85.
控えめなドレスに身を包んだ黒髪の少女が道をふさいだ。凛とした佇まいに、吸い込まれるような瞳。錦織小雪合だった。
「…錦織!」
俺は思わず立ち上がった。自分一人で事を片付ける手筈だったからだ。
「あまり上手くいかないことは分かっていました。…もっと私を頼っても良かったのに…」
消え入るような声で錦織は言う。
「お、おう…」
「君は…錦織小雪合さん…?」
慎重な口調で名を言い当てた壱琉。特別候補生とあって顔は割れているようだ。
「よくご存じで」
錦織は淀みない微笑を讃える。少し怖いけど…。
「改めまして、錦織小雪合と申します。そこの自意識過剰君と同じく、特別候補生として活動している者です」
自意識過剰君って誰だよ…壱琉のこと?
「この度、特別候補生の結束を…いえ、社会に貢献すべく立ち上げる部活、”社会貢献部”に入部して頂きたくこの場に参りました」
流石の錦織。酷く丁寧な口調で勧誘した。ていうか、社会貢献部ってなんだよ。部活の名前まだ決めてないんですけど。
「錦織小雪合…そうかなるほど」
彼は僅かに口角を上げた。初めて見せた微笑。
「私からもお願い致します。入部して頂けませんか」
深々と頭を下げる錦織。何事かと、周囲の客や給仕の視線が一斉にこの場に注がれる。
おいおい嘘だろ。あの錦織が頭を下げた!?でもまあ…それ程の相手ということ。
倣って俺も今一度、頭を下げる。
壱琉は周りを見渡した後、ため息一つすると、
「…そこまで頼み込まれると、断るのが返って失礼に当たりそうだ。…ただし、活動内容によってはすぐ退部する」
「それで十分だ」




