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二十三
退屈な大学の講義は時間が長く感じてしまい、終わるまでの時間を何回も確認してしまうほどだった。ノートを取りながらも、関係のないことばかり考えてしまっている。
やっと、講義が終わり昼食を食べに食堂に行くと、いつもの待ち合わせの場所に座っている人たちがいた。
「遅い!」
「すいません。端っこの方の建物で抗議だったので」
「この大学何気に広いからな」
内田先輩と久地先輩はすでに、自分の昼食を食べ始めていた。
「そういえば、あれはうまくいっているのか?」
「はい。さすがに、もう何か月も経ちましたし。元々渡辺先輩とは三年間もありましたから」
「有彩すごいよね。大学でもバレーで大活躍だって」
「この前テレビにも出てたじゃねえか」
「インタビュー受けてましたね」
渡辺先輩は、大学のバレーで全国レベルの活躍をしている。テレビでも取り上げられたりもしている。知り合いがテレビに出ていて活躍しているのを見ると、なんだか自分まで誇らしくなってしまう。知り合いに有名人がいるのを自慢したがる人がよくいるが、今ではその気持ちもよくわかる。
持ってきたお弁当を広げながらそう答えると、俺のお弁当に内田先輩が箸を伸ばした。
「卵焼きいただき!」
内田先輩は卵焼きを一口で食べた。
「ちょっと先輩、自分のがあるじゃないですか」
「このお弁当は別腹だよ」
「俺のですけど」
諦めてお弁当を食べ始めると、俺のスマホの着信音が鳴った。
「もしもし」
「テルか?今日の夕方暇か?」
「一応大丈夫だけど」
「じゃあ、六時にいつもの居酒屋で」
電話が終わってお弁当を見ると、卵焼きがまた一つ減っていた。
「今の歩君?」
当然のごとく箸に卵焼きを持っている内田先輩が、俺にそう聞いてきた。
「そうですけど。先輩、言えばあげますからせめて一言言ってからにしてください」
「歩君、大学遠いのによく頑張ってるよね」
完全に俺を無視して、内田先輩は話を続けた。
「わざわざ都心の大学行かなくてもいいのにな」
「自分がやりたいことには必要条件だって言ってましたし、本人がやりたいことならしょうがないですよ」
その後も抗議のことや久地先輩の就活、進路のことについて話した俺たちは、昼休みギリギリまで食堂に居座っていた。
昼休みが終わると、内田先輩と久地先輩は講義があるからと急いで食堂を出ていった。午後の講義が最後の6時限目しかない俺は、暇をつぶしに図書館に向かった。
今日の講義が全て終わると、すぐさま駅に向かった。電車に乗ると、車内は空いていて座ることができた。
電車に揺られながらウトウトしていると、メールの着信音が鳴った。
【今日の晩御飯何がいい?】
【カレーがいい】
【わかった。帰りに自分の好きなルー買ってきて】
晩御飯の話をしていると、おなかが鳴り始めた。電車が付くにはまだ時間があり、手持ちに軽食もないため、空腹感がより一層増してきた。
駅に着くと、軽食を買うなどせずにすぐに待ち合わせの場所に向かった。
居酒屋の前に着くと、そこにはまだ歩の姿はないようだった。すでにじぶんが少し遅刻しているため、おかしいと思い店内を見ると、一番奥の席に歩が座っているのが見えた。
「お待たせ。遅れてごめん」
「先に飲んでたからいいよ」
歩はすでに顔が赤くなり始めている。俺も一杯のビールだけ注文した。
「で、なんの呼び出しだよこれ」
「いやな、沙織さんがたまには直接会えって」
「姉さん、元気にしてる?」
「仕事は大変そうだけどな。元気にはしてる」
「もう二年か?」
「二年と半年」
歩は、今は姉さんと付き合い同棲もしている。大学のことで姉さんに色々お世話になったこともあるのと、実は昔から好きだったらしい。友達が姉さんと付き合っているのは少し不思議な感覚だが、歩なら安心して姉さんを任せられるし、姉さんも今回は長く付き合うことができている。
「そっちはどうなんだよ」
「どうって言われてもね」
俺はビールを飲みながら、曖昧に答えた。
「実際、うまくいっているかは分かんないもんだよ」
「でも、幸せだろ?」
「まあな」
「なら、大丈夫そうだな」
歩は焼き鳥をほおばり、残りのビールを一気に飲んだ。
「すいません!お会計お願いします!」
歩に自分の分の料金を渡して先に外に出ると、外は寒く上着を着ないと風邪をひいてしまいそうなくらいだった。
「よし!じゃあ、帰るか」
歩は少しふらふらしながら駅の方に向かった。それを改札まで見届けると、俺は自分の家に向かった。
しかし、ここは二年前まで住んでいた町ではない。最近になってやっと見慣れてきた街並みの中を進んでいくと、一見のスーパーが見えてきた。
そこで自分のお気に入りの辛口のカレールーを買った。スーパーのビニール袋片手に歩くと、息が白くなるのに気づいた。
「もうそんなに寒くなってきたのか」
独り言をつぶやくと。俺は歩くスピードを少し上げた。
数分すると、スマホの着信音が鳴った。画面を見ると、そこには姉さんと映っていた。
「もしもし」
「歩君もうそっち出た?」
「さっき出たけど。どうしたの?」
「メールの返信がないから、心配になって」
「多分。電車の中で寝てるんじゃない?」
姉さんの過保護の対象は、今となっては歩に移ってしまっている。歩はそれをたまに注意しながらも、うまく付き合っている。
「そういえば、今年は父さん年末家にいるみたいだから、全員集まろうって母さん言ってたよ」
「わかった。じゃあ、今年もみんなで集まって食べに行ってからにしよう」
毎年俺たちは、年末に集まって忘年会をしている。俺に歩に、久地先輩、内田先輩、渡辺先輩、姉さん、小林先生で集まっている。
このメンバーは、俺と内田先輩と久地先輩以外はバラバラになってしまったけれど、関係はいまだに続いている。
「そういえば。今思い出したけど、姉さん」
「ん?」
「小林先生のこと使ってたでしょ?」
「あ、バレた?」
小林先生は、実は姉さんの担任だった。だから、もしかしてと思って聞いてみたら案の定、俺が同じ高校に入るからと言って、特別目をかけてもらうようお願いしていたらしい。しかし、担任も授業も、小林先生が俺の担当をすることはなく、天文部に入ってやっと出会えたというわけだったらしい。さすがに、高校を卒業してからは、そんなことはしていないと言っていた。
天文部の合宿の最終日に温泉に行ったとき、帰る前に電話していた相手は姉さんだったらしい。小林先生も俺たちの状況に感づいて、姉さんに報告をしていたらしい。その後からずっと俺のことについて、定期的に話していたということだった。
「やめろって言ったでしょ」
「やめるとは言ってないはず」
「んなバカな」
「気づかなかったなんて、まだまだね」
姉さんには、まだまだ敵いそうにない。こんな姉を持ってしまったことを、早めに諦めるとしよう。
「ちなみに、今の大学じゃそんなことしてないよな?」
「してないよ。一応、一度説教されてからは新しく人を巻き込んだりはしてないから」
「初めからそうしてほしかった」
「あ、そろそろ切るね。バイバイ!」
逃げやがった。でも、久しぶりに姉さんの声が聞けて良かった。これで喜んでるくらいだから、俺もまだシスコンかもしれないな。
電話をしながら歩いていたから、いつの間にか家の近くまで着てきた。最後の曲がり角を曲がると、自分の住んでいるアパートが見えてきた。
窓から室内の明かりが見えていて、中からテレビの音がする。
階段を上がって二階の自分の部屋の前に着くと、中から鼻歌が聞こえた。
「ただいまー」
ドアを開けると、食材のにおいがした。
「はいこれ。辛口のカレールー」
買ってきたカレールーをテーブルに置くと、キッチンの方を向いた。
「おかえり」
疲れた俺は、カレーが出来上がるまでソファに横になってテレビを見ていた。
カレーはすぐに出来上がり、空腹だった俺は数分でそれを完食した。自分の皿を下げて洗い、またソファに横になった。
部屋にはまだカレーのにおいが残っていた。テレビでは、最近人気のお笑い芸人がコントをしている。なんとなく気分じゃなく、チャンネルを変えてドラマを流し始める。
疲れがたまっているのか、だんだんと瞼が落ちてきている。
高校の一年目のことを思い出していた。入ってすぐに部活を辞め、その後内田先輩と出会ってからは転々と物事は進み、天文部に入部していた。その後も何かと忙しく、部室にはほぼ毎日通って、その日来た人たちと駄弁っていた。
「すぐ横になると、太るよ」
「大丈夫だよ」
「そんなこと言って、太っても知らないからね」
そう言って横になっている俺の上に座ると、俺の横腹をつねった。
「痛いって。わかったよ、起きるよ」
起き上がると、ソファに二人でくっついて座った。左肩に頭一個分の重みがかかる。逆側の肩を手で抱き寄せると、顔の距離も近くなった。
「なあ」
「なに?」
「ありがとう。有彩」




