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第五話 変わらない世界


 それから覚束おぼつかない足取りで背負しょい籠と木の棒を身に着け下山したシアは、辺りが暗くなり始めた頃に家へ辿り着くことができた。


「遅いぞシアっ! いったい、こんな時間までどこをほっつき歩いていたんだ?」


 帰るや否や、木こりである父親にそうドヤされてしまい、シアは思わず身をすくめた。


「ど、どこって……山にいたんだよ。山菜を採って来たんだ」

「それにしたって遅いじゃないか。まさか、山で迷ったのか?」


 口籠りながら答えたシアに、呆れた顔で父親が言う。弟のヨシュアと比べて出来の悪いシアを、父親が好意的に思っていないことは明白だ。この時も、あからさまに侮蔑するような目をしてシアを見ていた。


「じ、実は山に魔物が出て……戦ってたら遅くなったんだ」

「魔物? なんだ? ゴブリンでも出たのか?」

「いや……多分、『黒獅子ディープ・ティガ』だと思うんだけど」

「『『黒獅子』』? 『黒獅子』って、あの魔獣系でも危険度の高い魔物のことか」

「あ、ああ」

「――馬鹿かお前。言い訳をするなら、もう少し現実味のあることを言え」


 シアの言葉に一拍の間を開け、父親は首を横に振って肩を竦めた。「どうしようもない」と言わんばかりの反応だ。


「ほ、本当なんだよっ! 信じてくれよっ!」

「あのなぁ? それが本当なら、お前が生きてここにいるわけないだろう。『黒獅子』が満腹だったにしろ、お前を殺さない理由がないんだから……それとも、話に聞くあんな魔獣から、走って逃げてきたとでも言うのか? いくらお前の逃げ足がそれなりだからって、信じられると思うか?」

「いや、そうじゃなくて――」


 父の呆れ顔に、シアは思わず山で起こったことをありのまま話そうとした。

 しかしよく考えてみれば、いや、考えるまでもなく信じてもらえるはずもない。シアだって未だに信じられないのだ。

 まさか『黒獅子』が、勝手にシアを襲ってほとんど自滅のような最期を迎えただなんて……。

 そんなこと、目の当たりにしなければ父親はおろか、シアだって到底信じなかったはずだ。


「……」

「ちっ……ふぅ、もういい。採って来た山菜でも使って早く夕飯を作れ」

「……わかった」


 結局何も言えなかったシアは、悔しくて零れ落ちそうになった涙を何とか堪えて家へと入る。父親に言われた通り、食事の支度を始めるのだ。


「おう、兄貴。帰ったんだな」

「……ああ」


 居間へ行くと、寝そべっていたヨシュアが面倒くさそうに出迎えてくれた。無論だが、シアの炊事を手伝う気はなさそうだ。


「なんだよ。お前も暇なら夕飯くらい作っておいてくれよ」

「はぁ、冗談だろう? 俺も父ちゃんも畑仕事や力仕事で草臥くたびれてんだよ。兄貴はせめて夕飯くらい作ってくれないと」

「……はいはい。お前に期待した俺が馬鹿だった。今日も保存してた肉と山で採って来た山菜くらいしか出せないからな」

「別に何でもいいよ。作ってくれれば文句は言わねぇー」


 相変わらず、食に頓着しない性格なのは助かるが、それなら勝手にそこら辺の草でもかじっていればいいのだ。シアは山菜を採り剣の修行をした肉体的な疲れと、何より『黒獅子』に襲われた精神的な疲労を押し殺しながらも夕飯を用意する。


「いただきます」

「なんだ、今日も干し肉と山菜か」


 前言通り、出された食事を文句も言わず食べ始めるヨシュアとは対照的に、父親はうんざりした顔でフォークを手にした。


「文句あるなら喰うなよ」


 シアの言葉など無視して、ぶつぶつ言いながらも食べ始める父親。彼だって、この家には食材らしきものなどないことは分かり切っているのだ。


「……いただきます」


 シアも食事に取り掛かり、男三人の間にはいつものように重苦しい沈黙が舞い降りる。

 流行り病でシアが十二の頃に母親が亡くなって以来、この家の食事はいつもこうだった。団欒だんらんや和気藹々(わきあいあい)なんて程遠く、悲しいくらい冷え切っている。


「――ごちそうさま」


 結局、シアがその言葉を口にするまで誰もが無言で、その後も誰かが話すことなど一度もなかった。

 当然、今日シアが鑑定してもらったスキルの話題をする者はおろか、シアの十五の誕生日を祝う者など誰もいない。


(そうか。色々あって忘れていたけど、今日は俺の誕生日だったな……)


 寝るために横になったその瞬間、シア自身もそのことをようやく思い出し――そして悲しくなった。

 誰にも祝われなかったのが悲しかったわけではない。

 ただ、誰にも祝われないことに慣れてしまった自分が――こんな現実を当然だと受け入れてしまっている自分自身が悲しかった。


 大陸の片隅で今日、シアは十五歳になった。

 そのどうしようもなくちっぽけな事実は、世界を動かすことはない。



 そう、今はまだ――。





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