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78.

 着用していたタキシードの上着を脱いで、椅子に掛ける。その風圧で先程から消え去らないフローラルの残り香が鼻腔つく。


 扉付近を見やれば綾崎先生がまだ部屋に残っていた。


「あれ。先生まだ残ってたんですか」


「そりゃ残るわよ。家庭科室の戸締りしなきゃだし、何より最終下校時刻過ぎているんだから生徒一人残しておけないでしょう~」


 先生は普段通り教師らしからぬ言動で居残りの経緯を説明した。正直な所、このやり取りにはもう慣れている。


「なるほど」


 俺は顔を向けることなく、食器を片付けながら適当な相槌を打った。


 すると、綾崎先生もこちら側に来ては、倣ってカトラリーなどを片付け始める。


「…一人でやるんで大丈夫です」


「いいよ。手伝う」


 不意に大人びた声音が囁かれたと思うと、反射的に俺は羞恥してしまう。やだ…やっぱり全然慣れてないわ!


 テーブルクロスを所定の位置へとしまい、食器やカトラリーをキッチンで洗った。予想はしていたが綾崎先生、家事全般も得意らしい。気付けば俺が皿を渡す役になっている。


 片づけ全般を済ませて、家庭科室を施錠。


 俺は紙袋に入ったタキシードを持っていた。事の一件が終わるまで持っていていいとの事だった。素直にありがたい。


 エレベーターに向かう途中、内廊下で綾崎先生が口を開いた。


「あ、そうだ夜崎くん。ついでと言ってはなんだけど、空き教室に段ボール箱があるから一緒に運んでくれない?」


「ん?…ああ!はい。いいですよ」


 考える間もなく、即答してしまった。


 まさか…これを頼むために手伝ってくれたとかじゃないよね先生?もしかして綾崎お嬢様は買い出しで荷物持ちをやらす立場だったりするのん?


 エレベーターに乗るが否や、綾崎先生はボタンの上部に設置された壁面にカードをかざした。ピッという作動音が鳴ると、階数を指定してボタンを押した。


「え…何ですか今の操作」


 見慣れない操作に疑問を募らせた俺は、綾崎先生の背後から顔を覗かせる。


「これは教師や関係者が使用できるマスターキーのようなものでね。最終下校時刻を過ぎると降りられない階が出てくるから、そこに止まれるようにする措置なの」


「なるほど。そんなセキュリティシステムがあったんですか」


 話を聞くところ、非常階段の扉も例外ではないらしく、自動施錠がされるとの事。


「っていけな~い。これは生徒に教えちゃいけないものだった~」


 綾崎先生は冗談めかして、マスターキーとやらをしまう。

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