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第九話 異形のスライム


「なんじゃありゃ?」と言った村人の気持ちが、その生物を視認したシアにはよく分かった。


 数秒ごとに赤、青、黄と全身の色が順番に変化し、ゲル状の身体をくねらせて前進してくる人間よりもずっと大きな生き物。

 たしかにこの姿を見れば、大抵の人間の第一声は「なんじゃありゃ?」になってしまうだろう。


「あれは……話に聞くスライムか? 見るのは初めてだが、あんなかいな魔物だったとは」


 シアの傍にいた村人が、呆けたように首を傾げる。


「みなさんっ。気を付けて下さい。あれはただのスライムではありません。おそらく、スライムの希少種……あるいは変異種です。不用意に近づけば、どうなるか分かりませんっ」


 ハッとしたようなルーテルの声を受けて、村人たちが警戒するようにスライムから後退あとずさった。

 しかしそんな村人たちとは裏腹に、片手で数える程度に数を減らされていたゴブリンは逃げるチャンスと見たらしい。

 繰り返し変色しながらもぞもぞと動くスライムの少し離れた場所を通り、一匹のゴブリンが森へ向かって駆け出した。


 その瞬間――スライムが動いた。


『グブゥっ?』


 人間の歩幅で五歩は優に離れていたゴブリンの元へ弾かれるようにして到達し、全身で丸のみにしてしまう。

 大きなその身体に見合わない俊敏な動きに呆気に取られていたシアたちの前で、スライムは二、三度身体を揺する。

 そして口と思しき所から吐き出したのは、ゴブリンの形をしたであった。

 つまりわずか数秒で、ゴブリンの肉を溶かしきってしまったのだ。


「ひっ! ば、化け物だっ!」


 ゴブリン相手には耐性のあった村人たちも、こんなわけのわからないスライムには恐怖しか覚えなかったのだろう。

 皆一様に怯えを顔に滲ませる。


「……そうか。このスライムが現れたから、ゴブリンたちは森から逃げ出してきたわけか」


 一人、冷静にスライムの動きを観察していたルーテルが、スライムから視線を逸らさず村人に告げる。


「落ち着いてくださいっ! あのスライムは素早い。できるだけ距離を取って決して近づかないようにっ。そして子どもたちは村に戻りなさいっ! あれは、ゴブリンを相手にするのとは全く違うっ」


 ルーテルの言葉を受け、村の大人たちが少年たちを庇うかのように前へ出て武器を構える。その隙に、シアたちに「逃げろ」ということなのだろう。

 子どもたちはおののきながらも、ゴブリン討伐に日頃から参加しているのか本能的に身体を動かし、スライムから離れて大人たちの後ろに回る。

 反応が遅れてしまい、一瞬だけ棒立ちとなってしまったシアも慌てて皆の後に続こうとして――。


「あうっ!」


 っと、シアの近くで同じように駆け出そうとした少年の一人が、よほど慌てたのか転倒して小さな悲鳴を上げた。


――それに、異色のスライムが反応する。


「くそっ! 子どもを守れっ!」


 大人たちは引き攣った顔で少年へと猛烈な勢いで突進するスライムの前に立ちはだかるが、おそらくその行動は死を覚悟してのものだろう。


 ゴブリンとは違い、人間よりも大きなゲル状のスライムを相手に、剣や棍棒がまともに通用するとは思えない。仮に通用しても、一撃で倒せるはずがない。

 子どもを庇った大人たちに待っているのは、スライムに呑み込まれ溶かされる未来だろう。


「――下がってっ! 『障壁シールド』っ!!」


 迫り来るスライムの前に立ちはだかり、子どもを庇った大人たちをさらに庇うかのようにルーテルが前に立つ。

 そしてかざした両掌から、半透明の大きな壁を創り出した。


――その壁に、スライムの巨体が衝突する。


「ぐっ――」


 途端、ルーテルは苦しそうな表情を浮かべて歯を食いしばり、彼女が生み出した障壁は今にも壊れそうなほどきしんだ。


「冒険者さんっ!」

「さ、下がってっ! もう、あまりたもてない――早く避難をっ!」

「あ、ああ」


 叫ぶようなルーテルの声を受け、村の大人たちが腰を抜かせていた少年を抱え上げてその場を離脱する。

 その行動は、やはり場馴れしている村人たちによって素早く行われた。しかし、そのわずかな時間を稼ぎ出すのに全てを使い果たした障壁は、ルーテルが逃げる猶予ゆうよもなく決壊。

 無理やり障壁が壊されたことにより衝撃を受けたルーテルは、その場に尻餅をつき、そんな彼女にスライムが容赦なく突進する。


「ちょ、あ――っああぁぁぁぁっ!」


 その時まで間近でただ茫然と見ていたシアの身体は考える間もなく動き、尻餅をつくルーテルの前に大声を上げ両手を広げて立ちはだかって――。


「え、シア君……」


――次の瞬間、シアは一瞬でスライムの中に呑み込まれたのだった。



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