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34.涼の腕の中

あらすじ

翠ちゃん表情ないけど可愛いな……



 ーーカラァン! ガコンッ!


 ピンとボールがぶつかる軽快な音が響く。この音を聞きながらボーリング場に入った時の言いようのない高揚感は誰しもが味わったことがあるのではないだろうか。

 前も言ったが、私はあまりボーリングは得意じゃない。でもここにくると、なんだかテンションが上がる。原理はよくわからない。


「りょ、涼…! 楽しそうだよっ!」


 隣にいた涼の服を引っ張って年甲斐もなくはしゃぐハル。その反対の手は、相変わらず無表情だが、心なしか目をキラキラさせている翠の手をしっかり握っている。

 ちなみにさっきから繋いだ手を振る幅が大きくなっている。表情に出ない分、高揚感やらがここで出るんだろう。なんて可愛いんだ。本当に持って帰りたい。


「昨日も行ったが、翠はボーリングの番組を見てからずっと行きたいと思ってたんだ。喜びもひとしおだろうな。」


 優也は、麦わら帽子を取って露わになった綺麗な黒髪をさらっと撫でながら、優也らしからぬ優しい目付きでご機嫌(に見える)な翠を眺めていた。


 翠はその言葉に表情をピクリとも動かさずすごい勢いで首を縦に振っていた。相当楽しみにしていたんだろうな。


「俺たちのレーンはここだ。荷物はそこにな。あ、貴重品はちゃんと自分でもっておくこと。いいな。」


「はーい、わかりました優也センセー。」


 テキパキと案内してくれる優也が引率教員にしか見えない。そういうの向いてんじゃない?


「はいはい…じゃ、シューズは持ってないだろうから皆レンタルだ。ボールも好きなのを持ってこい。俺と翠、ハルと涼で交代で取りに行くぞ。荷物見てなきゃいけないからな。」


 …やっぱ引率教員とか指導側向いてるよな。そんな全ての行動に理由くっつけて説明しなくたっていいのに。

 テキパキとこの後の行動を指示する優也を見ながら、割と失礼な思考を走らせるハル。…いや、率先してそういうことしてくれるのはすごい感謝してるよ?


「了解ー。じゃあ、先私たちでいいかな?」


 左右のレーンでボールを転がすたびに、キラキラした目でひたすらにボールを目で追う翠を指差しながら言う。既に夢中になっている。もう少しだけ見させてあげてもいいんじゃないかな。


「ん…ああ、そうだな。構わないよ。」


 ちらっと翠の方を見た優也は、すぐにハルの言いたいことを察してくれる。特に気にした様子もなく、行くように促してくれた。


「よし、じゃあ行こっか。」


「ああ、そうだな。」


 ふんす、と鼻息を荒くしてシューズを取りに向かうと、涼がクスリと笑った。

 ……思いの外、自分も楽しみにしてたみたいだ……うう、なんか恥ずかしいな。

 恥ずかしさからか、少し顔を赤らめて俯きがちに歩くハル。


 すると、急にグイッと涼に片腕で抱き寄せられた。


「んなっ!? な、なに? 急に…」


 突然のことに思わず慌ててしまう。だってそんないきなり…っ!


「ここ狭いんだから、しっかり前見て歩かないと危ないぞ?」


「へ……?」


 そう言われて後ろを見ると、ちょうどすれ違いで通っていく男の人が見えた。レーンが並んでいる後ろの道は二人並んでちょうど程度の幅しかない。確かに、俯いて歩いていたから邪魔になっていたんだろうな…


「ああ…えっと…その、ありがと。」


 いや、分かってる。ただ私が邪魔にならないように、誰かにぶつからないようにしてくれただけなんだって。分かってるのに………………ああ、なんだかドキドキするよ………今だってそう、涼の音が、私の鼓膜を叩いてる。涼の熱が、私を溶かしてく。


「ああ、気を付けろよ?」


 仕方ないやつだな、といったように笑って、涼はハルを抱き寄せた腕を離した。

 途端に遠のく心音。もつれる足。窮屈になる私の肺。この気持ちが、全くわからない。


「う、うん。えっと、私、足結構ちっちゃいから…向こうのシューズ、見てくるね。」


「ん、ああ。いってらっしゃい。」


 そう言って、涼と目も合わせずに逃げるようにシューズレンタルへと向かった。

 なんで私はこんなに今、動揺しているのだろう。今まで散々一緒にいた涼にちょっと抱き寄せられた……くらい、で……


 自分の思考から、再び涼の腕の中を思い出してカァァッと一気に顔が(ゆだ)る。


ーーもおお! 今そんなこと考えてる場合じゃないのに!


 そんな乱れた気持ちのまま、23センチのシューズを乱暴に掴み取る。そしてそのままボールを選びに向かった。


 う、ううん…選べとは言われてもなぁ…何がいいんだろ。球の選び方なんて分かんないよ……


 ふと、13と書かれたボールが目についた。前回のボーリングの集まりで使った球も13だか12だかと書いてあった気がする。


「これ、どんなもんなんだろうなぁ…」


 そんな軽い気持ちでその球を、ひょいと持ち上げてみた。



ーーーお、重っ!?



「あれ、ハル、それにするのか?」


 予想外の球の重さに驚愕した瞬間、背後から聞き馴染みのある声が聞こえた。


「へ!? は、りょ、涼!?」


 だが、さっきの出来事の後で、普通の心持ちのままその声に反応することはできなかった。それに今回は、重ねてタイミングが悪かった。



ーーーわわっ! バランスが…っ!?



 身の丈に合わない重量の物を持った状態で、何かに驚き後ろに傾くようなことがあれば、なにが起こるのかは想像に難くない。

 ハルはあっさりバランスを失い、固い地面への衝突のカウントダウンを始めていた。


「ハルッ!!」


 傾く視界の中で、涼の必死な声が聞こえた。そして次に訪れたのは、固くて冷たい床の感触ではなかった。



「ふぇ…? あ……え?」



ーーードクッ…ドクッ…ドクッ…



 心音が聞こえる。それもとびきりに強くて大きい。なにが起きたのかは分からない。ただ、あったかくて大きなものに包まれている感触。



「……良かった。」



 心底安堵したような声が降ってきた。紛れもなく涼の声だ。ただ気になるのは、今私はどうなっているのかだ。……そんなこと、ここまできたら薄々分かってはいる。ただなんとなく、分かりたくないだけだ。



 涼は私を球ごと強く抱きしめていた。この球も相当重たいのに、私を助けるためにとっても踏ん張ってくれていた。


「あ……あの………」


 その時の私は、相当無様だったと思う。ただ顔をこれでもかと真っ赤にして、口をパクパクすることしかできなかった。


「まったく…そんな重いの選ぶからだぞ。今のハルに13ポンドは……って、泣いてるのか…? あの、ごめんな…?」


「な、泣いてないやい!」


 ただ恥ずかしいだけだ! ほっとけ!!



 きょ、今日の私はなんかおかしい! そうだ、今日だけ、おかしいだけなんだっ!


 そんな風に必死に自分を誤魔化そうとする自分も、結構無様だったような気がする。

なんだか急展開になってしまいましたが、そろそろくっつけと思っています。そしてあんなことやこんなことをさせたいとも思っています。だからといって展開を急いだわけではないので安心してくださいね!!


感想常にお待ちしています!速攻で返信させていただきます!! 悪魔にTSさせられるお話も書いてますので、そちらも合わせてご覧ください!!


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