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第十二話 初修行



「君を私の弟子に? えーと、正気かい?」


 やはりシアの突拍子もない願いに困惑したのか、ルーテルは目を何度もまたたかせる。何故そんなことをシアが言い出したのか分からないと言わんばかりの顔だ。


「お、俺、本当に冒険者になりたいんです。でも、一人じゃ全然強くなれないし、いつまでも弱いままで……お願いですっ! 俺に修行をつけて下さいっ!」

「うーん。そんなことを言われても、私だって誰かに物を教えられるような経験は積んでいないしなぁ。基本くらいは教えられるだろうけど……」

「はい、それでいいんですっ! お願いしますっ!」


 必死に何度も頭を下げるシアを、難しい顔で見下ろしていたルーテル。しかし、その熱意に根負けしたように苦笑しながら肩をすくめた。


「……わかった。大したことはしてあげられないけど、「なんでもする」と言ったのは私だ。私で良ければ、君を弟子にしよう」

「ほ、本当ですかっ! ありがとうございますっ! 俺、頑張りますっ!」


 自分の両手を握りしめ、全力で喜びを露にするシア。そんな彼にルーテルが微笑ましいものを見るような視線を送り、それからわざとらしく咳払いをする。


「おほん。だが、私の弟子になったからには、厳しい特訓は覚悟してもらおう」

「はいっ」

「私はしばらくこの村に滞在する。私が滞在している間に、君を冒険に連れていけると判断したら、連れて行こう。けど、君にはまだ早いと感じたら置いていく。いいかな?」

「――えっ? あ、あの、ルーテルさんは、この村にいつまで……」


 突然提示された条件にシアがおそるおそる問いかければ、ルーテルは少し考える素振りをしてから、右掌を広げて見せた。


「そうだな……あと五日だ」

「い、五日。つまり、この五日間でルーテルさんを認めさせないといけないってことですね?」

「その通り。いいね?」

「う、は、はいっ! 頑張りますっ!」


 正直、シアにはB級冒険者のルーテルに認められる自信はなかった。しかし、せっかく貰ったチャンスだ。ここで何もしないのはもったいない。

 シアは精々、自分ができる範囲で足掻いてみるつもりだった。


「では、さっそく明日から修行と行こうか。明日の朝、七時にこの屋敷の前に来てもらえるかな?」

「はい」


 こうして、シアの無謀とも思える挑戦が始まったのだった。




「やぁ、おはよう。さぁ始めようか」

「はいっ」


 翌朝の七時。

 時間よりも早く現れたシアに、定刻通りやってきたルーテルが片手を上げて声を掛けてきた。

 緊張してあまり眠れなかったシアとは裏腹に、しっかりと睡眠をとって来たのかルーテルの顔は血色もいい。改めて見るまでもなくとんでもない美人だ。


「じゃあ、まずは基本的な体力作りだ。軽い準備運動の後、とにかく私に付いて一緒に走って貰おう」

「……はい」


 いきなり延々と走ることになり、シアは緊張しながら頷いた。

 日頃から自主訓練として村の中を走り回っているが、他者と一緒にしたことはない。それも冒険者であるルーテルと走ることになるとは……。


(お、置いて行かれないようにしないと)


 この修行は正式な弟子になる試験も兼ねたものだ。無様を晒すわけにはいかない。


「じゃあ走るよ」

「はい」


 颯爽と走りだしたルーテルに続き、シアはたとえ死ぬ寸前になってでも追いかけ続けようとスタートをした。

――スタートしたのだが、


「……ふぅ、じゃあここまでにしようか」

「はい……」


 村中をある程度走ったところで、ルーテルは足を止めてしまった。

 その走った距離と言えば、いつもシアが走るそれの半分程度。何とも拍子抜けした気分だった。


「ふぅ……おや? シア君は、あんまり疲れてないみたいだね」

「は、はぁ……」


 息を切らし、額の汗を拭いながら問いかけてくるルーテルに、シアは曖昧な笑みで頷いた。

 この程度の距離であれば、もう少しペースを上げても息を切らすことなどないため、ルーテルのリアクションは大袈裟に見えたのだ。 


(もしかして俺を試しているのか? それとも最初だから軽めにしようってことか?)


 どう答えれば正解か分からないシアを他所に、ルーテルは息を整えると傍に落ちていた手頃な木の棒をシアに手渡してきた。


「じゃあ、次はこれを振ってみてくれないか? いきなり真剣は危ないしね」

「え?」

「君の動きが見たいんだ。これでも剣士として長いことやって来たからね。才能があるかどうか、見所があるかくらいは分かるつもりさ」

「えーと……じゃあ」


 シアは言われた通り、いつものように素振りを開始した。


「ていっ!」


 気合の掛け声を入れて上段から木の棒を振り下ろすシアの姿を見て、ルーテルが目を見張る。


(ど、どうしたんだ?)


 そんな反応に違和感を覚えながら何も言われないため素振りを続ければ、軽く百回程度振った時だろうか?


「もう、いいよ」

「ふっ! え? あっ、はい」

「君の大体の実力は分かった。シアくん、君も人が悪いな」


 シアに素振りをやめさせ、ルーテルが小さな拍手をしながら笑いかけてくる。


「なかなかの持久力に加えて、その歳にしては素振りにも鋭さがある……正直、君は師匠なんてとる必要もないほど強いんじゃないか?」

「……えっ? 何を言ってるんですか?」


 あまりにも予想外のことを言われ戸惑ったシアは、ぽかんとした顔で首を傾げてしまった。そんなシアにルーテルも不思議そうな顔になる。


「うん? 違うのかい? 少なくとも君は、私が十五の頃よりも見所があると思うけれど」

「そんなっ! そんなはずはりません。俺、一人だけでずっと修行してきましたし、弟や年下連中にも勝てないし……それどころかいつも一方的にやられてるんですよ? 俺は村で一番弱いんですっ」

「君がかい? もしその話が本当なら、この村に住む人々は猛者ばかりということになる……にわかには信じがたいな」


 言い募るシアに驚きを露にしたルーテルは、しばらく考え込むように俯いた。


「……あ、あの」


 少しの間、動かなくなったルーテルを眺めていたが、シアは限界がきて呼び掛ける。するとルーテルは一つ頷き、シアの顔に視線を移した。


「そうだなぁ……実際に私の目の前で模擬戦をして見てくれないか?」

「えっ?」

「明日でいい。いつものように、君の弟と戦ってみせて欲しいんだ」

「ヨシュアと戦えばいいんですか? ルーテルさんの前で……」

「ああ」

「わ、わかりました」


 こうして、ヨシュアとの観客がいる模擬戦が決まったのだった。


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