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芸術都市トーキョー 三

「なんて不気味な成りをしてやがる」


太っちょがアルスの右腕を見て慄いている。


「ビビるな。顔を狙え。数打ちゃ当たる。次は遠慮なくやっちまえ」


金髪の状況判断は正しかった。

いくら右腕が頑丈だとしても、流石に乱れ打ちされたらアルスはただじゃ済まない。


ーこの子だけでも・・・


ふと少女を見ると彼女?の体は少し白く発光していた。

しかし未だに無表情で動こうとしない。

男たちが再びアルスに向かって来た。

彼は彼女に覆いかぶさるように抱きついた。


「ダセーな、背中が丸腰だぜ」


ーもうだめだ!でもなんとかこの子だけ逃がさないと。


その時、勇ましい女性の声が聞こえた。


「お前たち、何をやっている」

「誰だ?テメェー!」


アルスがゆっくり後ろを振り向くと、セーラー服姿の黒髪美少女が男達の背後に立っていた。


「騒がしい声が聞こえると思って来てみれば、いい大人が子供二人相手に何をやっているんだ」


アルスと同い年かそれとも少し年上に見える女性は堂々とした態度で男達にそう言った。


「ちっ、うるせぇよガキが!!どっから湧いてきやがった!それともお前が俺たちと遊んでくれるのか?可愛いから手加減してやるぜ!」


金髪は勢いよく彼女に拳を振るった。しかし、スラリと避けられてしまった。


「ふっ、手加減してやったんだよ!もう一度!」


先ほどよりも速く、そして何度も拳を振るったが彼女には一発も当たらなかった。


「はぁはぁはぁ、なんて速さだ」

「兄貴ぃ大丈夫ですか?」


それを見て彼女は深いため息をついた。


「なんだなめやがって!」

「すまない、余りにも遅い拳なので」

「クソーーー!」


ついに金髪はナイフを彼女にも差し向けた。

すると次の瞬間、彼女は素手で華麗にそのナイフを弾き飛ばし、ついでに彼らの腹部に重たそうな蹴りを食らわせた。


「ぐはっ」


男二人は地面に倒れこんだ。


「怪我はないか?」

「はっはい!軽い擦り傷ぐらいです。たっ助けて下さってありがとうございます!!」


ーそういえばあの女の子は?


後ろを振り向くと相変わらず無表情なままその場に立っていた。さっき少し発光していたように見えたけれども気のせいだったようだ。改めて危機を脱したのだと思い僕は胸を撫で下ろした。


「その少女は貴方の知り合いか?よく見ると宇宙人のようだな。この辺りじゃ余り見かけないタイプのようだが」

「そうか!宇宙人か。だから体が半透明なのか」


僕が安心したのを察したのか、女性がこの宇宙人について尋ねた。


「いや、僕もさっき会ったばかりで良く分からないんです」

「そうか」

「その男二人に囲まれているのを見て咄嗟に駆けつけたんですが、僕一人だったらどうなってたことやら。だから本当にありがとうございます」

「いや、一般人なのに自分の体格の二倍以上もある男たちと張り合おうとした貴方の勇気の方が目を見張るものだ」


ー待てよ一般人?彼女はそうじゃないのか?一見普通の女学生に見えるけど、確かにあの強さは普通じゃない。


「えっと、あなたは一般人じゃないんですか?」

「あぁ、自己紹介が遅れたな。私は久世カナタ。アーカイブに所属している」

「アーカイブだって!?」


王立惑星芸術情報機関・通称アーカイブ。少人数で構成された特殊機関だ。

業務内容はわからないが、この国の警察や政治家たちよりも力を持っていると噂される王様の直属機関だ。


ーこんな同い年ぐらいの女の子が所属してるなんて。


「なんでアーカイブのお偉いさんがここに?」

「お偉いさん?確かに私たちは特別な戦闘技術はあるが私たちはただ与えられた任務をこなしているにすぎない。そんなことより、知り合いでないのならその宇宙人は私たちで保護しよう。私たちは地球外生命体の研究所との繋がりもある。もしかしたらその子の居住地区が分かるかもしれない」


そうだこの子のこと。

アーカイブの人が保護してくれるのなら安全だろう。


「はい。僕も助けたのはいいんですが後のことは考えていなかったので、そうしてもらえると有難いです」

「わかった。事務所に連れて行ったらこの子について調べ然るべき場所に帰すと約束しよう」


ーなんだか前本で読んだ『武士』みたいな女の子だなぁ。


アルスは彼女の言葉を信頼し、僕は会ったばかりの宇宙人に別れを告げた。


「君が無事でよかったよ。彼女に付いて行けばきっと君の居場所に帰ることが出来る。元気でね」


そう言って宇宙人から離れようとしたら急に僕の胸に飛び込んできた。


「ぐわっ会ったばかりなのに寂しがってくれるのかい?」


アルスは悪い気がせず寧ろとても嬉しく思った。


ー無愛想で一言も喋らない宇宙人だけど、僕が必死にこの子を助けようとしてたことが伝わっていたのかな。それにしても軽いな。殆ど体重を感じない。そういう宇宙人なのかな?


「名残惜しいけどそろそろ僕は行くね」

「・・・・・・・・・・」


宇宙人は無言のまま僕に抱きついて離れようとしない。


ーあれ?何かおかしいぞ。


「あの、僕はそろそろ帰りたいんだけどな」


軽い力で体から引き離そうとしたが、一向に宇宙人は僕から離れようとしない。

今度はもう少し強い力でやってみたがビクともしない。


「全然離れてくれないんですが」


涙まじりに久世さんに訴える。


「懐かれてしまったようだな。しょうがない君も一緒にオフィスまで来てもらおう。この子もその方が安心するだろう」

「えっ僕も?」


アルスはどうしようか迷ったが、宇宙人は彼から離れそうになく、無理やり引き離すのもなんだが気が引けた為久世に付いて行くことにした。

それに噂でしか耳にしない機関のオフィスにお邪魔できるのだ。

こんなことも二度とないだろうと彼は思ったのだ。


「わかりました。僕も一緒に行きます」

「そうか。では我が機関へ向かおう」

「あっそう言えば。ちょっと待ってください」


僕はすっかり忘れていた。地面の上で混ざり合っている今日買った絵の具たちのことを。


「中村さんに申し訳ないことをしてしまったな」


青と黄色の絵の具でぐちゃぐちゃになった袋を持ち上げる。

チューブが三本入っているのはなんとなくわかるが、重さが半分以下になっている。

恐る恐る袋を開ける。

すると表面は絵の具でマダラになっていたが一本のチューブは偶然踏まれなかったようだ。

それは中村さんからもらった青い絵の具だった。


「一本だけ生き残ってる」


僕は少しだけホッとした。

他の二本はほとんど絵の具がなくなっていたが、一本だけは奇跡的にあの時の暴挙から逃れたようだ。


「では、行きましょう」


僕はカバンに絵の具を入れ、宇宙人を抱っこしながら久世と一緒に機関へ向かった。


「そう言えば、君の名前は?」


機関に向かっている途中、思い出したかのように久世が尋ねた。


「そうだ僕の自己紹介はまだでしたね。すっかりアーカイブに気を取られてました。僕の名前はアルス。環アルスです。絵描きをやってます。まぁ全然僕の絵売れてないんですが。なんで時々オズロカフェってところでもバイトしてるんです」


軽い自己紹介を終えると、彼女は少し怪訝そうな顔をしていた。


「絵描きか・・・」

「どうかしましたか?」

「いや、困難な状況でも何かを創り続けることの難しさは把握している。私は諦めたクチだからな」


どこか遠くを見つめていた。


「もし時間があったら今度寄ってみてください。社割でサービスしますよ。助けて頂いたお礼もしたいですし」

「そうか、ではお言葉に甘えて今度寄らせてもらおう」


久世は怪訝な表情から元の凜とした表情に戻った。


キーーーン


「うわっ!」


安心して気が緩んだのか、アルスは右腕を思い切り電柱にぶつけてしまった。


「すいません。びっくりしましたよね」

「あぁ、音に少し驚いた」


驚いたと言っているが、先ほどの表情の変化は見られなかった。


「君のその右腕は機械仕掛けか?」


久世はアルスの右腕をじっと見つめた。


「機械かどうかはわからないんですけど物心ついた時からこの腕です」

「そうなのか」


ー確かに右手首から肩まで異物で構成されているなんて珍しいだろうけど。何かひっかかるのだろうか?


「あの、そんなに見られると恥ずかしいというかなんというか」


幾ら腕を見つめていると言っても、女性にじっと見られるのは少し気恥ずかしかった。


「あぁ、すまない。あまりにも綺麗な真珠色なので見とれてしまった」

「そう思いますか!!」

「あぁ」

「僕の兄もそう言ってくれたんです」


アルスは昔を思い出す。


「小学生の頃の話なんですが、入学当初この腕を不気味がられたんです。でも3歳年上の兄がこんなに綺麗な腕見なきゃ損だって言ってくれて。そうしたら皆んなが僕に興味を持ってくれたんです。まぁリーダー格だった兄の鶴の一言みたいな感じですが」

「お兄さんは今は?」

「故郷で機械技師をやってます」


アルスの兄は故郷シマバラで機械技師をしている。

昔から器用な人で、子供の頃機械仕掛けのおもちゃを作っては彼に見せてくれた。


「僕の腕実は多少メンテナンスが必要なんです。ほっとくと何故か色がくすんでしまうんです。それを見た兄がもっと綺麗な色にしてやるって」


兄は仕事の傍ら、僕の腕の磨き上げ方の研究をしている。


「そうか君の兄上がこれを。さらに素敵な腕だな」


「本当は町の機械工さんはいい年で町に一人しかいなかったんです。顔なじみでメンテナンス料金もそこまで負担ではなくて。本当に僕達によくしてくれました。僕の腕を僕が生まれた時から知っていて・・・色がくすみ始めた時も試行錯誤して色々な対処をしてくれたんです。そして兄はそのおじさんに弟子入りしてくれました。でも兄の才能だったら小さな町じゃなくて大きな都市でもやって行けるのに。おじさんも最初は弟子入りは反対していたんですが兄はもう心に決めていたみたいなので」


兄がモンドおじさんに弟子入りを申し込んだあの明るい冬の日を思い出す。

六年前、兄がモンドおじさんに弟子入りするところをアルスはドア越しに聞いていた。


「おめぇ本気で俺に弟子入りする気か?冗談はよせ。俺はもう歳だ。人に教える気力なんかねぇ。ましてやお前ほどの技術だったら国から奨学金でも貰って都市で最新の技術を学んだ方がよっぽど世間のためになる。俺が言うんだ間違いねぇ」


おじさんは少し酔っていたがとても真剣な口調だった。

普段は戯けたことを言うことが多かったためか、アルスはその口調に少しビビってしまった。


「でもおやっさん、俺はもう覚悟を決めたんです。おやっさんの下で技術を学ぶって」


兄の声も真剣そのものだった。


「それはおめぇアルスの為か?」

「勿論それが一番の理由です。でも他にも理由はあります」

「お前のブラコンも大概だな。わかった、奥の部屋に来い。話を聞いてやる。それで弟子にするかどうか決める」

「ありがとうこざいます」


そしておじさんと兄は部屋の奥に入っていった。

兄さんが弟子入りした理由は他にもあるみたいだが、おするが一番の理由だと知った時嬉しさと同時に彼の足手まといになってしまったのではないかと不安になった。

そしてそれを兄に確かめるのが怖かった。


「大丈夫か?」


久世の声で咄嗟に我に返った。


「でも、この町で絵描きになるのを勧めてくれたのも兄なんです。だからいつかこの腕で自分にしか書けない絵を描きたいんです」


改めて口に出したら少し気恥ずかしくなってしまった。


「そうか、君はとても真っ直ぐなんだな」

「いや、そんなことは。今も半年に一回はメンテナンスのために兄が僕のところに訪れてくれるんです。本当は僕が故郷に戻ればいいのにお金がないから・・・」


「私は君の兄上に会ったことはないが、私が思うに君の兄上は君のためなのは勿論、その機械工殿を心から尊敬していたのではないか?」


その時アルスには彼女の表情が少し微笑んでいるように見えた。


「あともう少して機関の本部だ」


アルスのお腹にはほとんど重さのない宇宙人が未だ抱きついている。重さがなさ過ぎてこの状況もすっかり頭から抜けていた。


「さぁ、ここが入り口だ」


そう言って久世は何の変哲もないドアを指差す。


「えっ、ここが機関本部の入り口ですか?」

「あぁ、そうだ」


アルスの驚いた表情を見て、久世はキョトンとした顔をしている。


「いや、思っていたよりも普通でびっくりしたんです」

「なるほど。警察や政治・宗教団体とは違い表立った組織ではないから派手にする必要がなかっただけだろう」


ー表立ってはいない?結構有名だと思うんだけどなぁ。僕でも知っているくらいだし。でもアーカイブ所属している彼女にとっては世間の印書はわからないのかもしれない。


「では、行こうか」


そう言って彼女はドアを開けた。

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