56.
昼食を終えて、程なくした頃合い。
結局、俺は庶民感覚を捨てる事が出来ず、サンドイッチにスープという軽食を選んだ。軽い食事とは言え、コンビニやファミレスとは比較ならない程、上等なもので美味かった。錦織は白身魚のポワソンにサラダと、これまた健康志向なチョイス。
食事中、緊張と不慣れさのせいでスープすら静かに頂けない俺とは相反し、彼女の食事風景は見事なものだった。ナイフからフォークの扱いは勿論の事、作法も手慣れているようで婉容この上ない。
向かいには瞳を伏せながら、静かに紅茶を飲む錦織。俺はある種の敬意を込めて、話しかけた。
「錦織お嬢様…。率直な質問で申し訳ないのですが…一体何者でしょうか?」
敬意を超えて最早、恐れ多い口調になってしまっている。
彼女は紅茶を口にしながら片目を開けると、
「気に触る言い方。わざとですか?」
ナイフのように鋭利な視線が俺を突き刺した。
こっわ。いや、過去一怖い。何?彼女、アサシンどころか、某スパイのヒロイン役でもしてたの?
「あー…わざとだけど尊敬の意味を込めて言ったんだ。本当だぞ」
俺は苦笑いしながら弁明した。
錦織は両眼を見開くと、溜息一つついて紅茶を置いた。そして、やや尖り声で反応した。
「…幼少期の教え。ただそれだけです」
視線を外しながら、彼女はそう言った。
幼少期…っておいおい…マジか。秘密組織の養成所でも通ってたんか?
冗談はさておき、
「結局、壱琉はいなかったな」
俺は食後のコーヒーを嗜みながら言った。
「…予想通りと言えば予想通りですね」
錦織は機嫌を切り替えると、窓辺を見やった。




