68.
五十嵐は気前よく小部屋に案内した。
錦織に続いて俺も入ったのだが…何故か綾崎先生までついて来ていた。
そこは家庭科室のやや奥まった場所にあり、白を基調としたワークスペースのような空間だった。正面には天井から床まで覆う大きな窓があって、自然光が降り注いでいる。片側の壁面には絵画が。もう片方の壁面はクローゼットのようなホワイトウッドの扉がいくつも設置されていた。
「何なんだ…この部屋?」
俺は部屋の周囲を見渡しながら、疑問を呟く。
すると、遮光カーテンを閉めていた五十嵐が背面越しに答えてくれた。
「ここは…そうだなぁ。"しつけ"部屋とでも呼べばいいかな」
ええ…何その怖い呼称…。しばき部屋の間違いじゃない?大丈夫?
俺が怪訝な表情をしていると、錦織はため息一つして言う。
「…裁縫室兼、資料室ですよね」
「そうとも言う♪」
五十嵐は振り向いて、機嫌よく答えた。
ああ、そういう事か。仕付け糸と食事マナーのしつけを掛けていたのね。……そんな回りくどい言い方しなくてよくない?何この子、Sなの?
にしても、錦織自身の態度は普段と変わらないが錦織に対しての振る舞いをここまで軽くしている人物は見た事がない。俺があのような振る舞いをしようものなら、錦織に軽蔑、もしくは罵倒されるだろうが彼女は大丈夫らしい。
単純に興味もあったので関係性を控えめに聞いてみた。
「あの、お二人はどういった関係です?」
「昔から、家柄で親しくさせてもらっているんですよ」
錦織は微笑みを湛えながら、五十嵐とアイコンタクトをした。
「ほーん」
口からは吐息に似た感想しか漏れなかったが、俺は内心で驚愕していた。あの錦織に親しい友人がいたとは…実に意外だ。俺と同じ一匹狼で特別候補生に成り上がったのだと決め付けていたし、第一、俺という異端児が生まれて初めての友達だと思っていた。
心にしんみりとした感情を覚えつつも、俺はこの事実を歓迎した。友人がいるのは悪い事ではないし、情報網が増えるので寧ろ好都合である。
五十嵐は壁際に移動すると、不意にホワイトウッドの扉を開けた。中には丁寧にジャンル分けされた本棚と…何故かタキシードやスーツ、高級ブランド服などが数点かけられているシェルフが…。
「本があるのはまだ理解出来るが…なんで服まであんの…」
「…さっき、しつけ部屋って言ってたでしょ。ここはね。食事の作法から、ドレスコードの練習まで出来る設備が整っているの」
背後から大人びた声音が飛んできたと思えば、先程からやけに静かだった綾崎先生。
「何で先生が説明するんですか」
「何でって…これ、私の趣味で設けた設備だから」
綾崎先生はキョトンとして、さも当然のように言う。
俺達は軽くどよめいた。




