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第十三話 模擬戦


「なぁ、兄貴。なにも人前で恥かくことないだろ?」


 翌日。

 無理を言って引っ張り出してきたヨシュアは、傍で見ているルーテルをちらりと見てからシアに細めた視線を向けてきた。


「う、うるさいなっ! ルーテルさんが見たいって言うから、仕方ないだろっ」

「はぁ、やれやれ。じゃ、まっ。さっさと終わらせようぜ」


 手にしていた木の棒をブンブンと振り回しながらそう宣言したヨシュアは、何気ない動きでシアの方へと近寄ってくる。


「そ、そう簡単に倒されると思うなよっ!」


 シアはステップを踏んでヨシュアから少し距離をとり、木の棒を構えて臨戦態勢に入る。シアがいつもは見せない慎重な姿勢に対し、ヨシュアは軽く目を見張ったようだった。


「へぇ……今回は少し考えてんだな」


(当たり前だ。ルーテルさんの前でそう簡単にやられてたまるかっ!)


 異性を前にいいところを見せたいという気持ちももちろんあるが、それ以上にルーテルはシアの師匠である。

 いつものようにヨシュアに一方的にやられてしまえば、「見込みなし」と見放されてしまうやもしれない。


「けどよ、こうやって膠着こうちゃくしてても仕方ねぇーだろ? いい加減、かかってこいよ」

「うっ、たしかに……じゃあ行くぞっ!」

 

 ヨシュアの言葉に同意して、今度はシアの方からヨシュアへと突っ込んだ。


「ていっ!」


 そして飛び上がったまま上段から木の棒を振り下ろすも、ヨシュアは呆気なくそれを躱した。


「そらっ!」


 今度は横薙ぎに振るってみたが、まるでその動きを読んでいたかのようにヨシュアはバックステップで回避する。シアの振るった木の棒は、虚しく空を斬ったのだった。


「この……えいやっ!」


 再び近づいて上段から振り下ろすが、やはり避けられ距離を取られてしまう。

 その後もしばらくシアが一方的に攻め立てたが、ヨシュアはことごとく避けるか木の棒で受け止めてしまう。

 いくらでも隙を突くことが可能だったヨシュアがシアを攻撃しなかったのは、ヨシュアなりに情けを掛けたつもりなのだろう。

 すぐに終わらせみっともない姿を晒すのはさすがに可哀そう――そう考えたに違いない。

 いずれにせよ傍からみれば、力量差は歴然としているように映っただろう。

 

「くそっ! 全然当たらない……」


 横薙ぎに振るった何度目か攻撃が避けられ、業を煮やしたシアが忌々しげに呟いた。


「ふぅ……はぁ、はぁ。さすがに避けるのも疲れたし、そろそろ俺からも攻めるぞ?」

「えっ? あ、おうっ!」

「ちょっと待った」


 ヨシュアの言葉にシアが慌てて身構えると同時、今まで黙って観戦していたルーテルが待ったをかけてきた。


「る、ルーテルさん?」

「シアくん、ちょっといいかな?」


 そうして近づいてくると、シアの耳元に顔を寄せてくる。


「な、なんですか?」

「いいから静かに聞いてくれ。シアくん、次は何も言わずに木の棒を振るうんだ」

「え?」

「もしくは、『ていっ!』や『えいやっ!』という時に横薙ぎに、『そらっ!』や『おらっ!』の時に上段から振り下ろす――それを意識してやってみるといい」

「えっ? えっ? あ……はい」


 何が何だか良く分からない助言を受けたシアは、再びヨシュアと向き合った。


「何かいいアドバイスは貰えたかよ、兄貴」

「あ、当り前だっ! 今からお前なんてけちょんけちょんさっ! いくぞっ!」


 シアは木の棒を振り上げたまま、ヨシュアへと接近した。


「ていっ!」


 そしていつもの掛け声を出して上段から振り下ろそうとして――。


(あっ!「ていっ!」の時は横薙ぎに振るうんだっけ?)


 そう思いだし、慌てて軌道を修正。横薙ぎに振るう。


「ぐあっ?」


 シアの木の棒を脇腹に受けたヨシュアは、驚きの声を上げて地面に転がった。そして痛そうに座り込んで脇腹を擦っている。


「い、いててぇ……」

「わ、悪いっ! 大丈夫か?」

「いや、掠った程度だから大丈夫だが……それより、なんだよ兄貴。今の動き」

「え?」

「いきなり木の棒の軌道が変わったように見えたぞ?」

「ああ。振り下ろさずに横薙ぎに振るうよう動かしたからな。おかしなことか?」

 

 首を傾げて困惑するシアに、ヨシュアもあまり理解できたなかったのか不思議そうな顔をする。

 そんな二人の傍に、ルーテルが近寄って来た。


「お疲れ様、二人とも。どうだいシアくん。上手くいっただろう?」

「え、ええ。けど、今まで当たらなかった攻撃が、どうしてこんなに簡単に……」

「それは、だ。シアくんは自分でも気づかない内に癖を作ってしまっていたんだ。このぶんじゃ、ヨシュアくんもあまり意識していなかったようだね」

「癖……ですか?」


 そんなものを作っていた覚えのないシアは、キョトンとした顔でルーテルを見上げる。ちらりとヨシュアも見たが、シアと同じく分からないようだ。


「シアくんは、木の棒を振る時に掛け声を出す癖がついているんだ。それも、上段の振り下ろしであれば「ていっ!」か「えいやっ!」のどれか。そして横薙ぎなら『そらっ!』か『おらっ』のどれか……みたいにね」

「な、なるほど……全然、意識したことなかったな」


 ルーテルの言葉に初めてその事実を知ったシアは、確認を取るようにヨシュアを見る。しかしやはり、ヨシュアも意識していなかったのか、首を捻っている。


「おそらく、ヨシュアくんも無意識にシアくんの癖を見抜いて、反射的に動いていたんだろうね。だからこそ、シアくんの鋭い振りにもあれほど余裕をもって回避できたんだ。なにせ、剣を振る前から掛け声でシアくんの動きが読めるんだからね」

「……うーん。たしかに言われてみれば、兄貴の攻撃は読み易かったような気がするな。だからこそ、さっきの攻撃は妙な動きをして見えたのか」


 考え込むように視線を下に落としながら、ヨシュアはポツリと呟いた。そして改めてシアの方を見上げ、苦笑する。


「負けたぜ、兄貴。悔しいが、今日は完敗だ。ちっ……まさか兄貴に負ける日が来るなんてな」

「……お、俺、お前に勝ったのか? 俺がヨシュアに勝った……やったっ!」


 大喜びするシアを、ルーテルも微笑ましそうに見守るのだった。


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