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久世邸宅

僕の予想通り、久世さんの家は見事な和風の豪邸だった。余りにも想定範囲内だったので逆に驚いている。


「久世さんが住んでいる家って感じですね」

「そうなのか?」


僕は家の門からとても美しく整備された日本庭園を通って玄関まで歩いた。


「今戻りました」


久世さんがそう言うと、多分この家のお手伝いさんであろう小柄な女性が現れた。


「あらあら、カナトお嬢様おかえりなさい。お夕飯はどうなさいますか?」

「ただいま亀子さん。はい、頂きます。しかし今日は客人が泊まる予定なので彼の分も用意していただけるとありがたい」

「あらまぁ、お嬢様のお友達さんですか?初めまして私はこのお家に仕えている亀子と申します。どうぞよろしくお願い致します」


亀子さんは朗らかな笑顔を僕に向けてそう言った。


「初めまして。環アルスと言います。暫くお世話になります」


亀子さんはほんわかとした雰囲気を携えた初老の女性で、笑うと少女の様に可愛らしい感じの人だ。


「カナトお嬢様がお友達をお連れになるとは珍しいですね。お部屋の案内は私が致しましょうか?」

「いや、私が案内する。亀子さんは夕飯の支度をお願いしたい。楽しみにしています」

「あらあら、腕が鳴りますわ」

「それと、彼は仕事先から頼まれた護衛任務の為私と一緒に同行してもらっているだけです」

「あらあら、では私はお夕飯の準備を致しますね。アルスさんごゆっくり」


亀子さんはふふふと笑いながら、台所へ向かった。


「こちらに客用の寝室がある」


そう言って久世さんは僕を寝室まで案内してくれた。


「今は三部屋空いている様だ。好きな部屋を使ってくれ」

「はい」

客室が三部屋以上とは・・・僕はまず目の前にある扉を開けてみた。


「・・・・・・広過ぎる・・・」


そこには僕の部屋の十倍以上はある和室が広がっていた。

「なんだか極稀にポストに投稿されたチラシに掲載されている高級旅館の一室みたいだ」

「この部屋にするか?」

「いや、ちょっと待って下さい」

「そうか他の部屋も同じ様な感じだぞ」


こんな素敵な部屋に泊まらせてもらえるのは凄く有難いのだが、いかんせん僕には敷居が高く感じられてしまい足込みしてしまう。


「あの・・・宿泊させてもらう立場で申し訳ないんですが、もう少し小さなお部屋はありませんか?」


久世さんはここよりも?という顔をしている。


「いや、いつも住んでいる部屋と違いすぎて・・・当たり前ですけど・・・なかったら大丈夫ですよ」


久世さんは腕を組んで少し考えている様だ。


「ここより狭い部屋は一応あるにはあるが・・・かなり狭い場所だが一応見てみるか?」

「はい」

久世さんは屋敷のさらに奥へと連れてってくれた。大きな部屋を提供してくれたのに何故僕は我儘を言ってしまったんだ。だが反射的なものだったからしょうがない。暫く廊下を歩くと突き当りが見えてきた。

「ここだ」

「えっ?扉も何もないですが?」


久世さんが突き当りの壁をそっと押すと、隠し扉がそこに現れた。


「えぇ!?からくり屋敷みたいだ?」

「あぁ。でもこんな仕掛けがあるのはここだけだ。さぁ入ってくれ」


隠し扉から部屋に入ると僕の部屋より少し広めの空間が広がっていた。そこには小さな豆電球と南向きの少し大きめの窓、そして壁に「大和心」と筆で書かれた掛け軸がかけられているだけだった。僕はこの静寂に一目惚れしてしまった。


「僕この部屋に泊まりたいです」

「本当にいいのか?何もないぞ」

「うまく言葉に表せないけれど・・・とても素敵だと思います」

「・・・そうか。気に入ってくれたのなら構わない」


久世さんは部屋どこか懐かしそうに見つめながらそう言った。


「あの、この部屋って以前誰かが使っていたんですか?」

「あぁ、私の祖父がな。瞑想する時や集中したい時にこの部屋を使っていたな。まぁ殆どは面倒くさい家のものを蒔くために使っていたがな」

「他の人はこの部屋のこと知っているんですか?」

「私と祖父だけだ。多分」

「いいんですか?僕なんかに教えちゃって?」

「祖父が隠れるための部屋だったがもう祖父もいない。それに私が特別使っている部屋でもないからな」

「なんかすいません」

「祖父はこの部屋を気に入ってくれて喜んでいるだろう。祖父もこの部屋を気に入っていたからな」


さっき久世さんが懐かしそうにしていたのはそれが理由だったからかもしれない。


「では、君は荷物の整理をしておいてくれ。夕飯が出来たらまた呼びに来る」

「ありがとうございます」


久世さんは扉をゆっくり閉めて自分の部屋へ向かった。僕はリュックを部屋の片隅に置き、部屋の真ん中で仰向けに寝転んだ。思い出したかの様に目を腹にやると相変わらず宇宙人が僕のお腹に張り付いていた。


「そういえば、まだくっついている。しかも軽いせいか、存在感がどんどんなくなっている様な気がする・・・」


僕はふとこの宇宙人の可能性について考えてみた。人の生命力を吸い取って糧にする寄生型の地球外生命体だったらどうしよう・・・。本でそのような宇宙人がいることは知っているが、仮にもこの子がそうだったら・・・。しかし今のところ生気を吸われているような感じはしない。むしろ元気なぐらいだ。


「今日は色々なことがあったのにあまり疲れていないな」


ぼんやりそんなことを考えていると、扉をノックする音が聞こえた。


「はい!」

「夕飯ができたようだ」


扉を開けると布団を抱えた久世さんが立っていた。


「寝る時はこの布団を使ってくれ」

「あっわざわざありがとうございま・・ぐぇ」

「大丈夫か?」


ふかふかな見た目とは違いかなりの重量がある布団だったた。僕が普段使っているスカスカの布団とは大違いだ。羽毛がぎっしり詰まっているのだろう。


「だ、大丈夫です」


僕は布団を部屋に置いた。


「では食堂に向かおう」

「はい」


僕たちは食堂に向かった。廊下を歩き食堂にたどり着いた。そこには綺麗に盛り付けされた様々な日本料理がテーブルに置かれていた。


「おっ美味しそう。そして見た目もとても綺麗だ」

「さあさあ、お熱いうちにお食べになって下さいな」


亀子さんは控えめに笹の葉をあしらった茶碗に沢山の具材が入った茶色いご飯をこんもりとよそってくれた。


「このご飯は何ですか?具が一杯入っていて美味しそう。あぁいい匂い」

「これは炊き込みご飯って言うんですよ。私の家ではお混じり御飯って呼んでました。今日はしめじと、人参、油揚げ、こんにゃく、生姜そして鶏肉が入ってます。最後に刻んださやえんどうを載せますね」

「わぁ」

「亀子さんの炊き込みご飯は絶品だよ。他のものも勿論全部おいしいが」

「まぁ、カナトお嬢様ったら」


無表情で久世さんはそう言ったが、亀子さんには十分気持ちが伝わっているようだった。


「あっ、お腹の子はお食事はなさいますか?」


お腹の子・・・そう言われるとまるで妊娠している気分だ。


「ご飯食べる?」


宇宙人に問いかけてみたが相変わらず反応がない。


「・・・大丈夫みたいです」

「それは残念」

「気を遣わせてしまってすいません」

「いえいえ、シジミのお味噌汁も出来てるのでどうぞ」

「ありがとうございます」

「ではいただきます」


僕は亀子さんの美味しい料理をたらふく食べてお腹が一杯だった。


「ごちそうさまです。うっぷ」

「あらあら、お粗末様です」

「本当に美味しかったです。こんな豪華な御飯食べたの久しぶりでついつい食べ過ぎちゃいました」

「ふふふっ。明日の朝ごはんも楽しみにしててくださいね」

「はい」

「では、私たちはそろそろ寝室に戻ります。亀子さん、今日も一日ありがとうございます。」

「いえいえ、ではお二方おやすみなさい」

「おやすみなさい。亀子さん」


僕たちは食堂を後にした。


「亀子さんいい人ですねぇ。料理も美味しかったし」

「あぁ、私も幼い頃から世話になっている。本当に良く出来た方だ。父や母が忙しい分まるで自分の子供のように私に構ってくれた」

「久世さんは亀子さんが大好きなんですね」

「・・・あぁ。改めて言われると恥ずかしいが」


久世さんの頬が少し赤く染まっていた。普段無表情だが案外わかりやすい人なのかもしれない。


「では家のことで何かあったら私の部屋まで来るか、使用人に聞いてくれ」

「わかりました」

「ではおやすみ」

「おやすみなさい」


僕は自分の部屋に戻ってさっき部屋の真ん中に置いた布団を敷いた。


「あっ、シャワー浴びられるかな?でもこの宇宙人が一緒だと浴びるのは難しいかな。洗面台で頭だけ洗えばいいか。」


僕は部屋を出て、辺りをうろうろしていると多分夕飯の片付けが終わったであろう亀子さんと出会った。


「アルスさん何かお困りですか?」

「あっシャワーを浴びたいんですけど、お腹に宇宙人がいて浴びるのが難しそうなんで、髪が洗える洗面台を貸して欲しいのですが・・・」

「あらあら、じゃあいいことを思いついたわ。いらっしゃい」


亀子さんは僕をお風呂場まで案内してくれた。そしてお風呂場にある倉庫から大きな椅子を取り出して、洗面台の前に置いた。


「はいここに座って」

「えっ?」

「さっさ、早く」

「はい」


言われるがままに椅子に座ると急に椅子の背もたれが倒れた。


「あれ?」

「私が洗ってあげますわ?」

「いやそんな申し訳ないですよ」

「いえいえ、アルスさんともちょっとお話ししたかったし。ねっ」


亀子さんはおっとりしているが、少し強引なところがあるようだ。


「・・・ではお願いします」

「任せて」


人に頭を洗ってもらうなんて子供の時以来だ。なんだか気恥ずかしい。


「お湯熱くないですか?」

「はい。ちょうどいいです」

「よかった」


亀子さんは手際良く僕の髪を洗ってくれた。


「あの・・・僕に話って・・・」

「ふふふ、お嬢様のことですわ。ご友人を家に招くことは殆どなかったのでどんな方なのかなと」

「僕は今日チンピラに絡まれているところ久世さんに助けてもらっただけで・・・友人なんておこがましいです。それに僕よりも年下なのにあんなにしっかりしていて大人っぽいなんて・・・僕が友人だなんて不釣り合いです」

「いえいえ、そんなことないわ。今日のお嬢様はなんだか朗らかとしていましたわ。いつも無表情のように見えてちゃんと観察すると案外わかりやすいのよ」

「それ、分かる気がします」

「ふふふ。それに確かにしっかりしている方だけど、少し気を張り過ぎているところもあるの。もう少し肩の力を抜いていいのに。」

「でも亀子さんの前では、リラックスしている感じでしたよ」

「ふふっ。私はアルスさんもお嬢にとって居心地の良い友人になってもらえたら嬉しいわ」

「そっそんな。僕にはそんな大層なこと・・・」

「無理にとは言わないは。でも、お嬢様がもし大きな壁の前に立ちすくんでいたら手を差し伸べてあげて欲しいの」


亀子さんは少し思いつめたようにそう言った。


「・・・分かりました。僕が力になれるのなら」

「ありがとう。はいっ。洗い終わりましたよ」


いつの間にか僕の髪はトリートメントもされていてツヤツヤだった。


「髪の毛も乾かしましょうか?」

「それは流石に自分でやります」

「あらあら」


亀子さんは残念そうな顔をしていた。


「では、アルスさんおやすみなさい」

「おやすみなさい」


亀子さんがお風呂場を出たらすぐに髪の毛を乾かし始めた。


「しかし、つやつやだ」


僕は髪を乾かし終え、部屋に戻った。亀子さんが良い力加減で髪を洗ってくれたおかげか、いい感じに僕の頭はリラックスしていた。


「もう寝よう」


布団に入ると僕はすぐに眠ることが出来た。お腹に宇宙人が張り付いているのに。明日はどんな日になるのだろうか。微睡みの中で僕は無意識にそんなことを考えながら眠りについた。

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