3.苦悩
あらすじ
彼女にフラれたよ!
ーー暗い。
先は全く見えない。どこかもわからない闇の中を俺は手探りで進んでいた。どうやって足を動かしているのか。一体どこへ向かおうとしているのか。
それすら分からなかった。
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強烈な光で、葉輝は目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む日差しが、煌々と瞼を焼いていた。外からは、夏の風物詩気取りした、傍迷惑な求愛の音が忙しなく鳴り響いていた。
ーーなんだか不思議な夢を見た気がする。
どこへ行っても真っ暗で、もはやなにをしているのかもわからないような…。薄ら寒い思いをしながら葉輝は身体を起こした。
やはりというべきか、身体は女子のままだった。あまり期待はしていなかったつもりではあっても、やはりどこか期待していたのだろう。
夢であってほしい、と。
しかし、現実に起こっているのは葉輝は依然女子のまま、ということだけ。じっとりと身体に馴染んだ汗を見て、『戻りたい。』という思いを改めて自覚した。
「とはいえ、うじうじ悩んでも仕方ないよな。
これからどうするか、いい加減考えないと。」
まだ夏休み中だということが不幸中の幸いでもあった。こんな姿を、いきなり大学の友達に見せるわけにはいかない。
それに、大学の夏の課題は、高校の時に比べれば圧倒的に少なく、圧倒的に楽だった。そう考えると、これからの事を考える時間は幾ばくかは残されていると思えた。
「とはいえなぁ、性別が変わったら大学に手続きとかしないといけないのかなぁ?
なんて言えばいいんだよ…。
『朝起きたら女の子になってました♡』ってか?
誰が信じてくれるんだそんな話…。」
自問自答を繰り返しては否定して、葉輝は頭を抱えた。
「こうなったらもう仕方ないな。
気は進まないけど、親に相談するしかない…。
信じてもらえないだろうが、信じさせなきゃ俺はバッドエンドだ。」
自分で思っておきながら、バッドエンドという言葉に身震いした。己を奮い立たせ、枕元に置いたスマホを手に取る。慣れた手つきでホーム画面を開くと、連絡先の『母』という文字をタップした。
葉輝の母は感情が昂ぶるといよいよ何を言っているのかわからなくなる人だが、芯は強く、息子の話を真摯に受け止めてくれる。
大丈夫。大丈夫。と自分に言い聞かせ、母の電話番号を押した。
ーープルルルル。プルルルル。
間延びしたような機械音が葉輝の部屋に響いた。なんだかしっかりと入れた気合いをどんどん削がれていくような気持ちがした。
ーープルルッ、『もしもし?』
訝しむような母の声が聞こえた。
当然だろう、大学に入学してからロクに連絡を取った覚えがない。そんな息子から急に前置きもなく連絡が来れば変だと思うのが普通だ。
でも実際、変なことが起きているのだから、そこは許してほしい。
フッと息を吐き、滲んだ手汗を握りしめて、絞り出すように声を出した。
「もしもし…あの、母さ」プッ、ツーーーーー…
いや、あの………は?
そうして返ってきたのは、驚きでも悲しみでもなく、ただの機械音だった。
親は大事にしないといけませんね。
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