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霊感隠し

霊感あっても隠したい2

作者: ぐっちょん

『霊感あっても隠したい』の続編になります。


息抜きで描いたら思ったより長くなりました。


暇つぶしにでもなればいいのですが

「ふぅ……」


 目の前を歩く学生たちの背後を、少し色白の学生らしきものたちが付いていく。


「前は影っぽくて目に優しかったのに……」


 足もあるし、姿、というか服装? も護っている人物を真似しているしで、鮮明に見えるようにあったあの日からの戸惑いは今も続いている。


 そう、すべてはあの日から――


 何せ、生徒たちは学校では学生服を着るのが当たり前。

 するとなぜか、守護霊たちも守護する者と同じ学生服を身につけている。


 授業中なら、みんな着席しているから……まあ、偶にふらふら守護対象者から離れて歩き漂っている守護霊もいるけど……


 休み時間になると誰が誰やら……教室内の密度にプチパニックを起こしそうになる。


 ああ、そうそう、俺の目には守護霊の性別は護っている人物と同じ性別に視えるんだ。


 ――はぁ……


 この変化に馴染めず、考えるだけでついため息をついてしまう。


「明人君、おはよう」


「おっす神木、朝からため息ついてると、幸せが逃げていくんだぞ」


「あはは咲希、そんな事あるわけないじゃん。神木君、おはよう」


「え、そうなの?」


「そうだよ」


 俺を見つけた白石ユイ、赤崎咲希、青山舞子が挨拶をしてくる。これも変化の一つだ。


 中学時代は、別に白石一人が悪いわけじゃないのに、白石はあの日から律儀に挨拶をしてくる。


「ああ、おはよ」


 俺は気まずさから素っ気なく返すだけなんだけど――


 ただあの時、彼女たち二人に見られた俺たちの行動は明らかにおかしかった。その後の白石が俺に対する態度や行動も――


 結局、白石は、親友と称する赤崎と青山からの追及から逃れることができなかったようで、あの時の状況を詳しく説明したようだけど……まあ、普通……信じるはずがない。


 信じるはずないんだけど、白石が信じさせようとムキになり、信じさせた。中学時代と同じような状況にしたくなかったのだろう。


 その結果が今の状況だ。


「まーた、神木は……暗い、暗すぎる。何でそんなに暗いんだ。あ! あれか、いつも視えてるあれのせい?」


「ちょっとサキ。毎日毎日凝りもせず、明人君に何てこと言うの」


「ユイ、別にいいじゃん」


「だって……ねぇ……」


 ――そう困ったような顔を俺に向けられても、俺は知らん。


「ほら、神木もそうだって言ってる」


 ――言ってねぇよ。


「あはは、また始まった」


「……」


 だいたい男子高校一人(俺)に対して学年でも人気のある女子高生三人(彼女たち)相手に何を話せと言うんだ。


 ――はぁ……


 そんな親しくもない俺なんかに絡んでると、周りから奇異の目で見られるってことに気づかないのか?


「もう……いつもサキがごめんね」


 申し訳なさそうな顔をした白石が俺の顔を覗き込んでくる。


 ――近っ!


「別にい……い?」


 慌てて覗き込んできた白石の顔から逃げるように、顔を背けた先には、何やら企んでいるような笑みを浮かべる赤崎がすぐ傍にいた。


「お前……その顔……」


 最近、何度となく俺に見せる顔だ。俺はもう赤崎が何をしたいのか理解できた。


「ふふふ……ちょいと失礼するよ」


 案の定、赤崎は俺の左肩に右手を置いた。


「……ふぇ〜、いるいる。今日もいるね。白い影がいっぱい視える。何度視ても不思議だね」


「ったく……お前、物好きだな」


 そう、白石がムキになって本当だと、証明した方法、それは俺に触れて実際に視せたこと……

 彼女たちは、視えないものが視えるこの現象が不思議でたまらないらしい。


 まあ、くっきりはっきりとは視えないようだけど……


「あ、ずるい、私だって視たいのに……」


「うん、あたしもみたい……」


 白石や、青山まで俺の肩に触れ、三人で何やら雑談し始めた。


 ――はぁ……


 しばらくは我慢したが、いい加減この状況から脱したい、そう思った時だった。


 赤崎の守護霊。赤崎を少し幼くしたような可愛いらしい守護霊が何やら思念を視せてきた。


 ――え……


 俺は思わず赤面した。


 ――これを伝えるのか?


 赤崎の守護霊がこくこくと頷く。


 ――本当に?


 赤崎の守護霊が同じようにこくこくと頷く。


「……赤崎、その、なんだ……お前の守護霊が心配してる……」


「「「え?」」」


 仲良く話をしていた彼女たちの視線が一斉に俺を向くが――


「え?」


 その視線の目力が思いのほか強くて、怖い。


 ――どうしよう……やっぱやめよう、かな……


 何も考えずいつもの調子で伝えてしまったが、正直、今回の内容は話しづらい。


 そう思い直し、赤崎の守護霊へ視線を向ければ、その瞳にじわりじわりと涙が浮かび上がっていくのが視えた。


 ――あ! これって……まずいやつ?


『守護霊の霊魂を乱す奴があるか』


 俺の頭にそんな声が届くと共にキーンと不愉快な耳鳴りがする。


 ――やっぱりぃぃぃ……


 これは俺の守護霊の仕業で、俺が霊に対し間違った行いをするとこんな風に伝えてくる。有り難いようで、有り難くないような、けど姿は見せてくれない。


 正直、この音は気持ち悪い。長く聴いていると、まるで船酔いしたような気持ち悪さがずっとつづく。こんな朝っぱら船酔いなんて嫌だ。


 ――……わ、分かった……伝えるから、な。


 赤崎の守護霊が笑みを浮かべこくこくと頷く。


『よろしい』


 守護霊も納得したくれたようで、キーンと言う音も止んだ。


 ――ふぅ……


 思わず安堵の吐息をもらしてしまったが――


「明人君? どうしたの、苦しいの?」

「神木ってば、おーい、戻ってこーい。振り逃げはずりーぞ」

「あはは、神木君の顔、百面相」


 気づけば彼女たちが心配そう? に顔を覗き込んでいた。


「おわ……」


 ――近っ!


 慌てて顔を後ろにひいた。


 彼女たちは、俺に触れることに慣れてきているのか、その距離感がおかしい。


 それは普通の健全な男子高生なら勘違いしてもおかしくないレベルだ。


 ――まぁ、普通ならね……


 俺はすぐに彼女たちから距離を取り一歩下がった。


 ――普通か……


 彼女たちが少し不満そうな顔をしたような気がしたけど、そんなに不思議現象が視たいのかね……気づかないふりをして話を続けた。


「ごめん。今も、その内容を確認していたんだ」


 彼女たちは俺が急にボーッとしていた状態、実際は違うんだけど「あ〜、それでなの」と三者三様、納得の表情を浮かべた。


「な、なあ……私のこと……心配しているって言ったこと、それほんと?」


 その対象である赤崎の顔は、不安なようでいて、興味津々といったような顔をしていた。


「ほんとだ。聞きたい?」


「も、もちろんだよ」


 ――そりゃそうだよな。


「あ、あのさ……白石と青山はちょっと……プライベートな部分だから……赤崎だけに伝えるよ」


 当然、白石と青山からは不満の声が上がるが、これは俺の保身のためでもある。


 取り敢えず謝って俺はその内容を赤崎だけに聞こえるよう、小声で伝えた。


「これから数日は、気温が下がるらしいけど……」


「うんうん、それで……」


 初めて自分の守護霊からの言葉? 赤崎は真剣な面持ちで頷き、続きを催促するような視線を向けてくる。


「それに部活の試合の日も近いよな」


「うん。え、もしかして部活のこと……」


 赤崎は運動部だ。不安を感じた赤崎の顔色が悪くなっていく。


「ケガとか、かな……」


 ただ、内容を知っている俺としては申し訳なく感じたので一気に話すことにした。


「えーとだな。いつものように、お風呂上がりに裸でうろついていると、風邪を引くから気をつけるように、と守護霊がひどく心配している。以上だ」


 赤崎の守護霊は、自分の心配事が伝えられたことがうれしかったのか、笑みを浮かべてこくこく頷いている。


「へ?」


 だが、当の本人赤崎はというと、一瞬だけ呆けていた顔が、みるみる真っ赤に染まりぷるぷる身体が震え始めていた。


「お風呂……裸……」


 ――あれ……


 一度だけ俺は、彼女たちにはどんな風に思念が送られてくるのかを尋ねられ、話したことがある。


 それは、断片的な写真のような時や、映像のように鮮明に視える時など、霊によっても違うし、伝えたいという思念の強さでも違いがあるんだ。そう答えたはずだ。


 その時、彼女たちは驚いた顔をして「すごいね」と言っていた。


 ――あ〜……


「そ、そう言うことだから、気をつけろよ。じゃあな」


 身の危険を感じた俺は逃げるように教室に向かった。


「か、神木ぃぃ!!」


「ちょっとサキ」

「あははは、何、何? 何を言われたの」


 ――――

 ――


「おっす。明人」


 しばらく教室で大人しく座っていると(赤崎に睨まれているから仕方ない)いつもより登校の少し遅い広友が教室に入ってきた。


「おっす。広友、今日も寝坊か?」


 最近、広友は遅刻ギリギリで教室入ってくる。もうすぐ予鈴が鳴りそうだ。


「いや、違うぞ」


「ふーん」


「……」


「……」


「な、なんで何も聞いてこないんだよ」


「いや、ただ何となく……」


 広友の守護霊が鋭い視線できょろきょろと何かを警戒しているように視える。こんな時って必ずと言っていいほど良くないことが起こる。


「広友。変なことに首を突っ込むと巻き込まれるぞ」


 ――一応、釘は刺しとくけど……


「え、いや、ほら俺の好きだった子が……いつも一緒にいるメンバーから離れててさ、一人でいるし、元気なかったから……どうしたのか気になって……って、何で分かった?」


「別に、ただの勘だよ。それで、広友の好きだった子ってあの不良っぽい……緑川だっけ?」


 ――というか、あれは不良だな。


 化粧は濃いし、髪染めてるし、スカート短いし、たばこ……コホン。よく校内でガラの悪い男女複数人とたむろっているのを見かける。


「不良っぽい言うな。緑川さんはそんな子じゃない、と思うんだ……」


「……」


「はぁ、ケンカでもしたのかなぁ……もしかして、いじめられているとか! ……それだと俺……」


 ――あの緑川がいじめに? ……ないない。


 なんでも広友は、高校一年の時、ガラの悪い男たちに絡まれていたところ、その彼女に助けられたことがあったとは聞いている。

 当時、意外にいいヤツなんだな、と感心した記憶があるけど、よく聞いたら、その絡んできた男たちって緑川の連れなんだよね……


 ――うーん。


 広友も自分が付き合える相手とは思っていないようだから、好きだった、と俺や自分に言い聞かせているけど、すれ違う時とか、目で追ってるしバレバレなんだよ。


「それで……」


「彼女が元気ないのは今日だけじゃなく三日目なんだ……だからさ声、かけたいなぁ、なんて、な、あは、あははは……」


 ――はぁ……広友って、何気に細マッチョで顔立ちはいいんだけど、好きな子のこととなると急に気が弱くなって……頼りないというか、なんというか、残念? 


 ――うーん。でもなぁ、そのクセに一途で真剣なんだよ……はぁ、相手はあの緑川だろ。俺どうしてやったらいいかまったくわからん。


 そこで予鈴が鳴り広友は「また後でな」と言って席に戻った。


「緑川、元気がない、か……」


 ――――

 ――


「明人。少しだけでいい、少しだけ付き合ってくれ」


「マジで?」


「ああ……」


「朝も見てきたんだろ?」


「そ、そうだけど……」


 結局、お昼を食べてもそわそわしていた広友に付き合わされ、話かけるのかと思えば隣のクラスを見たいだけらしい……


「はぁ、分かったよ……」


 何だかんだで、俺は広友には助けられている。


 高校に入って誰とも話そうとしなかった俺が、孤立しなかったのも広友が声をかけてきてくれた部分が大きく、口にはしないが、俺はこいつに感謝している……でも、だから尚更……伝えようか悩む……


 これは下手したらストーカーだと勘違いさせるレベルだと。


「今回だけだからな……」


「おお、サンキュー」


 そう思いつつ立ち上がったはいいが、まるでタイミングを見計らったように広友の守護霊から思念が断片的に送られてきた。


 ――はぁ? なんで今……って、おいウソだろ。


 それは教室で倒れている広友の姿だった。でも、それはこの教室ではない。


 ――隣? 隣なのか? あーもう、わかんねぇ。


 何かに遮られているのかノイズのようものが走り、断片的にしか伝わってこないためよく分からない。


 もっと詳しく送ってくれと広友の守護霊に視線を向けるも、悲しそうに首を振るだけでそれ以上は何も分からなかった。


 ただ、広友を今、隣のクラスに近づけたらダメだということは分かった。


「広友……やっぱり、やめとこう。朝も見たんだろ、気づかれたらストーカーだと勘違いされる、と思う、けど……」


 広友をちらり一瞥してそう伝えた。心が痛んだが、俺だって親友に何かしらの災いが降りかかる姿を視せられて、黙って見過ごすわけにはいかない。


「す、ストーカー……って俺、そんなつもりは……」


 ――すまん。


 俺は心の中で謝り続けた。


「だって俺は……」


 それでも広友の顔が、ショックで気落ちしていく様を見て、いたたまれない気持ちが増してきた俺は、つい余計なことまで口ずさむ。


「……いっそのこと告白でもするか?」


「こ、告白! 俺が? な、なんで……」


「いやまあ、バレバレだからさ。ゆっくり内容を考えて放課後とかにさ、な?」


「ば、バレバレ……告白……」


 気落ちしていた表情から一転。


 広友が、自分で口にする告白という言葉に顔を真っ赤にしてまごついていると、何かの意思に引っ張られたかのように廊下から男子生徒数人の声が聞こえてくる。


「なぁ、あいつらやっぱり様子おかしくね?」


「ん〜市来たち? そういえば、そうだな。あいつら、なんかやったのか?」


「ああ〜なんか先週SNSにアップするってどっか行ってなかったか? その時は騒がしいくらいでいい迷惑だったけど……」


「たしかに……で、どこに行くって言ってたっけ?」


「ほら、あそこだ。あそこ。えーそうコツコツの森。肝試しがてらコツコツの森に入るって……」


「げ! 何あいつら、マジで出るってウワサの森に入ったのか」


「ああ、たぶんそうだろう。ただホンモノが映れば儲けモンって言ってたはず」


「おう、それなら俺も聞いた。緑川と黒木と市来とだっけ?」


「あと三年の先輩と一年の後輩の数人でって楽しそうにはしゃいでいたぞ。マジで煩かったわ」


「結構大人数なんだな」


「ああ、いつもの連んでる連中だろ。でもそれからか? ……あんな感じになったの、まるで感情が抜けたようにみんな一人で席に座っている。マジで怖ぇんだけど……」


「何それ、絶対ヤベーじゃん」


「だからさ、誰も怖くて近づけねぇ」


「なんで普通に登校してくんだよ。気味が悪いんだけど」


「そうなんだけどさ……」


「俺もそれ聞いたら絶対無理だわ。俺、お前のクラス行かねぇ。怖くて近づきたくねぇもん」


「かー、お前ヘタレだな」


「じゃあお前いけるのか? 見ててやるから声かけてみろよ」


「……あーっと、いけね、俺、後藤先生に頼まれ事あったんだわ」


「何それ、ずりー、俺も行くわ」


「ちょっ待て、俺も行く」


「ついてくんなよ……」


「いいじゃねぇか」


「そうそう……親友だろ……」


「何が親友だ……」


「抜け駆けは……な」


「な、じゃねぇよ」


 やがて数人の男子生徒の声は離れて行ったが、広友は机に視線を落とした状態で静かに立ち尽くしていた。


「おい、広友? 大丈夫か?」


「俺……する」


「は?」


「俺、緑川さんに告白する、けど今は無理だ」


「……」


「でも仲良くなりたい。困ってそうなら相談に乗ってあげたい。なぁ、明人。だから俺が話しかけても、おかしくないだろ?」


 言うが早いか、広友は俺の話を聞く間もなく教室をさっさと出ていった。


「え……あっ、ちょ、待てって広友!」


 ――くっ、油断した!


 慌てて俺も後を追ったが――


「ああ、ほらやっぱり。緑川さん一人で座ってる……」


 一足早く着いた広友は、何やらぼそりと呟くと、躊躇することなく隣の教室に入っていった。


「広友! だから待てって!? 今はダメだ。放課後に、ああもう、バカ広友がっ!?」


 俺は胸の騒めきを隠せないまま、遅れて入った教室の光景に驚きを隠せなかった。


「あ!?」


 ――なんだ、これ!?


 俺の目には酷くやつれ薄くなっている様に視える緑川の守護霊が、緑川から何処かに向かって細く伸びている糸を必死に掴んでいるように視えた。


 緑川だけじゃない、他にも茶髪の女子生徒と赤髪の男子生徒も同じ状況だった。

 たぶん、茶髪が黒木で、赤髪が市来なのだろう。


 なにせこの教室には、昼休みだというのにその三人しか残っていなかった。

 なんとなく部屋全体も薄暗い。嫌な感じだ。


「緑川さん……」


 広友に俺の声は届いていないのか、周りを気にした様子もなく、ずかずか緑川のところに向かっていく。


「おい、広友!」


「緑川さん、話があるんだ……」


 すると、緑川の守護霊の虚ろな目が広友を捉えると同時に気味が悪いくらい見開き、その守護霊の片手らしきものが広友に伸びる。


『明人急げ』


 ――くっ!


 俺は、守護霊様に背中を押されるように急いで広友の側まで走り――


「広友!!」


 どうにかその肩を掴んだ。


「あき、と……」


「おい、広友! しっかりしろ」


 だが少し遅かったようで、俺が広友の肩を掴んだ時には、広友は意識を失いかけていた。


「おい、広友! おい!」


「……」


 先ほどの思念が頭に過ぎる。焦る俺は広友の身体を必死に揺すった。


『こら明人、明人』


「しっかりしろって、おい!」


『明人』


 守護霊様が何か知らせようとしてくれていたけど、俺は冷静さに欠けていた。

 気づけば黒木と市来から伸びてきていた守護霊の手が俺の意識を刈り取っていた。



 ――――

 ――


『……と……せ』

『……人……覚ませ』

『明人、目を覚まさぬか』

『これ! 明人!』


「う、うーん。うるさいなぁ」


『このバカタレ!』


「い、いぃぃ!」


 俺は嫌な耳鳴りを聞き慌てて飛び起きた。


「……ここは、あれ、なんで森?」


 俺は薄暗く靄のかかる森の中で、学生服姿のまま倒れていたようだ。


『ほんと情けない。あれくらいで取り乱しよって、修行が足りん』


「修行ってねぇ君……どこかで、見たことあるけど……あれ……俺? 君は俺?」


 幼い頃の俺の姿をした子が目の前にいる。なんとも不思議な感覚だ。これは夢なのか?


『何、戯けたことを……よく見ろ』


「いや、よく見なくても、ここは俺の夢の中か」


『しっかりせんか明人』


 再び、俺の嫌な耳鳴りが頭に響か渡る。


「ぁぁ……耳が、え、なに? もしかして俺の守護霊、様?」


『そうだ。やっと理解したか……』


 ――ふぅ、正解か。よかった。耳鳴りが止まった。


「……ではここは? 俺、確か……教室で……広友を追って……広友が意識を失って、広友、あれ広友は!?」


 俺の周りには守護霊様以外、誰もいなかった。当然、俺が探している広友の姿もない。


『えぇい少しは落ち着け。ここは冥界と現世の狭間だ。現世ではコツコツの森? そう呼ばれていたと思うが』


「だって焦るだろ。広友が倒れて……広友を……え? 冥界の狭間? コツコツの森が?」


 俺はゆっくりと周りを見渡した。物音一つしない。けど、どうやら今、俺がいる場所は薄暗く気味の悪い森の中らしい。冥界側の。


『お前は助けを求める生徒たちの守護霊から引っ張られたのだ。

 先に引っ張られた広友やらの守護霊からもな……まあ、ワシみたいにこちらまで付いてこれる(守護霊)はおらぬがな』


「助けを求められた……あれか」


 俺の意識を刈り取られていく中、必死にもがく守護霊たちの悲痛な面持ちを思い浮かべた。どうやらその中に、広友の守護霊も入っていたらしい。


 ――隣のクラスに行かせるなって思念、強かったもんな……


「はぁ、ところで俺、死ん……」


『死んではおらん』


「でも、なんとなく分かるけど、かなりマズイんじゃない?」


『うむ……』


 俺の問いに守護霊様は肯定も否定もしなかった。でも、俺がそうだと思えたのは、目覚めてからずっと、ほんの少しずつだけど力が抜けていく感覚が取れないでいるからだ。


「守護霊様、分かる範囲で教えてください……」


『うむ……』


 俺の守護霊様が言うには、感情が抜けていたという緑川たちは半分冥界に足を突っ込んでいるからだそうだ。魂が半分抜けている、とでもいうのかな。


 ただ本人たちに、その自覚がなく、まだ肝試しをしていると言った方がいいのかな? この森の中を彷徨っているはずらしい。

 時間が経てば現世との繋がりが切れ、必ずお迎えがくるだろうと怖いことを言う。


 では学校にいた緑川たちはというと半分の魂と身体にあった記憶から同じ活動を繰り返しているだけだろうという。なんとも不思議だ。


 本人たちを護るよう必死に繋ぎ止めようとしていた守護霊のおかげだとも言うけど、あの状態では、守護霊ともども、現世に留まれる時間は残り少ないだろうと、俺の守護霊様が淡々と話す。


 それをどうにかしてほしくて、俺と広友は緑川たちの守護霊に引っ張られたようだけど……


「そうか、でもなんで、こんなことに……」


 緑川たち以外にもコツコツの森は心霊スポットとして結構な野次馬が入っているはずなんだけど、今まで、心霊を見たという意見は、よく耳にするものの、こういった現象が起こったという事例は聞いたことない。


 こんなことが頻繁に起こり亡くなる人でも出れば立ち入り禁止になっていてもおかしくないはずだし、それなのに……


『このコツコツの森には霊の通り道がある。そこに偶々足を踏み入れたのだろう。

 そしてこっち側(冥界側)に魂の半分だけが引っ張らたのだろう。通常なら起こり得ないのだが……』


「そんな……」


『ほれ、ボーっとしておらんで、早くみなを捜してこい』


「え?」


『ワシが現世への帰り道を開いて置く、ほれ、この通り見てみろ』


「……すげぇ」


 守護霊様が右手をかざした先には、キラキラと澄んだ歪みがあった。すぐにその歪みに飛び込みたい衝動が襲ってくるが、ぐっと我慢する。


 ――あれ? これは……


 そこから十本の金色の糸が伸びていた。


 その内の一本は俺の身体に、他の九本は森の中に伸びている。

 恐らく、守護霊様が力を抜いたら歪みが閉じて糸がプツリと切れてしまうんじゃないのだろうか。守護霊様様だ。


『うむ。それを頼りにみなを連れてくるのだ』


「これを頼りに……分かった」


『うむ。だが、見ても分かるが、お前と広友だったか、その者以外の八本の糸は細く、いつ切れるかも分からぬ。急げ』


 見れば八本は細く今にでも切れそうに思えた。俺はその糸を切ってしまわないように一歩が下がった。


『明人。それは明人が触ったところで何も起こらん。気にせず糸を辿れ』


「……ありがとうございます」


 俺は守護霊様に感謝して糸を辿り森の奥を目指した。


『いいか明人。心を強く持て。それさえ守っておれば帰って来れる。良いな。心を強くだぞ』


 後ろから聞こえた守護霊様の声に片手を挙げて答えた。


 ――――

 ――


 ――まだ先なのか……まだか……まだなのか……あれか!


 糸を頼りに走ること数分。木の陰に隠れてどこかを眺めている広友を見つけた。


「おい、広友!」


 広友はびくりと震え上がり、ゆっくりこちらを向いた。


「なんだ、明人か。脅かすなよ」


「脅かすなよじゃねぇ、ここにいたら危険なんだ。帰るぞ」


 広友が何を言ってるんだ、と呆れたような目を向けてくる。


「お前、どうやってここに来たか思い出してみろ」


「どうやって?」


 広友はどこか遠くを見ている。俺の問いを考えているのだろうが、急に俺の方へと視線を向けた広友だったが、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。


「なんで俺、森にいるんだ」


 まるで今、俺が尋ねたことで、初めて森の中にいることに気づいたような反応だ。


「気づかなかったのか」


「あ、ああ」


 戸惑いの表情で未だにきょろきょろと森を見渡す広友は、嘘をついているようには感じられない。


 じゃあ、俺がここにいなかったら広友はずっとこのまま気づかず……


 やはり、この場に留まっているのは危険だ。


「俺も不思議に思って森の中をフラついていたら急に声が聞こえたんだ。

 この森から早く出ろって、ほら、後ろを見ろ。糸が見えるだろう? この糸を辿れば学校に帰れるってな」


「うおっ、糸だ。糸がある。マジか……よかった……ん? お、おい。明人には糸はないのか?」


 広友がオロオロとしながら俺の糸を探している。


 ――そうか。広友には自分の糸だけしか見えないのか。


「いや、俺にもちゃんとある。そうそう。忘れてわ。この糸、自分の糸だけしか見えないらしいわ」


「ふぅ、早くそれを言えよ。びっくりさせるな。はあ、焦ったわ」


 広友が自分の身体から伸びる金色に光る糸を不思議そうに眺めている。


 ――これが自分の身体に繋がっているって言ったら、もっと驚くだろな……


「あー明人。ほら、緑川さんたち。そこに居るんだ」


「本当か! ど……れ?」


 広友が、嬉しそうに指差した先には八人の賑やかな集団が見える。

 その集団はスマホ片手に風景を撮りあっている。緊張感のカケラもない。


「緑川さん元気になっててよかった。でも、あの集団にいるからさ、声掛けずらいくて」


 そう言って困ったと腕を組む広友だが、そんな悠長には構えてられない。


 なにせ、俺たち以外、八人の糸がまた細くなっている気がする。


「行くぞ。もたもたしてると帰れなくなる」


「帰れなくなる? なんだよそれ、明人! 待てって俺も行く」


 ――――

 ――


 音がしない。虫や獣、俺自身の足音さえも、そんな森の中。


 初めは賑やかで近寄りがたいと思っていたが、実際、近寄ってみると、緑川たちは同じ言動を繰り返していることに気づいた。


「なぁ、明人。何で緑川さんたち返事してくれねぇんだ?」


 広友は戸惑っているのか眉尻を下げた顔を、俺に向けた。


「ああ、こんなに近づいているのに気づきもしない……それとも無視されてる、ってことはないな。さっきから同じ言動を繰り返してるし……」


「あ、ああ……やっぱりそう見えるよな……正直……」


 広友はその後「気味が悪い」と言いたかったのだろうが、緑川の顔を見た広友は、その言葉を発することなく呑み込んだようだ。


 ――実際、不気味だ。この音のない世界も……


 再び彼女たちに目を向ける。


「くそ〜、映んねぇな」


「もう一回撮ってみようぜ」


「じゃあ、次ウチが撮るよ」


「先輩、あたし撮ります」


「そう。じゃあ、頼むね」


「はーい。じゃあみんな寄って寄って……」


 俺たちの目の前で七人がかたまり、一人がスマホで写真を撮った。


 何度となく繰り返している。


 何だかんだで写真を撮るのは決まって一年の制服を着たケバイ女の子と、坊主頭の三年の先輩だ。


 ――かと言って、このまま見殺しなんて……


 ふと、心配そうに眺めている広友を横目に見る。


 ――できないよな……ん? こいつら……


「お、おい。明人何をするんだ」


「こうするんだよ」


 俺は、回し回し使っているスマホを一年の女の子の時に取り上げた。


「あ、明人何やってるんだよ。みんな見てるぞ」


 だっておかしいだろ? みんなスマホを持っているはずなのに使っているのはこの一台だけ……明らかにこのスマホに固執している。じゃあ、このスマホが無くなれば……どうなる。


「いいんだよ」


 みんなの色あせた視線が一斉に集まっているが、動こうとはしない。


 ――ほらな……こいつらは現世での言動を繰り返していただけ……これは想定外になるんだな。


「明人。お、おい。いくら何でもそれはマズイって……」


「大丈夫だから」


 俺は構うことなく、取り上げスマホを土からむき出しになっていた大きな石に置き、別の石をスマホに叩きつけた。


「この!」


「「「「きゃっ」」」」

「「「「ぐっ」」」」


 俺がスマホを地面に叩きつけた途端、奇声と共に八人が頭を抱えしゃがみこんだ。


「なに? みんなどうした? いったい何が起こったんだ」


 モクモクと黒い煙を上げているスマホと頭を抱え込む集団を怖々と見ている広友が俺の制服を引っ張る。


「みんなに声かけてみる」


「お、おい。大丈夫か」


「ああ、多分。先輩大丈夫ですか。しっかりして下さい」


「何で先輩から起こそうとするんだよ……市来からにしろよ」


「いいんだよ。先輩、先輩、せ、ん、ぱ、い!!」


 ――どうせみんな起こすんだ。一番怖そうな人にこの状況を見せとかないと、説明が面倒だ。


「……う、ぅぅ……だ、れだ」


 何度か呼びかけると、虚ろな目をした坊主頭の先輩が俺の声に反応して顔を上げた。


 ――よかった。


「広友も、ぼけっとしてないで、手伝ってくれ」


「あ、ああ」


 そう返事する広友が真っ先に向かったのは緑川だ。


「緑川さーん! しっかり」


 広友は緑川が心配でここまで来ているから当然といえば当然だが、広友は緑川の両肩を掴み起こしガクガク揺すっている。

 頭がカクンカクンしている緑川が少し気の毒に感じた。


「で、お前誰だよ」


 意識のしっかりしてきた厳つい坊主頭の先輩が睨んでくる。


「俺二年の神木といいます。先輩は……もう大丈夫そうですね」


「はぁ、お前、俺を舐めてんのか?」


 坊主頭の先輩が顔をしかめ睨んでくる。起こしてやったのに、これだからガラの悪い連中は嫌なんだよ。


「あー、今はちょっと……そこで大人しく待っててください」


 俺はその面倒な先輩を無視し、ツンツン頭の先輩を起こすことにした。

 坊主頭の先輩がまだ睨んでいるが、まだ立ち上がることができないようで助かった。


 ――――

 ――


「おい、起きろ!」


「……ぅぅ……」


 最後に、少し幼さの残るリーゼント頭の一年の頭を叩いて起こす。


「ほら、早く起きろ」


 多少手荒くなったが、時間がないので許してくれ。と心の中で謝っておく。


 広友は、緑川を起こして早々に戦力外となったが、初めに起こした坊主頭の先輩が周りで倒れている後輩に声をかけ、起こしてくれて手間が省けた。


 見た目と違って面倒見はいいようだ。仲間だから?


「それで神木。町村(まちむら)の言っていることは本当か?」


 先に広友から説明を聞いていた緑川が自分から伸びる金色の糸を見てそう聞いてきた。


「ああ、この糸を辿れば学校に戻れる」


「はぁ! 何で俺たちが学校に戻るんだ。テメー俺たちをバカにしてんのか?」


 ツンツン頭の先輩が詰め寄ってくるが、それを市来が庇うように前に出てきた。


「神木、こんな時に冗談はやめろ。今日は日曜日だぜ」


「日曜じゃない。ああ、もう。時間が惜しいんだよ! お前ら、この音も何もしない世界や、自分から伸びてる金色の糸を見て何も思わないのか?」


「「「え?」」」

「「「「ああ、あ」」」」


 緑川以外が、自分の身体から伸びる金色の細い糸を見てその口を閉じた。


「その糸が切れたら終わりだ。詳しくは帰ってから説明するから、とりあえず俺の言うことを聞いてくれ」


 まだ完全には納得していないようだったが、自分の身体から伸びている不可解な糸を見てみんな何も口出してくることはなかった。


「その糸を辿って数分も走れば帰れる」


「あ、ああ」


 みんな、渋々と走り始めようとするなか、一人だけ、一年のケバイ女子生徒が動こうとしない。


「みんな騙されてるよ。こんなことあり得ないもん」


 そう言って座り込む、ケバイ後輩の肩や背中には何もない空間から伸びている無数の青白い手に掴まれている。


 ――これは、引っ張られている? もしかしてこれが守護霊様が言っていたお迎え? ならば糸は? よかった、まだ繋がっている。


「歩美……お前の肩……」


「や、やべぇー」


「マジでい、いるのかよ……」


「大丈夫だから。走れる人は先に行って……広友もほら」


 一人が引っ張られ始めている。うかうかしているとみんなにもお迎えが来るかもしれない。俺は焦る気持ちを抑えみんなにそう伝えた。


 けど弱ってきているみんなは中々動こうとしない。


「広友! ほら、みんなを……頼む」


 俺は一番元気な広友の背中を叩き「緑川と仲良くなるんだろ」そう伝えた。


 広友がやっと頷き――


「緑川さん! 早く、ほら。先輩や市来、みんなも……」


 広友が緑川の手を引っ張ると、つられるように市来や、黒木、リーゼントの一年の後輩、がそれに続いて走り始めた。


「なんで、何でみんな離れていくの……」


 少し気が触れ始めているケバイ後輩は、ブツブツ何やら呟き始めた。


 これはいよいよヤバイ、そう思った時、俺以外にも坊主頭の先輩が残っていた。


 俺はそれを無視してケバイ後輩を立たせようとしたが――


 ――お、重い……


 ケバイ後輩は石のように重くなっていた。心なしか金色の糸の光が薄くなり始めている気がする。


 一人ではダメだ。そう思い――


「先輩、見てるなら手伝ってください。まだ間に合う。ほら……ぐっ、重っ……」


 実際は俺にもよく分からない。お迎えは青白い手しか見えていない。まだ間に合うと信じたい。


「あ、ああ」


 ガタイのいい坊主頭の先輩が手伝ってくれてやっと立たせたがやっぱり動かない。


 ――この手か、この手が、意識を引っ張ってるのか。


「先輩、すみません。この子を支えててください」


「ああ?」


 先輩が俺を睨んでくる。これだけ睨む意思の強さがあるならこの先輩はまだ大丈夫だろう。


 問題は俺だ。


 俺は正直逃げ出したい。


『心を強く』守護霊様の言葉を反芻する。


「もし、その子が軽くなったら背負って走ってください」


「ん、ああ?」


 坊主頭の先輩は少し戸惑いの色を見せるが、それでも顔はしかめたままだ。それでいい。


 ――ふぅ……


 俺は深く息を吐き、整える。その間『心を強く』守護霊様の言葉を反芻する。


 ――よし!!


 俺は大丈夫だと気を張り、後輩の肩に掴まっている青白い手を掴んだ。


「っ!?」


 坊主頭先輩の息を呑む声が聞こえる。


「うう!!」


 冷やっとする感覚の後に鳥肌が立つ。背筋が凍る。恐怖が胸を襲う。


「ううう……」


 そして何もかも、人生すべてが嫌になる感情が湧き上がる。


「嫌じゃない。嫌じゃない」


 ――ふぅ、ふぅ。大丈夫。まだ大丈夫。


 俺は嫌な感覚を吹き飛ばすように首を振り掴んでいた青白い手をぐっと引き離した。


 冷たくて青白い手は離すとスルリと地面に落ちていき、消えた。


「っ! お前!」


 ――次……


 俺は湧き上がる嫌悪の感情を押し殺し、青白い手を掴んでひき離す行為を繰り返した。


「うぅ!!」


 ――ふぅふぅ。大丈夫。大丈夫。


『心を強く』『心を強く』『心を強く』


 俺は守護霊様の言葉を信じケバイ後輩の肩や背中に掴まっている青白い手を引き離していく。

 そのすべてに後ろ向きで負の感情がついてくる。


「はぁ、はぁ……はぁ……強く」


「お、おい。も、もう大分軽くなったから俺が背負う。から、このまま行こう」


「お、お願い、します……」


 俺を見る先輩の顔色は悪い。多分俺もそうだろう。


「それより、お、お前……大丈夫なのか……その……」


「あ、ああ……」


 正直、意識が飛びそうだった。視界もぼやけている。俺は無理をしたようだろうか、それでも足は動かさないと、ここでは誰にもすがれない。


 ――まだか、まだ着かないのか。


 俺は歩くことだけに集中した。それしか頭になかったともいえる。行きは走って数分の道のりも数十分にも数時間にも感じた。


『こっちだ』


 ――守護霊様。


 その声にホッとする。もう全身の力が抜けそうだ。


 ふらつく足取りでやっと守護霊様が護る歪みまで戻ってきたというのに――


「ぐっ、こら歩美! 大人しくしろ」


 今まで大人しく先輩に背負われていたケバイ後輩が暴れ出した。


「俺……もう無理……」


「こ、こら歩美! いい加減にしろ!」


 坊主頭の先輩が、背中から落とさないよう後輩に向け必死に声をかけているのが聞こえる。


 けど、俺が何かをしてやれる気力がない。


 ――ごめん。むり。


 そう思った時だった――


『みなをよく連れて戻った。後はワシが片付けといてやるわ』


 守護霊様のそんな声と、キェェェェっと何やら奇声らしき声を最後に聞いた気がしたが、力が抜けていく感覚に襲われた俺は意識を手放した。


 ――――

 ――


「う、うう」


 ――ここは?


 俺がそう思った時――


「よかった」

「目を覚ましたのね」


 俺のすぐ側で複数の声が聞こえてきた。広友と保健室の先生の声だ。


「ここ、保健室なんだぜ」


 先に目を覚ましていたらしい広友が俺の顔を覗き込む。


「広友?」


「ああ」


 どうやら俺たちが倒れた後、駆け付けた生徒たちに保健室に運ばれていたようだ。そして今は放課後。


「あ〜なんかクラクラするな」


 上体を起こしてみると、まだ身体が少しダルい。けど起きれない程じゃない。


 ――みんなは……


 他にも寝ている八人の生徒たちがいる。言わずとも知れた先輩たちの集団である。


 まあ、保健室にベッドが十床もあるはずもなく、床に布団が敷いている状態なんだけど……


 俺の目には、その集団の守護霊たちが軽く会釈しているのが視えた。


 ――力を使い過ぎたんだな。


 その守護霊たちは少し薄くなっているが、しばらくすれば力も戻ってくるだろうし、もう大丈夫だろう。


「俺帰るけど、広友はどうするんだ?」


「俺は……」


 広友は、一度横になっている緑川の方に視線を向けると、しばらく保健室にいたいと言った。


「そうか」


「うん」


 仕方なく、一人保健室の先生に大丈夫だと伝えてさっさと帰ることにした。


 ちなみに先生の診断では俺は貧血と疲れってことになっていた。


「先生ありがとうございます」


「気をつけて帰るのよ」


「はい」


「明人じゃあな」


「おう」


 ふと、目に入った集団を見て、帰ったら詳しく説明すると自分で吐いた言葉が頭によぎった。


 ――あ〜……ま、いっか。


 元々そんなこと説明する気がなかった俺は気にせず保健室を後にした。いや、しようとしたら背後から声が聞こえた。


「おい」


 その声には聞き覚えがある。聞こえない振りして逃げようとも思ったが、明日からの平穏な学校生活のことを思えば、それはマズイと判断した。


 恐る恐る振り返りそちらを見れば――


 ――いぃ!?


 坊主頭の先輩が上体を起こし俺を見ていた。


 ――やっぱり。何で起きてるんだよ。


「あはは、ども。どうしたんですか先輩」


 ――この先輩、精神力強すぎだろ。


 先輩の精神力の強さには舌を巻くが、不可解な現象を含め、深く追求されたくない俺は、今まで通り誤魔化すことにした。


 そう、結果的には良好な関係でいられている白石たちが異例なのだ。いつ今の関係が崩れるとも知れないからね。


「……」


 坊主頭の先輩は無言で俺の方を向いている。どうしたものかと広友の方を見れば、さっと視線を逸らされた。


 ――広友め……


「……」


 坊主頭の先輩はまだ何も言わない。


 けど、睨まれたままのこの状態は辛い。結構待ったよ。よし、逃げよう。そう思った時だった。


「……ありがとう」


 座ったままだけど、先輩が俺に向かって頭を下げた。


「え?」


「お前が助けてくれなかったら、俺たちはヤバかった、そうだろ?」


 先輩が不思議そうに保健室内を見渡している。そりゃそうだ。森にいたはずが起きたら学校だもんな。


 正直危なかったです。ケバイ後輩は特に。俺もヤバかった。


 でもね、しばらくは記憶の混乱もあるだろうけど、ちゃんと学校に来てる記憶も徐々に出てくるから大丈夫だよ。

 だって魂の半分は学校に来てたんだから。なんて言えるはずもない。


「さ、さあ。何のことですか?」


「……」


 先輩が、またもやしかめっ面になり俺を睨んでいる。まあ、先輩の気持ちが分からないでもないが、俺は中学時代の二の舞にはなりたくない。


「あは、ははは」


 とりあえず笑って誤魔化してみる。が通じない。俺を無視して先輩が話を続けている。


「妹、歩美が一番ヤバかった、だろ?」


 先輩がケバイ後輩に優しい視線を向けている。


「え? その子、妹さんだっ……あ〜、先輩。誰かと勘違いしてますよ」


 再び睨まれた。


 俺もさすがにバレバレなとぼけ方をしてマズイと思ったが、それ以上先輩は何も言わなくなった。


「失礼しました」


 俺は軽く会釈して保健室を出た。


 帰りに体育館の前を通っていると見覚えのある三人が手を振る。


「明人君、よかった元気になったんだ」


「じーっ」


「あはは、サキが自分でじーって言ってる。ウケる。あはは」


「い、いいだろマイコ」


 笑っている彼女たちに手を振って下校した。



 次の日から、しばらく知らない後輩の女の子につけまわされ、それがケバイ後輩だったと気づくことになるんだけど、それはまた別の話。



 あ、それから、広友はというと、緑川とは普通に話せるくらい仲良くなっている。


 告白はしていないようだし、そんなもんだろう。


 付き合ってる市来と黒木つきだけど……根はいいヤツららしいし、頑張れ。



最後まで読んでいただきありがとうございます^ ^

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― 新着の感想 ―
[一言] こんばんは。 続きのお話の投稿、ありがとうございます。 まさかのあの流れからのプチハーレム(?)とは本筋はブレないですね。 のんびりと色々な話が作れそうな設定ですので、ほのぼのとしたお話もい…
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