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間違い探し  作者: 膝野サラ
3/7

東京花火、東京紅葉

六月。

早くもバイトを辞めた。

例の店長に、ちょっとサボったくらいで怒鳴られ、しかもこれが一度目や二度目でもなく、溜まっていたイライラが早くも爆発し、「うるせえんだじじい!女だけに甘くしてんじゃねえよハゲ!ああ?優しくしてたらいつか女の子いけるかなあ、とでも思ってんのかあ!」と店長に対し言う勇気は勿論なく心中で叫んだ。そうして静かにバイトを辞めた。

働かないと当然金はどんどん減っていく。しかし少しは休みたい。だから辞めてから数日間、家から一歩も出ず、小説を読み耽り、いつも聴いている深夜ラジオで一人笑った。

バイトを辞めてから五日程が経った日の夕方頃、ふと外に出たい気分になったので、また、三人で飲もうと連絡したのだが、学校や舞台があって無理らしく、仕方なく一人、家を出た。


特別やることもないし、行きつけの古本屋で時間を潰すことにした。狭い店内に入り、いつも通り小説の棚を隅から隅まで見てゆく。

すると見覚えのあるタイトルを見つけ、なんだったかなと本を手に取り、表紙を見て思い出した。これは泉さんが好きだと言っていた本である。思えば彼女がこの本を好きだと言っていたのはこの古本屋に二人で来たときのことだ。俺がおすすめの本を訊いたときに教えてくれたのだ。結局この古本屋にはなくて彼女に貸してもらって読んだのだが、青春小説で俺も好きな感じで面白かった記憶がある。ふいに、懐かしいなあなんて思ってしまった。


彼女は店の前まで来て「レトロな感じで良いですね」なんて言って微笑んだのだった。

そうして店内に入り、とりあえず別々に本を見て回る。少し経って彼女が本棚の一番上の段にある本を取ろうとして背伸びをしているのを見つけ、俺が取って渡した。すると彼女は「ありがとうございます」と言って、抱きしめたくなるような可愛らしい顔で笑ったんだった。


なにかまた少し切ない気分になってしまった。切なくなる必要などないのだ。そのうち彼女はまた俺のもとに戻ってくるのだから。それでも、買ってもう一度読もうかなと思いつつその本を棚に戻してしまった。

そうして何冊か安い小説を買って店を出た。

そうしてその足でもう一つの行きつけのリサイクルショップへと向かった。


店内はいつも通り薄暗く、とりあえずな感じで流行りの曲ばかり流しており、人もポツポツといる程度である。だがこれが良いのだ。あんまり人が多すぎると落ち着けやしないし、これくらいが居心地が良くて丁度良いのである。

小説と漫画を数冊ずつ手に取り、CDの棚へと向かう。そうしていつも通り端っこから漁っていく。ふいに横を見たときだった。そこには彼女、泉さんの姿があり、俺が手に持つCDを覗き見ながら語りかけてくる。


「そのバンド私も好きです」

「良いですよね、なんか切なくなるというか」

「うん、そのアルバム持ってますけど特に好きです」

「んあ、じゃあ買ってみますわ」

すると彼女は頷きながらまた微笑んだ。


当然それは過去の記憶であって、今横に彼女の姿はない。思えばここにも前に二人で来たことがあった。

俺は首を振って目を覚まし、またCDを漁っていく。漁りながらも、たまに過去の記憶の中の彼女の姿がチラついてしまう。そうして俺はまた心中で自分に言い聞かせるように呟く。

「今は待て、そのうち彼女も俺の大事さに気づくはずだ」


そうして小説と漫画とCDを数冊、数枚ずつ買って店を出た。

そのまま帰ろうかとも思ったが少しだけ飲み屋に寄って飲んでゆくことにした。ここ最近、彼女と別れてから何故だか飲んでばっかりである。

そうして店の端っこで、特別旨いというわけでもない飯を食いながらチビチビと酒を飲むのであった。そうして店内に置かれているテレビで流れる大して面白くもない番組を睨むように見ていた。

ちょっとだけ飲んで面倒臭いことを忘れて帰るつもりだったが、酒を飲めば飲むほどなんだかどんどん寂しくなるばかりで、酔ってその寂しさを消してやろうと飲み、また寂しさが増してまたそれを消そうとして飲み、それを繰り返していたら結構な時間が経ってしまっていた。結局飲んだ分だけ寂しさが腹に溜まり、飲んだら寂しさを消せるだろうなぞという考えは間違いであった。

そうして店を出て、若干の千鳥足で帰路に着く。外はまた真っ暗である。よくわからないもどかしい寂しさに苛まれ、一人で歩きながら「ああぁ」なんて声を漏らす。そうしてなんとかボロアパートに帰り、そのまま布団に横たわる。窓の外でポツポツと雨の音が聞こえ始める。その音に耳を澄ませながら、暗い天井を見つめ、こんなことしてても意味ないよなあ、なんてため息を吐いた。

そうして数ヶ月前にも聞いたようなことを呟く。

「バイト探すか」



七月。

梅雨で雨降りしきる日々が続いているが、新しいバイトを始めた。コンビニのバイトで週五回程の朝から夕方までの勤務になった。前の店のように店長がえらく女に甘いわけでもなく、変に厳しく急に怒鳴ったりするわけでもなく、人数が多いわけでもないから中々良さげである。我がサボり癖が発動しないことを願うばかり。

今までのバイト先では基本的に世間話なぞをする人はいなかったが、朝の時間帯でシフトが被る人で、えらくフランクに話しかけてくる長谷川(はせがわ)さんという人がいて、最初は少し面倒臭く感じていたが、あまりに普通に話しかけてくるもんだから、すぐに俺も普通に話すようになってしまった。


長谷川さんは二十九歳で、普段はバンドマンをやっている。ライブがある日はライブ終わりに深夜からバイトに入っているらしく、あくびをしながらもサボらず働く後ろ姿に俺はたまに敬礼をするばかりである。


ある日の昼、休憩に入ると長谷川さんが帰り支度をしており、俺を見つけて何故か少々目を煌めかせた。そして甘えるような声で言う。

「吉野お、今度ライブあるから来てくれよお」

「いや俺ライブハウスとかあんま得意じゃないんですよ」

「えー、来いよー」

「タダならいいですけど」

「はあ?金は払えよな」

「じゃあいいですわ」

「クッソ、もう帰るわ」

そうして長谷川さんは肩を落として帰って行った。長谷川さんと喋るたび、俺もこの人くらいコミュニケーション能力があればなあ、なんて思うばかりである。まあコミュニケーション能力があったとて性格がこうであるから意味がないであろうが。



朝、未だ梅雨が続く中、傘をさしてバイト先へと向かう。家の中にいる時の雨は好きだが、外にいる時の雨ほど鬱陶しいものはない。蒸し暑さや湿気もあまりに鬱陶しく、誰もいない道で大きく「あーあー」と溜め息を吐くように言うと犬に吠えられた。これだから犬は嫌いである。これだから俺は猫派である。そうして蒸し暑さと湿気と犬にイライラしながらコンビニに着くと、俺と同じくしてこの蒸し暑さや湿気にイライラしていたであろう長谷川さんが店の前で空に向かって「梅雨死ねぇ!」と罵声を浴びせていた。

「おはようございます、そんなこと言ったら空がキレて余計に降らせてくるやもしれませんぞ」

「もー、なんでこんな振り続けるんだよ!どうなってんだよクソぉ!」

そうして一言交わし、バイトに入った。


夕方、バイトを終えて外に出ると未だに雨が降っており、一人舌打ちをした。

傘をさして家に向かって歩いてゆく。辺りにある水溜りをよけて歩いていたが、ボロボロの穴だらけのスニーカーにはそれでも余裕で水が入ってきて靴下を貫通し足を濡らす。そうしてまた雨に一発舌打ち。すると急に強い風が吹いて傘が裏返りそして濡れる。もう全身ずぶ濡れである。そうして空に向かって叫ぶ。

「梅雨死ねぇ!」

するとわずかに雨が強まった。



梅雨がようやく明けようとしている頃、芝田がまたテレビドラマに出るということで、芝田の家で鑑賞会をすることになった。といってもやりたくてやるのではなく、前に初めて芝田がテレビドラマに出たときに俺も金沢も忘れていて見ておらず、すると芝田が何故か理不尽にキレてきて、今回こそは絶対に見させるとのことで、芝田によって半ば強制的に開かれたというわけである。本当ならそれでも来るつもりはなかったが、芝田の「女優と合コンさせてやる」という誘いに金沢がやすやすと乗ってしまい、当然俺はそれでも泉さんを待つ身であるから断ったのだが、次は金沢がどうしても合コンしたいばかりに、「もし来なけりゃもう今後飯奢らねえからな」と言い出すもんだから俺も鑑賞会に参加せざるを得なくなったのである。ちなみにその女優との合コンとやらがその後行われた事実はない。


芝田の住居はそう大きくはないが、割と綺麗なマンションであり、家賃を聞くと俺のボロアパートより少し高いだけで、何を良い物件を見つけとんのじゃボケがと芝田の部屋のドアを一発蹴ってやった。

室内は俺の部屋とそう変わらない広さであったが綺麗に整頓されており、それにまた少し腹が立って壁を一発蹴ってやった。さっきはバレなかったがこれはバレてしまい「おい蹴るな!」と怒鳴られた。だから隠れてもう一発軽く蹴ってやった。


そうしてお菓子をつつきながらの鑑賞会が始まる。ドラマが始まる三十分前に集められたかと思うと、なんと聞いていなかったが、前に初めてドラマに出たときの録画を見せてきやがったのである。金沢と声を合わせ「聞いてないぞ!」と怒鳴るのを芝田は無視する。腹が立ちながらも仕方なくテレビに目をやる。

そうして芝田が出てきた瞬間、俺と金沢は思わず噴き出してしまった。だって芝田である。あの芝田がテレビの中にいるのである。演技をしているのである。これほど不思議で面白い光景はないのである。そうして芝田が出ていた三十秒程の間ずっと腹を抱えて笑う俺らを見て芝田は不機嫌そうな顔をする。いつもの逆である。

そうして録画を見終え、時間になりドラマが始まる。元々真面目に見るつもりはなかったが、参ったもんでドラマ自体が普通に面白いもんだから三人共見入ってしまった。そうして一時間ドラマの三十分くらいが経過した頃、ついに芝田が登場した。そうしてその瞬間俺と金沢はまた手を叩いて笑った。やはりこれは面白い。そんでもってさっきの録画のときよりちゃんと少し演技が上手くなってるもんだからなんだかそれにも笑けてくる。芝田は不機嫌になり「もう帰れクソ共」とぼやいているが帰るわけにはいかない。だってこんなに面白いのだから。そうしてまた芝田が出ている一、二分の間俺らは笑い転げていた。そうしてドラマ終了後、「消え失せろ!」と怒鳴られ、二人揃って追い出された。マンションから出てもまだ俺と金沢は笑っていた。そうしてそのまま帰路に着く。

ドラマを見ているときは笑いすぎてよくわからなかったが、今思い出してみると芝田は中々演技が上手く、前より上手くなっていたところをみると、ああ見えて頑張ってはいるんだなと思ってしまった。俺も頑張らなければならぬ、なぞと思いながらも、今日はまだいいや、なんて心中で呟いた。


そうして梅雨が明け、夏本番になった。



八月。

外の蝉の声があまりにやかましく、一人、部屋で「んああもう!」なぞと言うばかりの日々の途中、浴衣美女を見るために花火大会に行くことにした。

三人で行こうと二人に日時付きのメールを送る。金沢はすぐに「無論、参る」と返信をよこしたが芝田からの返信が来ない。仕方なく電話をかけるも全然出ず、五回程かけたところでようやく出た。

「うるせえなあ、なんだよ」

「メール送ったろ、見たか?」

「え、ああ、まあ」

「なら返信よこせよ、来るよな」

「あ、いや、ちょっとその日用事あって無理なんだわ」

「女じゃねえだろうな」

「んなわけねえじゃん、へへっ」

その芝田の少しぎこちない喋り方に少し違和感を覚えたが仕方なく電話を切った。


そうして当日。夕暮れ時。

会場近くで待ち合わせ。すると遠くからえらく汗をかき、首にかけたタオルでそれを拭い続けるなんだか気持ちの悪い肉の塊が歩いてきた。間違いなく金沢である。金沢は俺の前に来るなり「ひいい、あちいい」なぞと喚くのであった。俺でもこれほど暑いのだからこの肉塊の金沢にとってはたまったものではないであろう。

花火開始までは一時間、しかし俺たちにとっては花火より浴衣美女である。俺たちのメインディッシュは既にそこらじゅうに歩いているはずである。俺たちは会場へと歩を進め始めた。


辺りには無数の屋台が出ており、そこらじゅうから良い匂いが漂っている。そうして横を歩く金沢の腹が大きく鳴る。

「まずなんか食うか」と俺が言うと金沢は満面の笑みになって頷いた。金沢の顔を見て、こんなにも間抜けな笑顔がこの世にあるのか!と俺は驚いた。

そうして食うものを決めて、二人で分かれてそれぞれ屋台に並んだ。そうして購入品を持ち寄り、人の少なめな道の端の地べたに汗だくの二人の男が座る。

たこ焼きやイカ焼き、フライドポテトやら焼きそば、ベビーカステラやらジュースやら。金沢はわかりやすくよだれをすすっている。無論、俺もよだれをすすっている。

そうして手を合わせ、食らい始める。無論、べらぼうに旨い。金沢の満面の笑みは相変わらず間抜けで汚らしいが、やはりこいつの物を食らっている姿は気持ちが良いものがある。余計に旨くなるような気さえする。今だけは浴衣美女より旨い飯である。二割くらいを俺が食べ、八割くらいを金沢が食らった。その頃には日はもう暮れて、花火開始まで三十分もない。思ったより時間まで食ってしまったなあ、なぞと先程の飯くらい上手いことを心中で呟きつつ、一番人で混雑するであろう場所の前まで歩いて行き、辺りを見渡す。

思っていたより浴衣を着ている人は少なく肩を落としかけたが、それでもやはりちらほらと居て、それを目で追うばかり。それに浴衣美女だけでなく、やはりこのクソあちい時期であるからえらく露出度の高い服を着たおなごもちらほらと見えてそれがまた素晴らしい。

まだ花火も始まっていないのに「これは素晴らしく良いものですなあ」なぞとほざく不審な男二人の姿がそこにはあるのだ。

花火がそろそろ始まるぞという頃、金沢が遠くを指差し、「あっちに集団の浴衣美女がいるぞおい!」と俺に言って人混みの中にその肉体をねじり込んで行く。まわりの人があからさまに嫌な顔をするのを気にする様子もなく、どんどん前に進んで行く。そうして俺も後に続く。いよいよその浴衣美女集団がしっかりと見えてきたぞという、その時であった。


俺の視界の横を、黒いミディアムヘアの白い肌をした女性が通り過ぎていく。そうしてすれ違う。俺は振り返りその姿を探す。そうして思わずそちらに歩を進めようとするが人混みに揉まれて上手く進めない。なんとか歩いていくがどれだけ進めど人混みは中々途切れない。そうしてある程度歩いたところで辺りを見渡しその姿を探す。でもあまりに人が多すぎて中々見つからない。

すると微かに俺の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえる。その声の元を必死に探す。でも辺りの喧騒にそれは消されていく。

突然、後ろから袖を引っ張られた。そうして振り向く。するとそこには彼女、泉さんの姿があり、彼女は泣きそうな、嬉しそうな、ホッとしたような、そんな可愛らしい顔で微笑み、「探しました」と言った。その時、彼女の後ろで大きな一発目の花火が咲いた。辺りから歓声が沸き上がり、遅れて彼女も花火の方へと目をやる。俺も彼女の横に行き、花火を見上げる。普段物静かな彼女も思わず「わあぁ、綺麗」と可愛らしい声で言っていた。花火に照らされた彼女の横顔がまた、愛おしく感じた。



一人、花火を見上げつつ、また過去の記憶の中の彼女のことを見ていた。

勿論どこにも彼女の姿はなく、俺は綺麗に輝く花火を見上げながらまた無駄に切なくなってしまった。

気でも違ったか、己に往復ビンタを喰らわし、頬に赤い花火を咲かせてやろうとしたが、直前で変に冷静になってやめた。



しばらくして電話が鳴った。携帯に表示された、俺が登録した名前は「金」。勿論金沢からである。そうして電話に出る。電話の向こうからも同じような喧騒が聞こえる。

「おい!浴衣美女集団行っちゃったぞ!もったいねえ!めっちゃ可愛くてエロかったのにい」

「すまんすまん、人に押し流されてしまった」

「まあ俺は見れたからいいよ、吉野今どこでんの?」

「人混み」

「それはだいたいわかってますわい、今ど、あ!」

急に電話が切れた。どうしたのかと首を傾げていると横から「ひいい、ちかれたあぁ」という間抜けな声が聞こえた。そこには見慣れた醜いデブ男が膝に手を置いてしんどそうにぜいぜい言っていた。


そうして俺らは未だ咲き続ける花火を無視して歩きだした。「もうちょっと女の子見たかったなあ」なぞと言いながらもその欲望よりも疲労が勝ってしまった金沢はもう体力の限界らしい。とりあえず人混みから出て休憩できるところに行こうと二人で歩いていたが、突然、後ろを歩く金沢が「あ、浴衣美...」という声を出した。なんだ?と俺が振り向くと金沢は少し先を指差す。俺はその指の先を見やる。

「あれって、」

そこには数人の男女の集団が花火を見上げており、おなごたちはみんな浴衣を着ている。しかし問題はそこではない。その浴衣を着たおなごの横には見覚えのある男の後ろ姿があった。そうして俺はその前の男に携帯で電話をかける。男は携帯をポケットから取り出し、俺からの電話をすぐにブツ切りし再びポケットに戻す。俺がまた電話をかけるも再びブツ切り。

俺たちはその背中に向かって歩を進め、そいつの肩を叩いた。

そいつ、そう、芝田は間抜けな顔で振り向き、俺と金沢の睨みつける顔を見た瞬間、「ぬわあ!?」と大間抜けな声を出した。一緒にいた男女のうちの男一人が「どうした?」と芝田に聞いたが芝田は「いや、なんでも...大丈夫。」とぎこちなく答えた。そうして芝田はなんたることか、なにもなかったかのように再び花火の方へと向き直る。俺は舌打ちをして、柴田の真後ろで再び電話をかける。芝田がビクッと体を震わせ、ポケットから携帯を出し、降参するかのように電話に出た。そうして俺は一言だけ言った。

「覚えとけよ、裏切り者」

電話を切り、俺と金沢は再び歩き出した。


後から聞き出した話であるが、芝田はその日、俺たちに嘘をついて、一緒に舞台をやっている仲間たちと花火を見に来ていたらしい。女も居ると言えば俺たちが怒るだろうと咄嗟に嘘をついてしまったらしいが、勿論俺たちはそんなことで怒る男ではない。友が女と出かけると言えばそれが決して浴衣美女であろうと「行ってこい!」と言って背中を押してやるに違いない。絶対にそうである!異議は受け付けん!

ちなみに芝田には後日、焼肉と風俗を奢らせた挙句、たくさんの子供が遊ぶ公園の滑り台で一時間遊び続けるという罰を与えた。子供に混じって子供の親たちに変な目で見られ続けながら、顔を真っ赤にして滑り台を滑り続ける芝田のその姿はあまりにも間抜けなものであり、俺と金沢はまたケラケラと笑っていた。勿論そんな俺たちも子供の親たちからは変な目で見られていた。



二人でかき氷を食べながら少々休憩し、その後金沢と解散した。

帰り道、急に雨が降り出した。傘も持っておらず、急いで既に閉まった後の店の屋根の下に潜り込み、雨宿り。

数分経っても雨はやむ様子はなく、どうしたものかと溜め息を吐きながら、携帯をいじる。そうしていつものように泉さんのSNSを覗き見る。すると泉さんのSNSアカウントに花火の写真が上がっていた。やはりあの時見たのは本当に彼女だったのかもしれない。彼女もあそこにいたのか、なんて思うと今からでも戻って探そうかとも思ったが無駄であろうとやめた。そうして今更になってまた「俺は待つ」なぞと呟いた。しかし、彼女は誰とあの花火を見ていたのであろうかと、そんなことを思いつつ、暇を潰すためにまた携帯をいじる。

そうしてとりあえずイヤホンをして携帯で適当に音楽を流した。

そうして俺の耳に流れだしたのは、野狐禅の「東京紅葉」であった。そうして竹原ピストルの声が歌い出す。






俺は俯き、ひたすらに雨に濡れた地面を睨み続けていた。そうするしかなかった。どうすることもできなかった。そうしてじきにまた溜め息を吐いた。

さっき己に往復ビンタを喰らわすことも出来ず、変に冷静になった自分を間抜けで馬鹿馬鹿しく思った。


しばらく、どうすることもできず、少しして雨がやんでからも俺は地面を睨みつけていた。

参ったことに、こんな時彼女が隣にいてくれたらなあ、なぞと思ってしまった。

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