたバンドのメンバーが小便とゲロを同時に漏らした話というのが中々に面白く、つい笑いすぎて吐きそうになってしまった。あと近所のおばあさんがかたつむりにキレ続ける話も最高であった。
十一月。
青春ロードムービーみたいなことしてえなあということで休みの日、なんの計画性もないまま、会ったこともない芝田の親の車を借りて免許を持っている芝田の運転で昼頃、宛てもなくとりあえず北へ走りだした。国道を走り、じきに見つけた国道沿いのラーメン屋に入り昼食。これが中々旨くて三人とも唸った。
そうしてコンビニでも大量のお菓子やジュースを購入(勿論金沢の奢り)してまた走らせ始めた。
綺麗な川が見えたり、えらく紅葉が綺麗な場所などがあり、テンションが上がって普段言い慣れない「うぇーい」なぞという言葉なのかもわからぬ言葉を発していた。
車内ではいつものようにまたエロ談義を繰り広げたりしたが、運転をする芝田をよそに金沢とやはり意見でぶつかり合い、ぶち殺すぞ!なぞとまた罵声を浴びせた。それを聞いてまた芝田はケラケラと笑い、笑いすぎて危うく事故ってしまうところであった。その後なんとかエロに対しての愛を分かち合い和解し、事故も免れた。
そんなエロの話をしていると道沿いになにかえらくレトロな感じの大人のお店があり、これは一か八か行ってみるかと車から降りて三人、その店に入る。無論、金沢の奢りである。
店内は前に行ったおっパブとそう変わらない感じである。指名をしてまたそれぞれバラバラに椅子に座っておなごを待つ。
そうして来た痩せ気味であるが割と綺麗めなおなごはナース服を着ており、これはこれはありがたい限りである。
そうしておなごの「どこから来たんですかあ?」という質問に「と、東京です」と答えるとおなごは「えー、そんな遠くからー」と対して興味もなさげに言う。とりあえず注文したドリンクを喉に流し込むが我が息子チン三郎は早くもそれどころではない。じきに横に座るナースは俺の体に触れてくる。俺の体はみるみる暑くなり、思わず「ふう〜ん」なぞという間抜けな声が出る。そうして服のボタンを外されていく。クッソ、ボタン付きのシャツなんて着てくるんじゃなかった、なぞと意味もなく焦りながらもその焦らされもまた素晴らしい。
ナースはまず俺の上半身を責めていく。
「んぅ〜」なぞとまた間抜けな声が漏れる。充分焦らされてようやくベルトを外され、ズボンが脱がされる。すぐにパンツも脱がされ、ビシッと起立している我が愛しき息子、チン三郎がおしぼりで拭かれていく。そうしてナースによる検診が始まり、俺はまた「どぅわぁ〜」なぞという声を漏らした。
それから少しして、えらくなにか焦っている足の早いチン三郎に、まだ焦らなくてもいいんだぞ、なぞと心中で語りかけながらもじきにチン三郎は歓喜の声を上げた。
店から出てもまだ誰も出てきていなかったので車に戻ろうとしたが鍵がかかっており、とりあえず人目を気にして、夕暮れ時、大人のお店の前で一人、ジョギングしているフリをした。
じきに金沢が出てきてそのすぐ後に芝田も出てきた。しかし金沢は満足したようだが芝田はなにか不満そうな顔をしている。話を聞くと写真と全然違うおばさんが出てきて、しかもなんたることか下手で中々苦戦したという。その話を聞いて俺と金沢は当然大爆笑した。
そうしてまた車を走らせ始める。じきに高速道路に乗って(勿論料金は金沢の奢り)またビュンビュン走らせる。夕暮れの高速道路を飛ばす。夕焼けがえらく綺麗で男三人、珍しく黙り見惚れる。
そうして日も暮れてしばらくそのまま飛ばした。聞いたこともないFMラジオを流しながら、夜の高速道路を俺たちは走った。
じきに休憩としてサービスエリアに入った。そうして三人で同じソフトクリームやら唐揚げやらを買って食べた。どれも素晴らしく旨く「ふぃー!」なぞという訳のわからん声を上げた。そのうち金沢は「眠い」と言って車の中で寝た。
芝田がトイレに行ったので俺はなんとなく車のそばで待っていた。そうしてぼーっとサービスエリアの建物を眺める。
静かな夜の中に燦然と輝くサービスエリアの光は俺になにか浮遊感のようなものを与えた。
ラジオから流れるキリンジの「エイリアンズ」がその雰囲気にまた合っていて、余計に浮遊感を助長させた。
芝田が戻ってくると特に理由もなく二人で近くにあったベンチに座った。そばにある花壇からは花の良い香りが漂う。芝田が言う。
「これからどうするよ」
「うーん、どうしまひょ」
「さっきさあ、小便してる時に急に冷静になっちゃってさ、俺明日の夜用事あんだよなあ」
「俺も風当たってたらちょっと冷めて冷静になっちゃったわ」
「うん、じゃあ、帰るか」
「うむ、俺も明後日にはバイトあるし」
それから少しの沈黙があり、その後突然、芝田が言う。
「お前結局今あの子とどうしてんの?」
「あの子とは如何に」
「お前の周りに子なんて呼び方される人一人しかいねえだろ」
「ふぇ?」
「いやお前の付き合ってた彼女だろ、なんて名前だっけ、えー泉さんだっけ、泉なんとかさん」
「泉咲子」
「そうそうその子、別れてから連絡取ってないのか?」
「別に」
「なんでえ、好きなんだろ?」
そこで俺はまた黙ってしまった。
「まあどんな状況か知らねえけどそろそろ白黒はっきりした方がいいんでね?」
それでも俺はなにも喋れず、芝田は何か察したように立ち上がった。
「ちょっと一回寝るわ、そんでから帰ろ」
「うん」
そうして芝田は車に戻っていった。
俺はしばらくそこから動かず、暗い空に一つ浮かび輝く月を眺めていた。そうしてじきにまた泉さんのSNSを覗く。一つ更新があった。ついさっきの呟きらしく、月の写真が上がっていた。当然俺が今見ていた月と同じ月である。携帯の中の月から目を離し、また空の中の月を見上げ眺める。そうしてフジファブリックの「同じ月」が脳内再生される。
俺は若干、月を睨むように見た。白黒はっきり、できるのならばもうやっているのだ。そうしてまた、ただただ溜め息を吐いた。
俺はそれでも、そうしなければとわかってしまっていても、依然、心中で己に対し、「待つのだ、彼女が気づくまで」と語りかけた。