41.
小雨が降り続く、季節感のない陽気だった。雨粒が植栽などの植物に降り注ぎ、独特の深い匂いが漂う。
今日、如月さんは風邪を理由に学校を休んでいた。
退屈な午前の授業が終わり昼休憩になると、俺の元に錦織が現れた。
「今日は如月さん来ていないんですね」
腕組みしながら、横目に話す錦織。何処か心配そうな様子だ。
「そうなんだよな…このまま不登校にならなきゃいいが」
俺は机に突っ伏しながら答えた。
如月さんと直接話した日以降、アクションを起こせていない。
唯一の成果を挙げるなら、錦織が数時間単位で監視している"いじめっ子"の存在ぐらいだろうか。
マジでどうやって追跡してんだよ。サイバー警察のお仕事でもしてたのん?
「SNSでも特に目立った動きはありませんでした。あくまで表沙汰では、ですけど」
流石の錦織でもサイバー空間の全てを把握するのは不可能。聞けば裏アカウントだの他人が介入出来ない領域は幾らでもあるらしい。
「今日は…どうするか」
これといった作戦も思いつかず、(禁じ手を除いては)無言の時間が過ぎる。互いの距離感を気にするほどの中ではないが、少々空気が緊張し始めた。
こういう時は飲み物を入れるに限る。
「まあ、あれだ。ラウンジでも行って一旦、落ち着こう」
「私はいつでも落ち着いていますが」
「はいはい」
このやりとりには慣れている。意識確認のようなものだろう。
俺は椅子から立ち上がり、下目に言った。
「もし、よければ…私がお飲み物をお持ちしますよ」
「では、お言葉に甘えて」
錦織は微笑んだ。
♢ ♢ ♢
ラウンジは今までに何回か利用したことがあるが、フリードリンクサービスを使うのは初めてだ。何故、今まで利用しなかったかと言うと、単純に取りに行くのが面倒くさかった。
というか一息つく程、長居した事がない。
ソファ席から数メートルほどしか離れていないドリンクコーナーはゆっくり歩いても直ぐに着いてしまう。
ファミレスによくあるドリンクサーバーだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
ステンレス製の囲いにサイコロ状の氷が敷き詰められ、ガラス容器に入れられた飲み物が冷やされている。
一時的に飲み物を入れておく容器、ウォーターピッチャーというものだ。
流石、オサレ高校。やる事が違うねえ。
横手には紅茶コーナーが設けられている。
ふと思ったのだが、錦織から何飲みたいか聞くのを忘れていた。今日はそれほど肌寒くもないから、ヌルい紅茶で丁度いいだろう。
王道のダージリンを手早くガラスコップに入れ、お湯を注いでおく。
抽出を待つ間、ウォーターピッチャーから葡萄ジュースをチョイスして注ぎ入れた。
これは俺の分。
優雅に美しく注ごうと試みたのだが…ウォーターピッチャーが予想以上に重く、ドボッボチャッという音をたてながら雑に注いでしまった。
「…」
柄にもなく、何か不吉なものに見えた。
一方、紅茶を見やると、丁度いい感じの色に染まり始めている。
腰掛けていたカウチソファに戻ると、錦織は何処からか取り出した小説を一枚一枚丁寧にめくりながら暇を潰していた。
「随分早かったですね」
小説に目を落としながら錦織は言った。
「飲み物を取りに行くだけの事だろう。時間掛かってどうする」
小テーブルに紅茶と葡萄ジュースを置く。
ガラスの硬質な音が響くと、錦織は本を閉じた。
「…葡萄ジュース?」
錦織が怪訝な目をしている。え…なんで?
瞳を一瞬閉じたかと思うと、
「思えば何を飲みたいか、伝えていませんでしたね」
クスリと笑う仕草はこれまた女の子。でも馬鹿にしてるように見える。
俺は葡萄ジュースに手をやり、
「悪かったな。お子様ジュースで。残念だが、これはやらんぞ?」
ビールかなんかのCMが如く、やっつけ半分で飲み干す。中年のような濁った吐息を漏らした。
「ぉあ…」
錦織は怪訝な表情をしながら、半ば引いていた。
「汚い」
更には体を捻って距離を置いていた。
「んあ、ごめんな」




