第六話 少年と決意
――村の外れの雑木林にゴブリンが巣を作った。
そんな話がシアの耳に届いたのは、彼が十五歳の誕生日を迎えた三日後のことであった。
「ゴブリンか。規模は?」
振り回していた木の棒を下し、シアは話を持ってきたヨシュアに問いかける。すると、ぶっきら棒な弟は肩を軽く竦めて見せた。
「さぁ知らね。けど今回は、一年前よりも数が多いんだと」
「一年前? あの時もけっこういたはずだよな? それよりも多いとなると五十はいるのか……」
「なに? ビビってるわけ?」
「び、ビビってねぇーよっ!」
ヨシュアに侮られては堪らない。即座に言い返したシアではあるが、本音を言えばやはり怖い。
三日前であれば「魔物なんて大したことはない」と蛮勇を発揮できたかもしれないが、彼は出会ってしまった――上級の魔物に。
あの『黒獅子』と遭遇し、魔物の怖ろしさを垣間見たシアには、たとえ相手がゴブリンであっても今や怖ろしいと思えてしまう。
「俺は多分、また討伐隊に参加させられると思うわ。面倒くせぇ」
「はぁ? えっと、じゃあ俺も……俺も今回こそは参加させてもらうぞっ!」
「兄貴が? 無理だろう」
空元気で意気込んで見せたシアに、ヨシュアはキョトンとした顔でバッサリと切り捨てる。
せめて馬鹿にするような表情の一つでも浮かべてくれていたならまだしも、彼に浮かんでいるのは完全に虚を突かれたような表情だ。つまり、ヨシュアにはシアを馬鹿にする意図なんてなく、純粋に本心から「無理だ」と言っているに過ぎない。
「お、俺だって、この一年間でたくさん修行して強くなったんだ。ゴブリンなんてへっちゃらさ」
「けど、姿も見たことねぇーんだろう? 怪我するだけだから、やめておいたほうがいいぜ」
「ぐっ……」
「それに、ゴブリンは人間の女を攫うってんで有名だ。兄貴も女だと勘違いして攫われちまうかもな」
「て、てめぇっ! 馬鹿にすんじゃねぇっ!」
持っていた木の棒を振り上げ、「えいやっ」と振り下ろすも、ヨシュアはシアの動きを予想していたかのように軽く避けてしまった。
「危ないな。無手の人間に何すんだよ」
「あ、ごめっ……けど、お前ならどうせあっさり躱すと思ったんだよ」
「兄貴……自分で言ってて悲しくならねぇーか?」
眉を顰めたヨシュアだったが、シアの謝罪を受けて憐れむような視線を向けてくる。やはり当たってしまえばよかったのだ。
「おーい、ヨシュアっ!」
シアがヨシュアへ恨みがましい視線を送っていると、その弟の名を呼びながら馴染の少年が勢い良く駆けてきた。
「うん、どうしたんだ?」
「聞いたか、ヨシュア? 村の外れに――」
「ゴブリンが出たんだろう? もう聞いた」
話を持ってきた少年にヨシュアが鼻で笑いながら先回りして答えれば、少年はぶんぶんと首を横にする。
「ちげぇーよっ! 村の外れにゴブリンが出たから、村長が里の外から冒険者を呼んだんだ。どうやら助っ人になって貰うらしい」
「冒険者? 相手はたかがゴブリンだろう? なんだってまたそんな……」
「なんでも近くの街に、村長の知り合いの冒険者が来てるらしいんだ。冒険者組合で依頼を通さず、格安で依頼を受けてくれるんだと」
「へぇー。まぁ、冒険者が手を貸してくれるってんなら助かるわな」
ヨシュアは少年の言葉に、一応は納得したように小さく頷いた。
そんな二人の話に割って入り、冒険者という言葉に興味を覚えたシアは少年に声を掛けた。
「なぁ。その冒険者ってどんな人なんだ?」
「さぁ、知らねぇ。まだ村に到着してないしな。なに? シア兄ちゃんも興味あんの?」
「え? あ、ああ……」
ヨシュアと同い年の少年は、年上であるシアに侮るような視線を向け、嘲笑うかのように口の端を吊り上げた。
「もしかして冒険者になりたいとか? 無理無理、無理だって。ヨシュアどころか俺にも勝てないなんて、才能ないにもほどがあるって」
「な、なんだとっ!」
木の棒を振り上げて見せたシアに、少年は笑みを浮かべたまま後退った。
「おお、怖い怖い。まっ、冒険者は色々仕事あるしな。弱っちぃシア兄ちゃんにもできることあるかも……薬草採取とか?」
「このっ! 失せろっ!」
「ははっ! じゃあな、ヨシュア。また、あとで遊ぼうぜ」
「おう」
シアの威嚇に恐れをなしたわけではないのだろうが、少年は来た時と同じように駆けて行った。
それを見送り、シアは改めて決心する。
(どいつもこいつも馬鹿にして……よーし、見てろよ? 今回はゴブリン退治に同行して、絶対あいつらをぎゃふんと言わせてやるっ!)
木の棒を強く握りしめるシアに、背後からその様子を見ていたヨシュアが醒めたような声を出した。
「兄貴、また無謀なこと考えてんじゃねぇーだろうな」
「う、うっさいなぁっ! とにかく、俺ももう十五なんだ。本来ならゴブリンの討伐隊に参加させられてもおかしくない歳だろう?」
「……本来なら、な。兄貴は同年代や年下の俺たちより弱いし、大人たちも気を遣ってんだよ。察してやれよ」
「それが余計だってんだよっ! 俺だって、ずっと鍛えてきたんだ。今回こそ、今回こそは引き下がれるかっ!」
いつになく強い口調のシアに、彼の本気を感じ取ったのだろう。ヨシュアは肩を竦め「勝手にしろよ」とだけ呟いて、畑の方へ歩いて行く。
「……なんだよ、あいつ。ああ、勝手にさせてもらうってのっ」
シアは去って行ったヨシュアに舌を出し、それから籠を背負って山菜取りと日課の修行ため、山へ向かうことにした。