第七話 街の冒険者
シアの住む村に冒険者が来たのは翌日のことだった。
そして偶然にも、その冒険者を取り次いだのは村の入口付近にいたシアであった。彼が日課である走り込みをしている時に、ちょうど街の方からやってきたのだ。
「君、少しいいかな?」
シアに声を掛けてきた冒険者は、皮鎧に身を包んだ妙齢の娘であった。
おそらくは二十歳には達していまい。シアよりも三つか四つくらい上なだけだろう。
眼が切れ長の美人ながら、冒険者らしく凛とした雰囲気を漂わせている。髪が黒いことも相まって、シアにはなんだか引き締まった印象を受けた。
「う、あ、はい」
村では見ないような美人に話しかけられたじろぎながら、それでもシアは逃げ出さずに頷いた。緊張で顔は直視できないが、その冒険者が微笑んでいることは何となく分かった。
「私は冒険者のルーテル。この村の長は私の母の父親――つまり私の祖父でね。悪いけど、村長のところまで案内して欲しいんだ」
「あ、し、シアって言います。あ、あなたが村長のお知り合いの……は、はい。こ、こっちです」
「悪いね。祖父とは幼い頃に一度会ったっきりで、この村にも来たことがあるんだけれどよく覚えていないんだ」
「へぇ、そうなんですか……よく、この村に来てくれましたね」
「ああ、手紙のやりとりは母を通じてよくしているからね」
村長のところまで誘導しつつ、ルーテルが話しかけてきたので相槌を打ちながら会話をするシア。
こんな美人と会話するのは生まれて初めてのことで、歩きながらずっと胸がどきどきしっぱなしだった。
(こんなに俺に話しかけてくれるなんて、この人、お、俺に気があるんじゃないかな?)
なんてお馬鹿な妄想を繰り返しては自分で否定し、(いや、でもやっぱり――)なんて下らない問答を何度も何度も顔には出さず行っていた。
思春期丸出しのシアであった。
「る、ルーテルさんの冒険者ランクはいくつなんですか?」
「この前Bランクになったところだよ」
「Bっ! その若さで……すごい」
素直にシアは感心してしまう。
なにせBランクと言えば、才能がない者には決して到達しえない冒険者の高みである。そこまで至れば、その上は大陸でも両手で数えられる程度にしかいないAランクのみなのだ。
「ふふ。私は十四くらいから冒険者をしているからね。今は十八だから……大体四年間だね。まぁ、苦労もしたぶん、それなりに強くなったとは思うよ」
「十四……今の自分よりも若い頃から」
シアもいずれは冒険者になりたいと考えている。大成するためには、もしや今すぐにでも村を出て冒険者登録しなければならないのかもしれない。
そんな風に考えを巡らしたシアに気付いたように、ルーテルは不思議そうに首を傾げた。
「おや? 君も冒険者になりたいのかい?」
「……はい」
「そうか。うーん、私が言うのもなんだけれど、やはり女が冒険者になるのはなかなか難しいよ」
「はい……はい?」
「まず、冒険者は圧倒的に男が多いからね、そこで大抵の女性は躓くんだ。なかなか溶け込めなくてね。かくいう私も駆け出しのころは偏見や差別に苦労したり枕を濡らしたりしたが、それをバネにここまで来たんだ。だから君の夢を無謀だと笑う気はないが、けれど苦労することだけは覚悟しておくといい。それだけは同性の先輩として言わせてくれ、シアちゃん」
清々しく良い顔でアドバイスしてくれたルーテルに、しかしシアは気まずい思いで目を逸らした。
「うん?」
「あの、俺……男です」
「へっ?」
「シアちゃんじゃなくて、シア君です……」
羞恥心で消えてしまいたくなりながらも、シアは声を絞り出して間違いを訂正した。
好意を寄せられる以前に、そもそも異性として見られていなかった。シアの好い気な妄想は、この厳然たる事実の前に弾け飛んだ。
「あ……すまなかった。可愛らしい容姿と『シア』と言う名前ですっかり勘違いしてしまった。申し訳ない」
シアが落ち込んでしまったことに気付いたのか、ルーテルは深々と頭を下げて謝罪してきた。
まさか会ったばかりの冒険者がこれほどまで丁寧に謝ってくるとは思わず、シアは手と首を横に振って慌てて顔を上げさせる。
「い、いいんですっ! よく間違われるし……はは。俺なんて、本当に男らしくなくて……へへ」
「いや、その……すまない」
「はは、はは……あの、村長のところへ行きましょうか」
「……ああ」
結局ルーテルは居た堪れなくなってしまったのか一言も発さなくなり、シアもなかなか口を開けず無心で道案内に徹することにした。
そうして村の中をしばらく歩き、
「つ、つきました……ここが村長の家です」
「そうか。後は自分で何とかするとしよう。ここまで連れて来てくれてありがとう」
「あ……」
村で一際大きな村長の屋敷まで案内し終えたシアに礼を言うと、ルーテルは振り返ることなく門をくぐってしまう。
(うぅ……もう少しお話したかった)
その背中を見送り、こんなことなら男であることを隠しておけばよかったと、強く後悔するシアであった。