61.
壱琉はテーブルに羅列されたディスプレイ用の空きボトルに目を落とすと、また冷水を一杯飲んで答えた。
「理由なんてないさ。ただ実行しただけの事だ」
端的な返答だがやはり求めているものは返ってこない。しかし、”実行”したという事は彼に指示をした当事者がいるという一つの答えにはなっている。
俺は当然の疑問符を投げかけた。
「…誰が指示したんだ」
鬼気迫るようなやや強い語調で言ったものの、彼の横顔が動くことはなかった。表情さえ変わらず、窓辺から差し込む暖かな光も意味をなさなかった。青く澄んでいる筈の瞳は何処か乾いていて、表情ともに色味がない。個性の欠如とでも言うのだろうか。
一頻りの食事を終えた壱琉は手に持ったガラスコップを目線まで持ち上げた。
「正直、君に価値があるようには到底思えない。…あのようなテストで採択する時点でこの高校はどうかしている」
コップの飲み口から一粒の水滴が滴り落ちて、一瞬の煌めきを魅せた。
抗いを内包したような、そんな声音が聞こえたからだろうか。彼は俺に似た意志を持っているのではないかという、ささやかな期待がよぎった。
しかし、自身の存在を否定するような彼の傲慢な発言が直ぐにそれを消し去った。そのせいで交渉や対話する上で決して言ってはならない言葉が悪癖として喉奥から漏れ出てくる。
「…お前もどうかしてるぜ」
突然の毒づいた発言に反応したのか、壱琉は一瞥してきた。
他人を下げる発言。口にしてしまえば交渉及び対話は不成立。商談ともなれば契約失敗案件だ。そんな事は分かっているのに、身に覚えた苛立ちが言動を加速させてしまう。
「本当にいいご身分だよなぁ。高校生にして、高級レストラン通い。裕福な家庭の坊ちゃんは親からの恩恵が無制限なのかねぇ」
無意識に俺はニヒルな笑みを浮かべていた。
情報に確たる証拠は無く、口先が勝手に肯定する。俺は彼が裕福かも知らず、資金は彼のものなのか親のものなのかも知らず、見た目と状況だけで判断してしまうような紛れもない愚者だった。
「…」
彼は無言で席を立つと、そそくさと会計へ足を運んで行った。そして帰り際、銀髪が揺れたかと思えば仏頂面で振り返ってこう言い残した。
「この高校に通う大半の生徒は勘違いした金持ちばかりだ。でも僕は違う。対価に見合う報酬を行使する事は社会の常識だ」
その声音には苛立ちが含まれていたと思う。
”対価に見合う報酬”いつだか錦織にも言われた気がする。
見渡せば店内にいた客の殆どは雲散霧消しており、空調の音だけが空虚に響いていた。




