38.
翌日、授業が終了するが否や、ラウンジにて俺は計画を練っていた。
暫くしてラウンジ入口付近に女子生徒の姿。右、左と辺りを伺い、こちらをロックオンすると迷いなく近づいてくる。
その姿はどこか横断歩道を渡る小学生のようだった。
「少し遅れました」
青白い光に照らされ、黒髪がさらりと揺れる。錦織だ。
「遅いぞ錦織さん。この問題は時間勝負なんだ。放置すればするほど状況が悪化する」
時計を見やれば時刻は午後四時半を過ぎている。
「承知しています。女子"友達"と談笑していた私がそんなに気に食わないですか?」
あからさまに『友達』の部分を強調したように聞こえたが…
「理由までは問うてないだろ。…にしても意外だな。友達…いたのか」
「友達ぐらいいますよ。容易にメールアドレスも交換してますし」
なるほど、そこは現代っ子なのね。
容易って言うとこ。戦略的に友達やってるとかじゃないよね。
「はいはい。どうせ俺は友達いませんよ。パートナーがいれば、それで十分だ」
「私がいつ容認したんですかね?」
眉根を寄せた錦織。僕ちゃん怖くないもんね!ここは少し悪戯に話してみるか。
「別に誰とは言っていませんよ?錦織さん?」
錦織は「ほう…」と不自然な笑みを漏らす。
目が笑っていないんだよなぁ。ダイジョブカナ~。
「…先日、相棒とふかしていたのは誰でしょうか?」
錦織は踵を返すと、
「ああ、丁度いいです。ついでに蒸かしたトウモロコシでも与えましょうか?」
「いや、ニワトリじゃないし。一日で忘れないから。というか鳥に謝れ!人権ならぬ鳥権に違反する!」
動物愛護について厳しいのよ?ワシは。道端のハトさんなんか、何時でも頭をコクコクして俺の雑談を聞いてくれたりするんだからな。
「残念ながら、人間が支配するこの環境では鳥に権利などありません。食料もしくは鑑賞用の二択でしょうね」
「人間ってほんと屑だな…」
人間は肉を食べ、脳を巨大化させ、思考する能力を持ち、進化した。
現在、地球上の支配者になったであろう人類は慈悲の心を持ち、他生物を愛護する事が出来る。けれども、その逆もあって他の生物を管理したり、売り捌いたりする。
人間社会の名のもとに、他の生物には人間ほど強い権利が無いのだ。
「慈愛の心を持つことは大切ですが。夜崎くん。今は目の前の問題に尽力するのが先ではないですか」
席に腰を下ろしながら答える錦織。
「…そうだな。同種族も助けられないようじゃ、他種族も助けられん」
どっかのRPGに出てきそうな台詞を放ってしまった。
面と向かって、一時の沈黙。
対等に話し合える環境が整った事を確認、と。こうでもしないと「私まだ座ってないんですけど」とか言われそう。
「錦織さんの事だから、無作為に談笑していた訳ではないのだろう?」
あえて遅れた理由を問い直した。錦織が隙を見せる事は滅多にないからな。ここぞという時に問いたださなきゃ!
「察しが良いだけ取り柄があるというものですね」
思惑通り、無駄な事をして遅れたわけではないらしい。
「…それ、褒めてる?」
「勿論、褒めてますよ」
錦織は満足げに答えたが、目が笑っていた。オイ…。
錦織は短く息を吐いた。
「実はクラス内の生徒に今回の件について、聞き込みを行っていました」
「収穫はあったのか?」
「…残念ながら、これといった情報は集まりませんでしたが」
「そうだ錦織。インターネット系の事はさっぱりだから、その辺頼むな」
「たった今、その話をしようと思っていた所です。…全く、貴方は最後まで人の話を聞くことすら出来ないんですか?」
ブスっとした表情を浮かべる錦織。その顔はどこか小動物めいている。
「会話を予測しているんだ。効率的だろ」
言を俟たないとばかりの口調で反論した。
錦織は呆れた溜息を漏らすと、話を続けた。
「…女子生徒から一つ情報提供があり、アカウント位の足取りを掴むことが出来ました」
真顔に戻った錦織は手早く事を話し始める。どうやら、スルースキルを覚えたらしい。
俺は顎に手をやって考える仕草をしたのち、小声で話しかけた。
「…ア、アカウントって何だ?エンカウントの仲間かなんかか」
「エンカウントが分かって何故、アカウントの意味を知らないのか理解に苦しみますが、要するにユーザーですよ」
「ゆーざー…ルーザー」
錦織はこめかみに手をやって、「わざとやってますよね?」とばかりに苛立ちが募り始めていた。
「こればっかりは勘弁してくれ…」
恐縮する形で力なく答えた。
「意外な弱点ですね。無駄な説得力を持たせるために、それっぽいワードを知識として蓄えてるのかと思いました」
俺としても意外。
言論闘争を起こしたい身として、かなりの欠点だと思う。
なんで日本語で言えることをわざわざ英語にして、ましてやカタカナにして言うんだろうな。世界進出を狙ってんのか?
「もっと分かりやすい言い方はねえのかよ…」
「多分、これで分からないのは貴方かご老人ぐらいだと思われます」
わ…わしを馬鹿にしよって!この小娘がッ!
「何か気に障ることを言われたような気がします」
「…心の声にまで土足で入らないで欲しいんだが」
「靴を履いているので大丈夫です」
そういう問題じゃないんだよなぁ。
大体、日本は靴を脱いで部屋にあがる。靴のまま家に上がるのはアメリカとかの海外だ。ここでの模範解答は「靴下を履いているので大丈夫です」だ。
…結局、俺は何を言いたかったんだよ。
俺は錦織に向き直ると、自分の事のように不満げな口調で言った。
「にしても、アカウントなんて個人情報を易々と開示する友達って、信用ならねぇだろ」
錦織は既に言葉を用意していたようで、
「情報を開示してくれたのは私の友人ではありません。なので"例のチケット"一枚進呈を条件に交渉させて頂きました」
「ああ…なるほど。そういう事か」
例のチケットとは毎月二枚貰えるお食事券の事である。
ちらと正面を見やると、彼女の笑顔に違和感を覚えた。まだ何か意図があったのではないのかと、視線で問いただす。
「安心して下さい。私達には何のデメリットも発生していません。なんせあれは特別候補生専用ですから」
きたねー。
一般生徒は使用できない。つまり紙くず同然なのである。
「錦織…中々、やるようになったな」
半ば心配していた。
候補生である以上、変わった奴である事は承知の上。しかしながら、初対面の時と比べてこの変化には著しいものがある。
時節、俺の影響が大き過ぎて、道を踏み外してしまったのではないかと危惧する事も多々あるのだ。
錦織は仏頂面をすることなく端的に言う。
「貴方がいるから大丈夫。ですよね夜崎くん」
言われた瞬間、心に何か近いものを感じてしまった。小悪魔めいた表情はまさしく年頃の女の子そのもの。錦織が果たして、こんな優しい言葉を吐くような子だっただろうか?
―――彼女はいつ何時でも意図があるはずだ。
本質を思い出し、言葉を無理やり呑み込んで端的に答えた「その通りだ」と。
このたわいもないやり取りを以前から心地良いと感じていたのだろうか。
それとも、同じような人種に出会えたという仲間意識なのか。
「さて、これからどのような解決手段を模索しましょうか」
錦織は女子グループを"どういったやり方"で始末するか問うているのである。
言い方は物騒だが、『マスク外しのアサシン』という二つ名を持った彼女にとって違和感はないだろう。
いいなぁ。俺も二つ名欲しい。
「伊藤の話を鑑みると、先生の注意は意味を成していないようだな」
俺は腕組みして、うんざりした声音を放った。
「…おまけにSNSでの攻撃。どうしてこんなに幼稚なんですかね」
深々とため息を吐きながら、同じくうんざりする錦織。
これは現代において、いじめのテンプレートというか、情報社会の発達による発露でもあるのだろう。
「今までは知り合い同士でしかやり取り出来なかったが今は赤の他人とも繋がれる」
「同時にリアルでの対話と違って、履歴という文面が残ってしまい、それを理由に問題も起きやすい。ですか」
「そ」
途中、錦織が代弁してくれた。
メールでのやり取りなどは面と向かって話す訳はないので安易な口も出やすいという事なのだろう。
「ロクな知識もなく、ノリだけで利用している奴は何歳になっても幼稚で問題を起こすんだろうな」
海外では被害者を擁護するのではなく、寧ろ加害者を更生させる方向に動くという。
現状、説得力に欠ける高校生が同年代の加害者に口を挟んだ所で何も変わらないのは目に見えている。加害者の更生についてはやはり先生方や親御に任せるのが最適解と言わざるを得ない。
一度身についてしまった悪癖や行動原理は靴の裏に付いたガムみたいに、中々しぶといものだ。
ならばどうするか。
恐怖心というものを植え付ければ話は早い。
俺は挙手をして、錦織にアイデアを持ち掛けた。
「起こりうる最悪の事態を再現する…というのはどうだ」
目には黒々しい影が落ちていた事だろう。
「と、言うと?」
「…言えたもんじゃねえよ」
錦織は小さなため息を吐くと、顎に手をやって思考する仕草をみせた。
「被害者の様子を見るに、加害者がそのぐらい過度な仕打ちを受けるのは当然とも言えます。しかしながら、私達におけるリスクが計り知れません」
瞳の輪郭が尖ったナイフのようにギラついた。
「それに倫理の観点上、一定のラインを超えているかと」
「例えばの話だ。…実行する事は多分ない」
言葉の意味合い的に絶対を表さないのが『多分』。自分が何故、絶対やらないと言わなかったのか。これは頭角を表す、千載一遇のチャンスとでも思ったのだろうか。
俺はぎこちなく言葉を紡いだ。
「…まあ、なんだ。基本的に生徒個人で解決するような問題じゃないよな」
錦織は頷く。
「そうですね。普通ならカウンセラーに相談したり、いじめの実態を学校が把握したりするんですが…どうやら、この学校は会社意識が強いようです」
「クソ学校が…」
つい、怒りに似た尖り声が出てしまった。
「私立学校なんて、どこもそんな感じでしょう。結局、問題が発覚してから動き出すんですよ」
瞳を閉じた寒声で言う錦織。
世間は見る目を持たない。見ようとしないのである。
自分には関係ないか?クラスには関係ないか?見て見ぬ振りをするか?
そういう蟠った意識が本当に嫌いだ。
「確か私達の担当教師、綾崎先生でしたよね。相談すれば、」
「いや、駄目だ。綾崎先生は見た目キャワワで優しいが、裏でどう繋がってるか分からん」
錦織が一瞬、引いた様に見えた。なんでだよ。
「見かけによらず、ですか」
少々、意外だったようだ。錦織ですら、綾崎先生を警戒していなかったらしい。
「何せ、モールス信号を読み取る力があるくらいだ。バケモンだろ?」
わざとらしく虚ろな目をしてみせると、
「どこをどうしたら、そんな状況に出くわすんでしょうかね」
錦織がそれ以上追求する事はなかった。かなり面倒な話になるのだろうと悟ったのだろう。
俺も追求したくない。あの先生。




