芸術都市『クンスト・トーキョー』
「はぁぁぁ、今日も見事に一枚も売れなかったな」
路上でため息をついている少年の名前は、環アルス。
一流の絵描きになるためにこの芸術都市『クンスト・トーキョー』に上京したが、今日も一枚も絵が売れず、バイト掛け持ち中の貧乏芸術家だ。
「僕の絵を見てくれる人はいるんだけれど、絵を購入してくれるまでには至らないんだよなぁ。ここクンスト・トーキョーだったらチャンスは少しはあると思ったんだけれど。学歴と実績(地元の絵画コンクールで入賞をしたことはある)のない僕にはここでやっていくことは難しいのかな。自信がどんどんなくなっていく」
彼が住んでいる地球は約百年前、地球とは別の惑星に住む無限破壊星人クンストンの侵略を受けた。
大雑把に言うと血で血を洗う激しい争いだったらしい。
しかし、このクンスト・トーキョーに君臨する現在の王様の一言により状況が一変した。
「なんと美しく奇妙な形なんだ。僕はこの大陸が欲しい」
そう言った彼は侵略者のリーダーの孫だったらしい。
そして終戦後、彼らはこのトーキョーを中心に地球を少しずカスタマイズしていった。
つまり、彼が日本列島の形をたいそう気に入ったことによって、現在もこの大陸・地球は存在している。
実際は保護観察地域と名付けられた侵略者による植民地化らしいけどね。
こうして悲惨な破壊戦争が保護という形で収まったのだった。
クンストンは無限破壊星人とか呼ばれていたけど、現在の王様の一言で破壊をやめて保護活動を始めてしまうとは、当時の王様と彼の両親は爺バカで親バカだったのだろう。
アルスは当時のことは分からないからその話を学校の歴史の授業で聞いた時、我儘で地球を救うとは凄い人なんだなと思った。
しかし其の所為で大分地球のシステムは変えられてしまったのだ。
侵略直後はレジスタンス活動が盛んで内部抗争が盛んだったらしい。
このように現在の王様は芸術や変わったもの、魅力的なものが大好きで、今では世界中いや惑星中の大御所や若手芸術家、彼らの作品たち、批評家、蒐集家が集まる多種国家にこの都市は成りつつある。
心惹かれるものにはとことんお金を費やす。
それが今の王様のモットーのようだ。
それだけならただの浪費家に聞こえるかもしれないけれど、政治面や経済面でも案外抜け目がないから案外国民には嫌われていない。
また王様が芸術関係の整備を整えたおかげか、この都市では多くの新しい物が生み出される。
ここで評価された人間は地位も名誉も手に入れられるのだ。
これぞ所謂トーキョードリーム。
しかし他の目的で訪れる人もいるらしい。
因みにアルスは地球の田舎出身で、芸術家の卵としてこの都市で暮らしている。
ここに来て約一年経つけど、僕の絵か売れる気配は一切ない。
ある意味出来上がりかけているこの都市でやっていくにはある程度知名度が必要なようだ。
「僕の考えが甘かったのかなぁ。でも」
でもアルスは諦めない。
なぜなら彼の兄との約束・立派な絵描きになることを果たすためだ。
アルスは露店に出していた自分の絵を片付けて棲家に向かう。
帰り道頭の中で構図と配色のバランスを考え直し、コンセプトも練り直す。
考えているうちに彼の住むアパートに着いた。
ここが彼の棲家件アトリエだ。
約八畳ほどの狭い部屋に生活に必要なものの殆どが詰め込まれている。
キッチンにバスルーム寝床そして画材置き場。
因みに彼のお気に入りの場所はベランダで、そこに隣人から貰った背もたれのない椅子を置き考えにふけるのが彼にとっての有意義な時間だ。
「冷蔵庫の中には何が残っているかな?えーっと・・・きゅうり半分とチーズが五切れ・・・そういえばパンもまだ何枚かあったはず」
貧相な冷蔵庫の中身を確認し、その後ポットでお湯を沸かす。
その間にきゅうりとチーズを乗せた簡単なオープンサンドを作る。
そしてバイト先で余ったコーヒー豆を挽き、熱々のお湯でコーヒーを淹れ、お気に入りのマグカップに注いだ。
アルスはそれらを持ってベランダへ向かった。
そこには古くて小さな椅子と机がある。これらは彼が路上で拾って作り直したものだ。
天気が良い日は彼はここで食事を摂る。
「エビやサーモンをたっぷり乗せたオープンサンドがいつか食べられますように。いただきます!」
そう唱えながら、オープンサンドを口に運ぶ。
そしてコーヒーを飲みながら次のコンテストについて考える。
「次のコンテストまでに一枚でも絵が売れたら、もう少し自身が持てるのにな。いいや、もっと自分の考えを明確にしないと。でも言葉にするのは難しいんだよな」
しばらく考えながらぼーっと空が暗くなるのを眺める。
アルスはベランダから見える空を気に入っている。
雑多な広大な都市が、季節や時間、天候によって変わる空の光を一身に受け止めているように見えるからだ。
また一番のお気に入りは朝の空で彼は基本絵は朝に描く。
なぜなら彼は朝日の光が一等好きだからだ。
アルスの絵とその光が混ざり合った瞬間、彼は彼自身が見たい世界を一瞬だけ見ることが出来る。
その世界を共有したいから絵を描いている。
ー僕には才能がないのかな。
彼は最近はそんなことばかり考えている。
外は少し肌寒くなってきた。
アルスはオープンサンドを残りの少し冷めたコーヒーで流し込み、シンクへ持っていく。
「食器は洗剤と水に浸して、あっそろそろ洗剤切れそうだな」
食器を洗剤水に浸し、僕はバスルームへ向かった。
小さなシャワールームで体を洗う。
手にこびり付いた絵の具は今日も落ちない。
歯を磨き顔を洗う。
そのまま電気を消して寝床に向かえば、彼はすぐに眠ってしまうのだ。
「明日こそ、僕の望みの一部だけでもいいのでそれが叶いますように」
そう心に呟き、アルスは眠りにつく。