第二話 スキル『聖剣』
翌日。
誕生日を迎えたシアは、スキルを鑑定してもらうため呪い師の元へと赴いた。彼が呪い師の屋敷にある一室の前で待たされていると、部屋の中から声がかかる。
「――では、シア。ここに来なさい」
「……はい」
名前を呼ばれたシアは、部屋に入って外套を纏った怪し気な老婆の前へと進み出た。この村に古くからいる、呪い師の老婆である。彼女こそが村で唯一、所持しているスキルの鑑定ができる存在なのだ。
老婆はシアを食い入るように見つめた後、そうして手を差し出してくるように言った。
「ふむ……どうやら何らかのスキルは有しているようだね」
「――えっ! 本当ですか?」
老婆の言葉に大きな声で喜んだシアを睨むように見上げ、老婆はこちらの腕を強く掴んだ。
「いてっ」
「うるさい小娘だねぇ」
「お、俺は男ですっ! 間違わないくださいっ!」
「はぁん? そうだったかい。じゃあ、うるさい小僧だ。ちょっと集中するから、その口を閉じておきな」
「……」
呪い師に言われ、シアは仏頂面で口を閉じる。
前からいけ好かない老婆だと思っていたが、まさか未だに人の性別を勘違いしていたとは。少し耄碌しているんじゃないだろうか? シアは内心で目の前の胡散臭い老婆へ舌を出して見せる。
「……今あんた、私に失礼なことを思わなかったかい?」
「い、いえっ! 滅相もない」
じろりと鋭い視線に晒され、シアはすぐさま首を横に振った。やはり呪い師だけあって、人の心を読むことができるのだろうか?
少し心臓が体内で跳ね上がったような気がした。
「ふーむ……なるほど。わかったよ、あんたのスキル」
「な、なんですか?」
(頼む、頼む。『剣聖』スキル来い。『剣聖』スキル来てくれ! 『剣聖』『剣聖』『剣聖』『剣聖』『剣聖』『剣聖』『剣聖』『剣聖』!!)
「――あんたは『聖剣』スキルを所持しているようだね」
「えっ? ほ、本当に? 本当に『剣聖』スキルを所持してるんですか? や、やったっ!」
ずっと心の中で強く祈っていたスキルを告げられたような気がして、シアは喜び勇んで舞い上がってしまう。そんな彼に老婆は呆れた視線を送り、小馬鹿にしたように肩を竦めた。
「待ちな。誰が『剣聖』スキルだなんて言った? 『聖剣』だよ。『聖剣』スキル」
「……え? 『剣聖』でしょ?」
「いや、だから『聖剣』スキルだって」
何度も確認したが、しかし老婆の言葉が覆ることはなかった。シアが所持しているスキルは、どうやら英雄たちが持つとして有名な『剣聖』スキルではなく、聞いたこともない『聖剣』スキルとやららしかった。
「あ、あの呪い師様……『聖剣』スキルって何ですか?」
「さぁね。そんなの私だって知らないよ。長い間村人たちを鑑定してきたけど、そんな妙なスキルは聞いたことがないからね。自分でどんなスキルかは調べるんだよ」
「そ、そんなぁ……」
絶頂の真っただ中にいたにも関わらず、誰かにそこから絶望へと蹴落とされたような気持ちとなった。
シアは『剣聖』スキルが欲しかったのだ。字面は似ていても、『聖剣』スキルなんてマイナーなスキル、どのみち大した能力ではないのだろう。
現にシアは、ちっとも強くなれないではないか。
生まれた時から『聖剣』スキルとやらを持っているのだ。仮にこのスキルで強くなれるのであれば、あれだけ修行して年下連中相手に軽くあしらわれてしまうシアなんて存在しないはずだ。
つまり、このスキルに剣の腕を上昇させる効果などないのだ。
いや心の奥底では、ちっとも強くなれない自分が『剣聖』スキルなど所持していないことなど気付いていた。気付いていたが、それでも最後の可能性に賭けたかったのだ。
そしてシアは見事に、その賭けに敗れた。それだけのことである。
「……落ち込むんなら、ここから出て行ってから落ち込みな。何のスキルが欲しかったは知らないが、スキルを有しているだけでも喜ぶべきだと思うけどねぇ」
「……す、すみません」
老婆に皮肉気に言われ、シアはすごすごと踵を返した。そんな彼に、彼女は思い出したように告げる。
「あ、そうそう。知っていると思うけど、スキルに関しての口外はあんたに任せるよ。この村じゃ他人のスキルを詮索しない決まりがあるんだ。あんたが言いたくなけりゃあ身内にも言う必要はない。逆に言いたければ、村中に広めてやんな」
「……はい」
(誰が広めるか、こんなわけの分からないスキル。またあいつらに馬鹿にされちまう……)
「そ、それじゃあお世話になりました」
礼がまだだったことに気付いて頭を下げ、シアは呪い師の家から退散した。