80.
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空が藍色に染まり始めた休日。
人気の少ない渡り廊下を一人歩く。タキシードに身を包み、新調した靴を丁寧に踏み締めながらふと思った。
───やっぱり慣れねぇ…
制服こそ身動きが取りずらいがこのタキシードやらとはなんだ。身体のラインというラインが強調され、全身が蝋で塗り固められているような気分だ。
今更だが、俺は正装が好きではないらしい。
連絡通路を二つ通り抜け、新規な香りを漂わせる入口へ。
自動ドアを過ぎた途端、周囲から不自然な視線を浴びせられ───
ええ。わかってますとも。違和感ですねそうですね。
宿泊客やホテルマンの「え?あの子、若造のくせして調子乗ってない?」的な表情やめろ。
俺はわざとらしく咳払いを一つすると、また歩み始める。
壱琉を招いたのは高校から程近いタワー型のホテル。つい最近オープンしたばかりの新築で話題性も高い。
開業前から予約を取るとは…やはり綾崎先生は只者ではないらしい。
ロビーを抜け、エレベーターを使い上層階へ。
自動ドアが開くと、カジュアルな良い香りが漂ってきた。目的のレストランは地上36階に位置している。都心の夜景を見下ろすことが出来る好立地で食事の場としては、この上なく豪勢だ。
エレベーターホールの先には暗がりに【house】のネオン文字が光っている。装飾を排除したモダンな造りで重厚な雰囲気を漂わせるレストランだ。
凡そ高校生が食事をするような場所ではないが、相応の装いをしてきたのだ。入れてもらわなければ困る。
スタッフに予約の旨を伝え、店内へ。
給仕は「こちらへどうぞ」と言いながら丁寧に案内してくれた。年齢は特に気にしていないように見える。カフェの時とは大違いだ。
数多のテーブル席を通り過ぎ、予約された席へと行き着く。
すると、窓側にほど近い二人がけのソファ席に銀髪の青年が腰掛けていた。メニュー表を見たり、カトラリーの配置を確認したりしている。間違いなく壱琉本人だった。
俺は意を決し、向かいの椅子に手をかける。
物音に気がついたのか、メニュー表の上から青い瞳が覗いた。
「…また君か。様子がおかしいと思っていたんだ」
彼の目には苛立ちが垣間見える。




