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第十話 最期


(あぁ、これは確実に死んだな……)


 身体中を包み込む、不快なドロドロとした液体に覚悟を決め、シアはゆっくりと目を閉じた。


 スライムに呑み込まれたゴブリンの最期が、どのようなものだったのかを間近で見たのだ。この期に及んで助かるなんて虫の良いことは考えていない。

 体感的にではあるが、すでにスライムの身体に取り込まれて数秒は経過しただろう。今頃身体の肉と言う肉を溶かされ養分にでもされているのだ。想像だにしていなかった、考えうる限り最悪な死に方である。


(……けど、ちょっとは時間稼ぎになれたかな?)


 最早、ルーテルや村人たちが助かったかを確かめるすべはシアにはない。だがそれでも、彼らのために何かできたと思えば、こんな最期も悪くはないではないか。

 死に方は最悪でも、死に様としては最高である――なんて、胸は張れないまでも虚勢くらいなら張れるだろう。

 だからそう、これでいいのだ。


「――くんっ!」


 シアが自分なりに死を受け入れようとした時、微かな声が聞こえた。

 誰かがこちらを必死に呼ぶような、そんな切迫したような声が。


(うん? まだ耳は溶けずに残っているのか?)


 ゴブリンがスライムに溶かされたくらいの時間は確実に経っている。それともやはり、ゴブリンと人間とでは溶かすのにかかる時間が異なるのだろうか。

 シアは首を傾げながら目を開け――そして不思議な光景に気が付いた。


「なんだこれ……」


 本来であればシアを溶かすはずのスライムの身体が、シアに触れることで逆に蒸発するように溶けだしているのだ。

 

「ど、どうなってるんだ?」


 わけが分からないまま、シアは腕を伸ばしてスライムの体内を攪拌かくはんしてみる。


『ズゥゥゥオォォォ』

「うおっと?」


 するとシアが触れた部分はあっと言う間に消し飛んでいき、まるでスライムが痛がるような絶叫を上げてじたばたと動き出した。


「……もしかして、効いてるのか?」


 スライムは体内の液体を自由に動かせるのか、できるかぎりシアに触れないように包み込むように展開している。シアはそれに、あえて突っ込みかき回してみた。


「おらおらぁっ!」

『ヴォォォォォォ……ブッ!』

「う、うおっ?」


 スライムの体内で暴れまわっていたシアは、急に強い力で押し出されて束の間の浮遊感を覚える。

 そしてあっと言う間に目の前に大地が迫り、シアの身体はそこに叩きつけられるように投げ出された。スライムから異物として排出されたのだ。


「うげぇっ!」

「し、シアくん? 無事かっ?」


 地面を転がったシアに、心配そうな声を掛けてルーテルが近寄ってくる。


「ル、ルーテルさんっ! あ、危ないですっ! 早く逃げて下さいっ!」


 痛む節々を無視し、彼女の方を見ながらなんとか立ち上がろうとするシアに、ルーテルが何とも言えない表情で背後を指さした。


「いや、それが……」

「え?」


 シアが彼女の示す方を振り返れば、そこには先ほどシアを呑み込んだ異形のスライムがいた。

 だが、何やら様子がおかしい。


 現れた当初よりも、赤、青、黄色の変化が高速で行われ、意味もなくその場でぐるぐるとのた打ち回っている。とてもシアやルーテルに襲い掛かる余裕は無さそうだ。

 その姿はどう見ても――。


「……苦しんでる?」

「ああ、何やら異常が起きているようだね。さっき、君を呑み込んでからずっとあんな感じなんだ……何かしたのかい?」

「いえ……ちょっと身体の中で暴れたくらいで――そもそも、なんで俺は溶かされてないんだろう……」

「それは私も聞きたいんだが……」


 首を傾げるシアに、ルーテルも興味深そうな顔で目を細め、しかし仕切り直すように、シアを庇いながらスライムから距離を取る。


「シアくん、さっきは庇ってくれてありがとう。無事にこのスライムを倒せたら、何か御礼をさせて欲しい。ただ、奴はまだ死んではいない。後は私に任せて、君も村人たちと一緒に避難をっ!」

「は、はい」


 ルーテルの鋭い声に返事をし、シアは頷いて村の大人たちが一か所に固まっているところへと駆け込んだ。


「兄貴、無事だったのか……」

「あれ、ヨシュア。お前はまだ残ってたのか」


 子どもたちは村に戻されたのか一人もいないというのに、ヨシュアだけが大人たちに混じって一人残っていた。そのため不思議そうな眼を向けたシアに対し、ヨシュアは何とも言えない顔つきで肩をすくめる。


「……ああ、戻ってればよかったな」

「なんだよ? 変な顔して……」

「うるさいな、生まれつきだ。それよりも、ほら見てみろよ。冒険者の姉さんが戦ってるぜ」


 ヨシュアに促された方へ目を移せば、何やらルーテルがスライムを相手に火の魔法を行使しているところであった。


 元から苦しんでいるようであったスライムは、ルーテルの火を受けて熱そうにブルブルと身体を揺すった。たったそれだけで、ルーテルの火が掻き消され勢いが弱くなってしまう。


(あいつ、火が効かないのか? 剣もあんまり効かなさそうだし、どうやったら倒せるんだ?)

 

 シアがスライムの倒し方に疑問を抱いたのとほとんど同時であった。


『ズ、ズゥゥゥゥゥっ!』


 この世の者とは思えない絶叫をあげたスライムの身体が、突如として燃え上がったのだ。

 まったく効果がなかったように見えたルーテルの火の魔法が、わずかな間を置いて威力を発揮したのだろうか?

 ともかく、スライムの身体が青白い(・・・)炎によって包み込まれ、そしてあっと言う間にその巨体を燃やしていく。


『ゥゥゥゥゥ――』


 そして最後には、スライムの身体は一滴残らず蒸発し、あとには少しすすけた大地のみが残されたのであった。

 



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