55.
店内へのガラス戸がボーイの手によって開かれた。
錦織に続いて店内へと入っていくと、ふわりオードブルの香りが漂ってきた。同時にカトラリーのワルツが空気を振動させ、食欲を一層引き立てる。
「こちらへどうぞ」
ウエイトレスが気前よく案内してくれた。通されたのは入口から程近い窓側テーブル席で何やらカーテンにはプリーツにバランスと洋食店の気品さを醸し出していた。
…。いいか。もう一度確認しておくぞ。ここは学食だ。学食…だよな?
「予約していないので席の希望を出せていませんでしたが幸運にも中々、良い場所へ案内されました」
席に着くが否や、錦織が安堵の感想を漏らす。というか予約制度まであるのか。これはもう学食ではないな。学食という肩書を持った富裕層お嬢、お坊向けの食事スペースらしい。
「良い場所って…確かに窓側席に案内されたのは幸運だと思うが、言うて入口付近だぞ?俺はもっとこう店内の奥まった席が良かったな」
向かい合ったテーブル席ではあるが当然、片側は他人に丸見え。入口付近から、ちらほら視線を感じる。
「私個人としては席にこだわりはありません。ですがこれも偵察の一環なんですよ」
錦織は黒曜石のような目を光らせる。
「偵察…?壱琉のか?」
彼女はご名答とばかりに事知り顔をすると、ポケットから携帯を取り出した。
「前に使った学校の認証アプリにはフリーチャット機能に時間割表示、学校でのイベント情報などを表示する事が出来て、かなり実用的で便利なツールです」
いきなり淡々と話始めた錦織。
「え、何?壱琉の話じゃなかったの…?俺への冷やかしだったの…?」
俺は右ポケットにあるカードを握り締めた。携帯を持っていない俺は後日、事務室にてIDカードを発行してもらったのである。
錦織は額に手をやって、呆れた声で言った。
「その、話を最後まで聞かない癖…何とかした方がいいですよ」
「あの〜…」
聞き覚えのない声音が聞こえたと思えば、右手で女性店員が困惑の表情を見せていた。どうやら、俺達は会話に夢中になり過ぎて「ご注文は?」というフレーズが耳に入っていなかったらしい。




