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第三話 死との遭遇


 一人で呪い師の老婆の元から戻って来たシアを、家の近くで農作業をしていた弟のヨシュアが見つけ近寄って来た。


「よぉ、兄貴。鑑定してもらえたのか?」

「……あ、ああ。まぁな」

「で? スキルはなんだった?」

「そ、それが……」


 明らかに歯切れの悪いシアにヨシュアは眉をひそめた視線を向け、得心がいったように頷いた。


「ああ、なるほど。スキル、なかったんだな?」

「え? あぁ? そんなわけないだろうっ! ちゃんとあったわっ!」

「へぇ? じゃあなんだったんだ?」

「う……べ、別に言うほどのものじゃなかった」

「ふーん。やっぱりなかったんだな。それか、口にするのも嫌なほどのへぼなスキルか」

「なっ!」


 あんまりな言われように思わず声を荒らげかけたシアだったが、否定できずに黙り込んだ。シアのその様子に、ヨシュアはあからさまに興味を失ったような顔をして畑へと戻っていく。

 結局、スキルを告げても告げなくても、シアはどこまでも無様だった。


「……山菜でも取りに行くか」


 弟が畑の世話をしてくれているので、シアは少しでも夕食の足しを取ろうと山へ向かうことにした。

 村外れにある山はそれなりに険しく、足腰を鍛えるのには丁度いいのだ。そのうえ木の棒を持って行けば、木を叩いて剣の修行もできる。


 シアは家に戻り背負しょい籠と木の棒を身に着けると、気持ちを新たに山へと向かった。




「っと、こんなもんでいいかな?」


 山に入り数時間、ある程度の山菜を集めて満足したシアは背負い籠を置いて剣の修行をすることにした。

 まずは軽く素振りをして、頑丈な木に木の棒を打ち付け続けるのだ。それが山に入った際のシアの修行方法になっていた。


「……4995、4996、4997、4998、4999――5000。ふぃー、こんなもんかな」


 取りあえず五千回、上段から木の棒を振り下ろし続けたシアは薄く額から流れてきた汗を拭い、近くにあった木へと視線を移す。

 マライの木と呼ばれる種だ。


 マライの木は強度があり、なおかつ木の棒を打ち付けても棒や手首に過度な衝撃のない弾力を有している。

 昔から戦士や騎士などに剣の鍛錬ではよく利用される木なのだ。


「よーし、取りあえず色々とやってみるか……」


 今日、呪い師の老婆に教えられたばかりの『聖剣』スキルとやらを試してみることにした。といっても、現状は『聖剣』スキルで何ができるのか全く分からない為、まずはスキルの効能をたしかめる必要がある。


(……『聖剣』スキルっていうくらいだから、俺が振るう剣が聖剣になったりするのか?)


 安易にそう考え、物は試しと力を込めてマライの木を打ち付けてみる。

 だが乾いた音がして木の棒は跳ね返され、特に変わった様子もない。無論、マライの木が倒れることもないし、頑丈な幹には傷一つ付いていない。

 そもそも力を込めただけで木の棒が聖剣になるのであれば、これまでのシアは何だったというのか。そんな上手い話はないのだ。


「うーん、やっぱり違うか」


(聖剣と言えば、英雄やそれこそ剣聖が持ってる剣だよなぁ? なんでも神が強い魔物を倒すために勇者に与えた聖なる剣――だったっけ?)


 自慢ではないが、シアにはそれほど学はない。

 字もあまり読めないし、村にまともな教師などいないため、歴史や神話などの勉強もまともにしたことはなかった。

 武勇伝や英雄譚などは大人たちが寝物語に聞かせてくれるため幼い頃から知っているが、それらの主題はいつだって剣聖や英雄であって聖剣ではない。そのため、あまり聖剣に関する逸話や伝承は聞いたことがないのだ。


「もしかして、声を出しながら剣を振ってみるとか? いや、まさかなぁ……喰らえっ聖剣っ!」


 シアは叫びながら木の棒をマライの木へと強かに打ち付けた。

 だが、何の効果もない。


「……そりゃあ、聖剣っ! おらっ、聖剣っ! てやっ聖剣っ! なんでだよ、聖剣……」


 叫び、振るい、けれど何の効果も見られず――シアはがっくりと肩を落とした。


「なんだよ……どうすればこのスキルは使えるんだ? それとも――」


 心の中に受かんだ「やっぱり駄目スキルなのか?」という疑問は、口に出さずに呑み込んだ。

 それを口に出してしまえば、本当にそうなってしまいそうで怖かったのだ。周囲からいつも「落ちこぼれ」や「駄目女男」なんて罵られていた自分のように、そんな言葉で本当に駄目スキルになってしまうような気がした。

 実際のところ、最初から望みのない使えないスキルなのかもしれない。けれどせめてスキルの効果が分かるまでは、シアは自分を――自分のスキルを信じたかったのだ。


「……よし、もう一回だ。何としてでも今日中に――あれ?」


 再び身を起こして木の棒を構えたシアはその時、何とも言えない違和感を覚えて硬直した。

 何か、何だか胸騒ぎがするのだ。


「鳥が……いない?」


 いや、実際にいないわけではないのだろう。だが、シアが木の棒をマライの木へ打ち付けた時も叫びにも似た声を上げた時も、鳥たちは鳴くことも羽搏くこともなかった。

 こんなことは通常では考えられない。普段であれば何もしなくても、山の木々からは鳥たちの声がやかましいほど聞こえているのだから。当然、シアが木の傍で騒げば飛び立って逃げ出していくはずだ。

 なのにこの状況……。


 少しでも動いて何者かの注意を引くことを怖れるかのように、息を潜めやり過ごそうとしているようだ。

 こんな事態は初めてだった。


「どうしたって言うんだ? 一体、なにが……」


 緊張感が漂う辺りの雰囲気に呑まれながらも、シアは木の棒を強く握りしめ周囲を見回す。

 そして彼は見つけてしまった。


 少し離れた場所にある一本の大木。

 その幹からわずかに身体を出してこちらを窺う、大きな――とても大きな黒い獅子のような生き物を。




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