6.
学生同士のような砕けた会話。
俺は左隣の壱琉に疑念まじり一瞥したが、和かな笑顔のまま表情を変えない。
壱琉はこの綾崎先生とやらと知り合いなのだろうか。入学してまだ数十日も経っていないというのに、この親和性はなんだ?
場に流されるだけの状況に介入すべく、俺はこの教室で最初の産声を上げる。
「あー、すみません…もしかして二人はお知り合いかなんかですか?」
綾崎先生は顎に手をやって考える素振りを見せると、
「そうですねぇ…強いて言えばそれ以…」
「先生。開始時刻がとっくに過ぎているんです。急いだ方がいいのでは?」
先程とは打って変わり、芯の通る声音で返答を遮断した壱琉。その表情は真剣だ。
二人のやり取りにはどこか微笑ましいものがあったが、壱琉が俺の問いに対する答えを遮った以上、深追いするつもりはない。なんせ、昨日出会ったばかりの"友達"だから。
さて。どうするか。そうだなぁ…俺個人として一つ聞いておくか。
俺は恐る恐る右手を挙手した。
「あのー…もしかして自分は他個人から隔離しなければならないほどの問題児だから、今日ここにお呼ばれしたんですかね…?」
可愛らしい女性教師は慌てふためいてかぶりを振った。
「えっ…いや、とんでもない!それは違いますよっ!まあ…多分ですけど…」
綾崎先生は否定した後のち、視線を逸らした。
まんざらでもないのか…まあ、仕草から察するに上の力が働いているらしい。
とにもかくにも、どうやって俺の性格を見抜いたものかと悶々としていると頭の中に一瞬の電撃がはしった。
いや、待てよ。
思い返してみれば確かこの学校にウェブ出願した時になんか変わった項目があったな。
やけに経済や事の動機について自身の意見を入力して、結構な時間が掛かった記憶がある。別に持論展開は大の得意だから構わないのだが、もしやそれが判断基準になったとでもいうのか?
「いいから受けてみようよ」と壱琉いちるが俺を催促させる。
綾崎先生は双方を見やると、
「決心がついたようですねっ!それではプリントを配ります!」
いや、ついてないんだよなぁ…なんかこの先生おぼつかないんだよなぁ…。
綾崎先生が教壇から降りると、その風圧で薔薇のような甘ったるい香りが漂い、思わず身じろぎする。
一方で机一つ分離れた左横に座る壱琉にもプリントが配られていた。
え?いちるんもテスト受けるの?もしかして見た目に似合わず俺と同じ問題児だったりするのか?不可解な出来事が立て続けに起きたこともあり、俺は少々混乱していたが今は現実問題に向き合うのが先だ。
かくいうこのテストは教科はおろか何も知らされてない上に、透けてる部分からは多数の空白が確認できる。詰まる所、数学の証明とかだろうか?
まずいな…今の知識では精々国語や社会といった文系科目くらいで他人から見れば出来ているというレベルでもなかったりする。
それでも、過去最低点の八点だけは絶対に避けたい!目標点数二桁。よし決まり!
しかしながら、ここまでの煩悩は全くもって不必要だという事を配られたプリントが物語る事になる。
「制限時間は無制限です!では、どうぞっ」
これがテスト?って思うくらい腑抜けたコールと共にテストがスタートした。満を持してプリントをめくった俺は開始一秒足らずで拍子抜けしてしまった。
問題など何一つ書かれていない真っ白な紙。
なんだミスプリントか…と手を上げようとしたその時、これまでとは違う大人びた声音で女性教師は付け加えた。
「問題は今の世の中について、自分について…とにかく自由に持論を展開して下さい」
ウェブの時と同じ…いや、少し違う。自由に世の中を…持論しろだって?まるで、俺のために用意されたプリントみたいじゃないか。
俺は右手に握ったシャープペンシルを走らせ始めた。
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