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「失礼します…体験入部を希望している者なんですが…」
控えめな口調で戸を開ける一人の男子生徒がいた。
場所は低層階にある家庭科室。とは言っても例の如く、専門性を超えた備えがあり、モダンなインテリアが室内を彩っていた。住宅展示場さながらの本格派キッチンも常備されているようである。
「あっーはいはい。少々、お待ちください~」
男子生徒が声をかけた女子部員は取り込み中のようで待機するよう促してくる。暫くして、真っ白な調理服に身を包んだ女子部員が姿を現した。
「お待たせしてすみませんっ、えっと…体験希望でしょ…」
お詫びを申す女子部員。男子生徒の要望を受け入れようとした所で声が途切れてしまう。何故か。目の前に特別候補生の”夜崎辰巳”が苦笑いで佇んでいたからである。
「え…あ、あの体験入部…」
困惑の表情を浮かべる女子部員に対して俺は追って言う。
「あー…」
女子部員は視線を逸らしながら意味のない吐息を漏らす。
うわぁ…これ絶対ヤバいやつ扱いされてるやつじゃん…。
どうやらあの一件の後、渦中にいた人物の名前どころか顔まで拡散されてしまったらしい。
思い返せば現場には多数の野次馬が散見できたから、きっとその中に密かに撮影していた者もいるのだろう。
「ちょっと…大丈夫?千田さん」
「困りごとですか~」
見やればいつの間にか女子艦隊が三隻…いや、女子部員二人が困惑する千田さんとやらの応援に来ていた。あかんこれ!まずいやつや!
「だ、大丈夫だよ…五山さん…。正月さん…」
千田は弱々しく、ショートカットの五山と巻き毛の正月に双方に話しかけた。徐々に異性の圧が強力になってきて俺は息苦しく感じ始めた。
取り囲む女子二人は一頻り千田の話を聞き終わると、俺の方を向いてまんざらでもなく怪訝な表情をした。いや、少しは取り繕えよ…。
「五十嵐さんに相談してみる…?」
活発そうな性格の五山が千田、正月にそれぞれ提案を持ち掛ける。
え…何その魁偉な名前は…。もしかしてこの部活のヌシか何か?帰る頃には干物みたいに干からびる自信があるんだが。冗談でもなく俺は冷や汗をかいた。
「私が呼んでくるよ~。少し待ってて~」
ややおっとりとした口調の正月が五十嵐さんとやらを連れてくるようだ。
まるで縄張りへの侵入口を防ぐように待機している五山と千田は俺を横目で伺いながら何やら部活の事について話している。
にしても、女子軍勢の援軍システムには恐ろしいものがある。男子が何かやらかしたと聞けば直ぐにリーダー格の生徒が大多数の女子生徒を集めて、弾劾裁判を開く。本質はやはり小学校や中学校と変わらないらしい。…君たちチームワーク良すぎない?




